第28話 とある日、一月

「久しぶり」

はるか遠くに行ってしまったはずの声で止まる。冷たい廊下。埃が並んで。何を待っているのか。


「ああ、久しぶりだな」

何ヶ月ぶりだろう。一学期のあの日学校で別れた以来か。まあ同じ学校なんだからこんな事も起こる。


お互い気まずさを抱えて別れた。自分の元から離れていくのを止める事は無理だった。止めた後に残る物など無かったから。


遅すぎた出会いはしっくりくるはずもなく、でもそれをわかっていながら朽ちるのを待ち過ごした。二人の幸せはこの世から少しずつ無くなっていく事だけだった。


廊下の埃と同じだな。


「ほらほら、その顔。難しい事考えてるでしょ」


覗き込むように言われて我にかえる。

ガラス越しの二月の日差しに、笑っている瓜生うりゅう


「変わったな。あの頃よりいい顔してる」


本音だった。ホロリとこぼれるスノーボールクッキーように出てきた思い。


「ありがと。君は幸せかい?」


「受験生なんだから、キツイさ」


「そう言う事じゃないよ、あの子と居て幸せかい?」


あ、知ってる人間がいるとは思わなかった。目立つのか?別にいいけど。


「俺だから気がついただけ。焦らなくていいよ」


「ああ」


「あのさ、俺はさ助けてもらったから、次は俺が星七を助ける」


「そんな大げさな」


「ちょっとしたアドバイスだよ」


「ん?」


「自分の気持ちを言葉にして。思ってるより多くね。いっつも何考えてんだかわかんない顔してたら、一緒にいる人間は不安になるよ。星七が幸せになっても誰かの幸せを取りあげるわけじゃない。堂々と幸せになるんだ。幸せになってもいいんだ」


「思ってたよりまともな事言えるんだね、瓜生」


「それって失礼だろ。でもそれくらいの素直さは必要だよ。ははっ」


瓜生はあの頃の自分が渡せなかった笑顔で笑った。ああそうか。そう言う事なんだ。


「わかった。ありがとう」


「まっ、とりあえず受験がんばって。じゃあね」


歩きはじめた瓜生には、たぶんどこかで三沢が待っている。怖がりのあいつを守ってやれる存在になりたかったが、三沢の方が向いてたようだ。今は笑ってる二人を容易に想像できる。それが思いのほか気分がいい。


(幸せになっていい、か)


うみと出会って最初はどうしたものかと思っていたが、そのうちあいつがいるのが当たり前でそれが妙に落ち着いた。でもあいつの心地よさに少し頼りすぎていたかもな。自分のルールを海に強いていたのかもしれない。海とそんな話した事ないな。受験が頑張れるのも海がいてくれるおかげなんだけど、こんな事は恥ずかしくて言えないや。


受験が終わったら、何か話そう。

そうだな、好きだって言えたらいいな。

冷たい季節に朽ちない幸せを求めてもいいよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る