栗須帳(くりす・とばり)

第1話 疲れたなぁ


 そろそろ限界かも。


 仕事、仕事、仕事。

 それ以外に何もない日常。

 役立たずと上司に怒鳴られ、家では一人、スマホ片手にコンビニ弁当。

 恋人もいなければ友人もいない。

 そう言えばこんな僕にも、昔は夢なんて物もあったな。

 でも、いつからだろう。それがただの夢だと気付き、考えない様になったのは。




 はあっ……僕って一体、何の為に生きてるんだろう。




 そんなことを考えてたら、全てが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 そして今日、僕は会社を休んだ。

 電話の向こうから、上司の罵詈雑言が聞こえる。

 でも、どうでもよかった。だから途中で電話を切った。


 何だかなあ……もう、どうだっていいや。


 僕一人が消えたところで、この世界に何の影響もない。

 早くに親を亡くした僕には、悲しむ人もいないだろう。

 このまま消えようか……そんなことを思いながら僕は夕方、ふらりと地元の駅に来たのだった。




 缶コーヒーを飲みながら、周りの人たちを見る。

 時間帯のせいか、下校する学生の姿が多く目に入った。

 友人たちと他愛もない話をしながら、みんな笑っている。

 僕も……昔はそうだったな。


 一時間も座っていると、特急車両が何度も通過していった。

 いつ見てもすごい速度。

 あの速度なら、ぶつかっても痛みは一瞬だろう。

 あっという間に僕は、この袋小路の人生から逃げることが出来るだろう。

 僕は小さくため息をつき、笑った。


 その時だった。


 突然、目の前の景色が歪んだ。

「な……何これ……気持ち悪ぅっ……」

 ぐるぐると景色が回る。

 缶コーヒーを落とした僕は、猛烈な吐き気に襲われ口に手をやった。





 しばらくして眩暈は治まった。

「何だったんだ、今の……」

 そうつぶやいた僕の視界に、ホームぎりぎりの所に立ってる学生の姿が映った。

「まさかとは思うけど、先客?」

 お節介だと思った。

 もしあの学生が死のうとしているとしても、同じことを考えている僕に止める資格なんてない。

 でも、どうしてだろう。

 声をかけたくなった。


「君、大丈夫?」


 僕の問いかけに驚いた学生が、慌てて振り返った。


「……え?」





 振り返った学生。

 それは高校時代の僕だった。



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