第2話 森にて

 ありえない…ありえない、ありえない、ありえない!!

 なんでこんな森で!私が!あんな得体のしれない物に追いかけられてるのよ!!

 

 必死に足を動かしながらも回らない頭をフル回転させて考える。木々の間を抜け草むらを掻き分け手足は傷だらけになり呼吸も苦しい。

 

 確か昨日、彼に「大事な話があるんだ。」って呼び出された。それで今日の仕事終わりに会うことになって買ったばかりの淡い水色のワンピースを着て、肩までの髪を会社のトイレでキレイに巻き直して、アイラインも濃い目に入れて気合いれて待ち合わせ場所に向かった。

 付き合って三年、お互いの親にも挨拶済み、将来の夢なんか語っちゃって子供は何人くらい欲しいかなんて事も話してたし、私は今年27才。そろそろかな?なんて思ってた時に大事な話なんてアレに決まってるでしょ!先週だって仲良く一泊旅行にも行って濃密な夜なんて過ごしたんだから間違いないでしょ!!

 ちょっと遅れちゃったけどそこはきっと緊張してるであろう彼には丁度良かったんじゃない?なんて思いながら小走りで可愛く彼に駆け寄った。

 

「ごめんなさい、遅くなっちゃった。」

 

 やっぱり緊張した面持ちで私を見た彼。

 

「早速だけど大事な話があるんだ。」

 

 えぇ!こんなとこで?結構人通りもあるし、混み合ってるお店の前だよ。

 

「あの、もう少し静かな所にいかない?川沿いの公園とか。」

 

 もうちょっと雰囲気を考えて欲しいなぁ。

 

「いや、ここの方が君も冷静に聞けると思う。」

「は?冷静?」

 

 彼は顔を引きつらせながらひとりの可愛らしい女性を手招きした。

 

 え…目眩がするんだけど…

 

「彼女と結婚するんだ。ごめん、別れてくれ!」

 

 そう言って頭を下げた。可愛らしい小柄なその女性は涙ぐみながら彼の背中にそっと手を添える。

 

「ごめんなさい、私がイケナイの。どうしても彼の事が諦め切れなくて、それで…」

 

 ハンカチを片手に切なげに涙をこぼす女性…

 

「申し訳無い、彼女に子供が出来たんだ…」

 

 いや、完全にハメられてるよ!そんな事もわからないの?っていうか、いつわかったんだよ妊娠。先週にはわかってたんじゃないの?なんでそんな状態で私と旅行行ってんのよ!なに濃密してんのよ!コイツ本当ほんっとに!

 

「ふざけんじゃないわよ!!」

 

 って叫びたかったけど周りの人の視線が気になった。通行人は頭を下げる男と涙を流す女、その向かいに立つ女が一体これからどうするのかを何気無さを装いながらも完全に注目している。

 

 なるほど、これを計算してのココ。

 

「…わかった。」

 

 私はそう言うと彼は驚いて下げた頭をあげた。

 

「そんなにあっさり…やっぱりお前はそういうヤツだよな。強いというか可愛気が無いというか…」

 

 は?何いってんの?お前がしくじったくせに私のせいだとでも言うの?子供が出来たって言ってんのにこれ以上私に何をしろというの!

 

「もう行っていいよね。じぁ、お幸せに。」

 

 くるりと彼に背を向けようとした瞬間、視界に入った女の口がニヤリと笑った。

 

 えぇ、えぇ、そうでしょう。してやったりと思ってんでしょ。わかってますよ!わかってないのはそこの馬鹿だけですよ!

 

 私はワンピースと一緒に買った新しいパンプスで足早にその場を立ち去った。角を曲がると猛ダッシュで走り出しとにかくガムシャラにどこか遠くに行きたいと願った。

 願ったは願ったけどこんなどこかもわからない、まして変な物に追いかけられるとか願ってない!!

 

「誰かぁー!助けてー!」

 

 何だか無駄な気がしたけど叫んでみたがやっぱり無駄だった。

 

 誰もいない!

 段々と近づいてくるソレは決して信じたくはないけどいつか本で読んだゴブリンに似てる…

 思ってたよりずっと生々しくて気持ちが悪い。

 

 もっと可愛気のあるゴブリンだっているはずじゃないの?話し合う余地なんて感じられない形相で追いかけて来るんだけど!

 

 もう限界かもと息を切らして走っていると目の前に道らしきものが出てきた。もしかしたら誰か通りかかるかもと期待して道に飛び出すと荷馬車がノロノロと走っていてそこにはひとりの男が乗っていた。

 

 助かったかも!

 

「そこの馬車の人!助けて下さい!」

 

 呼びかけに応じて振り返った男はどう見てもヨボヨボのおじいちゃんだった。

 

 もう駄目だ、いくらなんでも戦えそうにもないジジイだ。追いかけてきたゴブリンを見てもボーッとしてるし。

 

 これは死んだな、こんな訳わかんないとこで訳わかんない物に殺されて死ぬんだ。

 

 そう思ったらムカムカとしてきた。

 なんでこんな目にあってんのよ!男に振られて魔物に殺されるなんてムカついてどうにも気持ちが収まらない!でも悔しいけどひ弱な現代人の私にはそれに抗う術はない。

 そう思った時後ろから追いついてきたゴブリンにガシッと肩を掴まれた。

 

 せめて一発ぶち込んでやりたい!

 

 私は人生で初めて、振り向きざまに拳を握りしめると目一杯それをゴブリン目がけて振り抜いた。

 

「ふざけんじゃないわよ!!」

 

 それは見事にゴブリンの顔を直撃し顔にめり込むと頭部が吹き飛ぶほどの威力を発揮した。

 

「ヒェ〜!何これ気持ち悪い…オェ…」

 

 ゴブリンは血液を撒き散らすとバッタリと倒れた。私はゴブリンの血液まみれになるとその場に嘔吐した。

 

「もう無理…何よこれ…」

 

 ふらつきながらゴブリンの首無し死体から離れるとへたり込んだ。

 

「お嬢さん、大丈夫かな?」

 

 さっきの荷馬車のおじいちゃんが馬車を降り近づくと優しく話しかけてくれた。

 

「あの、助けて下さい。」

 

 力なくそう言うとおじいちゃんは首を傾げる。

 

「何を助けるんじゃ?腹でも減ってるのか?金がないのか?だったら魔物を倒せばいいだろ。お嬢さんは強そうじゃ。」

「強くなんてないです。こんな気持ちの悪い事、無理だし。」

「そうかの、まぁそのままじゃ確かに気分が悪かろ。もう少し行けば川がある。そこでキレイにしなさい。」

 

 おじいちゃんは私を荷馬車に乗せてくれ川に連れて行ってくれた。

 

 なんでこんな事に、あぁ〜やだ。ここ異世界なの?なんで私が…

 

 川につくとザブザブと服のまま入りゴブリンの血液を洗い流した。顔も洗い髪もワシワシ洗う。買ったばかりの淡いブルーのワンピースはシミだらけの無惨な姿になった。

 

「もうやだ。帰りたい…」

 

 びしょ濡れで岸にあがった私におじいちゃんはタオルを貸してくれ、並んで川べりに座るとつい色々と話してしまった。

 

「そうか、恋人に捨てられたか。」

「違う!こっちから捨ててやったのよ。浮気してるってわかってたらすぐに捨ててやったんだから!」

「じゃがわからんかったんじゃろ?鈍いのぉ。」

「だって先週の旅行じゃ濃密だったんだよ。わかるわけ無い!」

「濃密って…若い娘がそんな事言うもんじゃない。まぁ、それは仕方ないの。背徳感というかもうすぐ別れると思えば濃密にもなるじゃろ。」

「なにそれ!男ってクズなの?」

「男はどうしようもない生き物なんじゃよ。」

「サイテー。」

 

 おじいちゃんは立ち上がると腰をトントンと叩いた。

 

「じゃ、ワシは行くぞ。気をつけてな、もう酷い男に引っかかるでないぞ。」

 

 そう言って立ち去ろうとした。

 

「ま、ま、待って!行かないで!」

 

 私が慌てて立ち上がりおじいちゃんを引きとめた。

 

「ワシには怖いばあさんがおるから無理じゃぞ。」

「いや、そこ求めてないから。そうじゃなくて、私行くところが無くて。」

「家に帰んなさい。」

「帰り道がわからないの。」

「そりゃ困ったの。迷子で家もないし恋人にも捨てられたとは、ひどい有様じゃな。」

 

 めっちゃ現実突きつけてくるね。

 

「ここがどこかもわからないの。」

 

 置いていかれたら本当にどうしようもない。おじいちゃんは優しそうだしどうにか助けてもらえないか必死になった。

 

「何でもするからおじいちゃんの所にしばらく置いてもらえない?せめて暮らせる目処がつくまで。」

 

 ここが異世界ならきっともう帰れない。読んだ本によればここで生きていくしか無かったはず。だったら働かなきゃいけない。

 

「何か仕事ないかな?」

 

 必死な私に同情してくれたのかおじいちゃんはう〜んと考えるとため息をついた。

 

「仕事はあるにはあるがお嬢さんにできるかのぉ。何人も辞めてるキツイ仕事なんじゃがの。」

「多少は頑張るよ、選べる立場じゃないし。あぁ、まさか娼婦とかじゃないよね?」

 

 私が一応確認するとおじいちゃんは急にキリッとした。

 

「そっちが良ければすぐに紹介出来るぞ。」

 

 じいちゃん現役かよ。

 

「嫌だって、普通の仕事がいい。」

「普通の仕事のぉ…まぁ、やってみればいい。あ、忘れとったがアイツが嫌がったら駄目じゃぞ。」

 

 おじいちゃんは私を荷馬車に乗せて出発しながら言った。

 

「アイツって?おばあさん?」

「いや違う、お前さんの言わば先輩じゃ。ちと気難しくての。」

 

 うわ〜、この世界にもお局様がいるのかな。今までの会社じゃ私、嫌われてたんだよね。

 でもまぁ贅沢は言えない。どんな仕事か分からないけど状況がわかるまでは我慢しなくちゃね。

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