第3話 - 3 ベルゼム VS トール ~決戦の時

 日の傾きかけた夕刻、闘技場の中央にて、ベルゼムとトールは対峙する。順光・逆光での有利不利を避けるため、立ち位置は北と南。無論、試合が始まって動けば発生する状況であるが、それもまた戦いの内だ。昨日の雨で、やや地面はぬかるんでいる。足を取られる程ではない。


 トールにとって、ベルゼムは入学以来の目標であった。それぞれのスタイルは、長所を強みにするか、短所を弱みにしない方向性で確立される。カリムは膂力りょりょくを頼みの綱とし、シンシアは攻防において独特のセンスを持つ。トールには、長所らしい長所も短所らしい短所もない。で、あるなら、総合力を上げるしかないと考えた。その時に目標に出来たのが、オールラウンダーのベルゼムだったのである。


 今回の決戦において、トールにはある思惑があった。自分の全てをぶつけて、オールラウンダーとして、総合力でベルゼムを上回る。


 確かにあの夜、自分は「ある感覚」を手に入れた。上段から振り下ろす一撃を繰り出したなら、勝利は収められると思う。しかしそれは、自分にとってのベルゼムへの勝ち方ではないと思われた。一方的にではあるが、トールはベルゼムに対して、目標としてそこに居続けてくれた恩義を感じていた。それを降って湧いて来たような何かで下すのは、裏切り行為のような後ろめたさがあった。


 今回の審判は、エレナ=クラーゼンが務める。審判として公平であるのは前提で、主な関心はトールに寄せられていた。ベルゼムについては、もう解っている。教師や生徒で占められる200人程度の観客も、やはり注目の先はトールにあった。


 この空気感は、ベルゼムも察している。試合で自分の実力を示せば済む話と、異に介さない。


「互いに、存分に実力を出し切るように。……始め!」


 トールとベルゼムは、まず双方に相手の出方を伺った。特にベルゼムには、メアリー戦で見せた、開始早々の奇襲が頭にある。トールは、ベルゼムは「待ち」だと判断した。……ならば、こちらから仕掛ける!


 トールは大きく踏み込み、一足半の距離まで間合いを縮めた。二回、小刻みに踏み込みのフェイクを入れ、三回目で打ち込みを入れる。受けられるのが前提で、決める気はない。続けて、角度と速度に変化をつけての連撃。計5回の打ち込みは、全てベルゼムにさばかれる。明らかに余裕があった。


 息が上がる前に、トールは撤退。再び距離を取る。順番が入れ替わるように、ベルゼムの攻勢。その重戦車のような連撃を、トールは下がりながら全てさばき切った。ベルゼムの後退に合わせた胴への横薙よこなぎは、間一髪で空を切る。序盤は、どうやら互角だ。


 二人の攻防はその後、膠着こうちゃく 状態に突入した。互いにリスクを冒さず、攻め合いながら相手の隙を待つような展開。技術の応酬を好む玄人であれば面白いだろうが、一般から見ればダレる退屈な光景となる。


 焦れる心を抑え、ベルゼムは状況を整理した。確かにトールは、交流戦前とは違う。技術どころか身体能力まで、今の自分と比肩するレベルにある。だがメアリーに振るった一撃は、こんなものではなかった。アレに対応するには、どんなに小さな隙も作るべきではない。


 だが、トールはその思いには応えなかった。互いに攻め手を欠きながら、時間だけが経過していく。二人の動きにも、疲労が見え始めた。


 ……その時、ベルゼムの足が止まった。攻勢の踏み込みが出切らず、バランスを崩す。地面のぬかるみに、尋常ではない抵抗を感じた。息が整ってくれない。


 これはベルゼムにとって、想定外であった。骨折の治癒に体力が消費され、持久力ではまだ万全ではなかった。


 トールは相手の左側に回り込むと見せて、直進して右側から胴を打った。重心を崩して転倒を防ごうとしたベルゼムに、応じる手はなかった。雌雄は決した。


「勝負あり! 勝者、トール!」


 高らかに、エレナはトールの勝ち名乗りを上げた。


「ウオォーー!!」


 絶叫と共に、トールは両こぶしを空に突き出す。ややハンデが付いていた形ではあるが、トールがトールとして、正々堂々とベルゼムを超えた瞬間であった。

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