LGBTQ+短編集

マサキチトセ

ザ・ムーン・イズ・ビューティフル

 ユウくんがウサギになって一週間が経った。

 さっきから座椅子を占有しているユウくんに目をやると、人間だった時と同じ茶毛がふわふわと扇風機の風に揺れている。

 最初こそ完全に混乱状態だった俺らも、四日目あたりからは冷静になっていた。冷静、というか、単に混乱していることに疲れただけかもしれない。

 月曜から授業が再開するとユウくんは言っていた。オンラインとはいえ、出席は取るだろう。大学というのは、単位を落とすとか出席が足りないとか、そういうことがよくあるらしいから、案外しばらくは平気かもしれないけれど、いったいどのくらい授業に出ないと実家とか不動産屋とかに連絡するものなのだろうか。

 俺はユウくんのアパートの鍵を持っている。まだ夏だし、餌も無いし、放っておいたらいずれ死んでしまうと思ったから、連れて帰るしかなかったのだ。俺が出入りしているところを見た奴でもいれば、この鍵は証拠になってしまうだろう。俺は大学生の行方不明事件の重要参考人ということになる。

「ねえユウくん、今日このあと彼女来るけど、ごめんね」

 怜奈が来るまであと三〇分くらいか。なかなか言い出せずにぎりぎりになってしまった。

 当然ユウくんの返事は無いが、事前に伝えずにいることはできないと思った。

「怜奈っていう子なんだけど、たぶんここでセックスするから、嫌だったらキッチンのモコモコベッドに行ってて。ほんとごめんね」

 ユウくんは俺のことが恋愛的に好きだ。告白されたのは、五回目にユウくんのアパートに行った時だった。俺は都合のいい関係でいたくて、それからもユウくんのそういうアプローチをはぐらかし続けた。

「シャワー、浴びてくるね」

 じっと動かないユウくんにそう言ってシャワーを浴び、部屋に戻るとユウくんはいなかった。キッチンに目をやると、モコモコベッドで丸くなったユウくんが見えた。

 ユウくんを悲しませてることの罪悪感が一気に襲った。同時に、ベッドで男っぽく振る舞う姿をユウくんに見られずに済むのには、正直ほっとしてもいる。どっちの俺も知ってる人なんて、この世に存在してはいけない。

 もう怜奈が着く頃だ。女相手の時は準備が楽で助かる。俺は爪を切り忘れたことを思い出して、テレビ横の半透明のボックスから爪切りとヤスリを取り出した。ユウくんが「爪はマジで短いに越したことはない」と教えてくれた日に、帰りに買ったのだった。

 爪を切り終えてヤスリで磨いていると、キュー、キューとユウくんの声が聞こえた。先日買った『うさぎの飼い方』っていう本によれば、これは怖い時、苦しい時、痛い時の鳴き方だ。

 キッチンのユウくんに駆け寄ると、ユウくんが鼻からフンフンと息を吐き、またキューと鳴きながら俺を見上げる。俺はどうしたらいいか分からなくなって、ユウくんの頭を撫でながら、スマホで怜奈にメッセージを送った。

〝ごめん、親がこっち来てて、今からうち来るらしい〟

『うさぎの飼い方』によれば、ウサギの寿命は平均八年らしい。ユウくんは一九歳だから、換算表が正しければ、あと七年くらいで寿命を迎えることになる。そのうち人間に戻れるかもしれないけど、戻れなかったら、ユウくんはウサギとして七年後に死ぬのかもしれない。

〝マジで? 突然だね〜。OK、とりあえず帰るけど、嫌なことあったらすぐ連絡しなよ〟

 怜奈からの返事にほっとする。

 怜奈は、俺の親が異常だってことを理解してくれてる。怜奈の親も似たようなもので、二年の交際期間を経て俺と怜奈は互いに一番の理解者になっていた。それを利用した俺は、裏切り者だ。

「ユウくん、彼女断ったから、今日は来ないことになったよ。ごめんね不安にさせて」

 頭を撫でると、ユウくんがまたキューと鳴いた。

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