追跡2

 クリーガーは隊員の一人に、伝令として最初に集結した駐屯地に向かわせた。

 怪物の足跡を見つけ、追跡を開始したということを伝えるためと、他の部隊の現状も知りたいという意味もあった。

 帝国軍や、もう一つの傭兵部隊からなる捜索隊の状況は気になる所だ。

 伝令が出発したのを見て、クリーガーは率いる捜索部隊に怪物の足跡の追跡を開始するよう命令を出した。

 足跡は緩やかな上り坂になっている荒れ地をボールック山脈へと続いている。

 辺りの見通しは良く、目に見える範囲には何もないように思える。しかし、何もないように見えても追跡する怪物の姿は見えないのだ。すぐ近くに居るのかも知れない。

 クリーガーは突然の襲撃に備えるため前方に斥候を放ち警戒を怠らない。


 進軍して二日。

 部隊は最初の駐屯地から比べると、かなり標高の高い地点に到達していた。日中でもさほど気温が上がらず、さらに上り坂が急になって来た。厳しい行軍となっている。この辺りの気候は天気も変わりやすく、今朝には深い霧が出ていた。

 そして、残っている雪の深さも厚くなってきている。ただ、それのおかげで怪物の足跡がはっきりと続いているのが確認できていた。

 日中、陽も大分高くなってきた頃、斥候の一人が慌てた様子で戻って来た。

「隊長、この先に何かいるようです」

「姿は見えませんが、足跡が新しくで出来ていってます」

 ついに見つけたか。

 クリーガーたちは進軍の速度を上げて、それを追跡する。

「あそこです」

 隊員が指をさすが、何も見えない。しかし、雪の上に新しく足跡ができるのがわかった。

 迂闊に近づくと炎に焼かれるだろう。しかし、どのぐらいの距離を保てばいいのかわからない。

 クリーガーは、エミリー・フィッシャーを呼びつけた。

 彼女は茶色の短い髪と茶色い目をしていて、身長は小柄で華奢だが隊で一番弓を得意としている。

「フィッシャー、弓が扱えるものを数名集めて、あの足跡付近を射てもらえないか」

「わかりました」

 すぐにフィッシャーは五名を集め、隊の前に横一列に並んだ。そして、少しづつ弓の届くところまで進む。

 怪物の歩みはそれほど早くない。しばらくして、フィッシャーたちは射程距離に入った。

「よし、矢を射ろ!」

 フィッシャーの合図で、次々と矢が放たれる。

 矢は弧を描いて空を切った。しかし、矢は足跡の空中で弾かれるようにボロボロと地面落ちた。

「続けて放て!」

 フィッシャーたちは矢をもう一度怪物に向けて放つ。

 結局、ほとんどが弾かれて地面に落ちたが、数本が空中に留まっている。透明な怪物に突き刺さったようだ。

 空中の矢が止まり、地面に足跡は新たにつかなくなった。怪物が立ち止ったのか?


 クリーガーは間髪入れずに命令を出した。

「よし、左右に展開して、“あれ”を包囲するんだ」

 部隊は横に広がり扇型に並ぶ。

 クリーガーが部隊が展開したのを確認すると、怪物に近づくように手で前進の合図をする。すると怪物の居るはずの辺りの地面が、何度か踏み固められるように凹む。

 方向を変えているのか?

「止まれ!」

 クリーガーは叫んで、手で合図を出した。

 次の瞬間、空中から一筋の炎が放たれた。

 幸い部隊までは、まだが距離があったので、ギリギリのところで焼かれる者はいなかった。

 ところが、クリーガーからかなり離れたところに居たホフマンと数名がさらに前進するのが目に入った。

「待て! 迂闊に前に出るな!」

 クリーガーは叫ぶ。しかし、ホフマンたちに声は届いていなのか、彼らは前進を続ける。再び炎が放たれた。

 炎にホフマンたちが包まれた。

 二名が焼かれて炎に包まれた。ホフマンは大盾で何とか炎を躱し難を逃れたようだ。炎で焼かれた二人はその場でのた打ち回っている。彼らを救出しようとする者も居たが、再び炎が放たれて近づくことは出来ないようだ。

 ホフマンも盾を構えながら安全な距離まで下がる。

 フィッシャーは注意を引くため矢を放つが、やはり空中で弾かれた。次はフィッシャーのほうに炎が放たれる。しかし、フィッシャーたちは距離があったので、炎が届くことはなかった。

 炎に焼かれた二人は地面に横たわったまま動かなくなった。助けられなかったか。

「後退だ!」

 クリーガーが合図を出すと、部隊は集結し怪物から距離を取った。しかし、怪物を見失わないようにする微妙な距離を保つ。


 クリーガーは怪物を倒す方法を考える。

 あれが矢を弾いたのを見ると、皮膚はかなり固いようだ。剣による攻撃に効果があるのだろうか。

 あれの放つ炎がそれなりの距離まで届くので、迂闊に近づくことも難しい。ただ、足跡の付き方を見ると、動きは早くないようだ。

 怪物の後ろを、――あれに後ろというものがあればだが――、注意を逸らしているうちに攻撃をすることは可能ではないか。

 まずは、あれが透明な状態なのは厄介だ。夜間に襲撃を受けた場合、コバルスキーの部隊の二の舞になりかねない。


 クリーガーはホフマンの姿が目に入ったので、声を掛けた。

「おい、停止命令を出したはずだぞ」

「聞こえなかったんだ」

「合図も出してあったし、周りの者はちゃんと停止していた。わからないというのは理由にならないぞ」

「ああ、すまなかったよ」

「迂闊に近づいたせいで二人が犠牲になった。君も危なかったぞ」

「以降、気を付ける」

 クリーガーはそれ以上は追及しなかった。ホフマンたちは功を焦ったのだろうが、自らのあの行動は自分でも迂闊だったと認識しているはずだ。

 そうなのだ、今回の任務は少しの油断でも死につながる。用心に用心を重ねなければ。

 クリーガーは怪物による夜間の襲撃に警戒して、部隊をさらに後退させると決めた。隊員からは、怪物を見失うという意見も出たが、部隊が全滅させられるよりましと考える。何らかの案が出なければ、今回は怪物を倒すこと自体諦めてもよいと考えていた。

 あの怪物は百名程度の部隊では手の打ちようがないのではないだろうか。


 陽も暮れようとしたころ、怪物見つけた地点からかなり離れたところで部隊を停止させた。斥候によると怪物が追跡してくる様子はなかった。

 クリーガーはそれを聞いて、ここで野営することに決めた。

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