アグネッタ・ヴィクストレーム

潜入

 アグネッタ・ヴィクストレームは駅馬車を乗り継ぎ、途中、宿場町で一泊し、二日掛けてオストハーフェンシュタットから共和国の旧首都であるズーデハーフェンシュタットに到着した。貿易関係者としての特別な通行証を持っていたので、途中出会った帝国軍兵士とはトラブルが起きることもなく移動することが出来た。

 ズーデハーフェンシュタットには初めての訪問だったが、オストハーフェンシュタットと同様に港町であり、同じ旧共和国の都市であったので雰囲気はよく似ていた。ただ、さすが旧共和国の首都であった街、その規模は二回りほど大きかった。


 ヴィクストレームは、ズーデハーフェンシュタットには夕暮れに到着したので、まずは適当な宿屋に泊まることにした。そして、探し当てた宿屋にチェックインする。部屋は大通りに面した二階だった。

 ヴィクストレームは荷物を置いて、上着を脱いで楽な姿になる、そしてベッドに腰かけて考え事をする。

 明日、銀行を訪れ、シュミットが言っていた銀行の貸金庫の中に置いてある魔術書を手に入れるつもりだ。ただし、これは、一筋縄ではいきそうにない。

 死亡しているはずの指名手配されていた男の委任状を持っているのだ、行員が疑うのは間違いないだろう。トラブルになった時にどうやって対処するか、ヴィクストレームは頭の中でシミュレーションする。


 部屋で考え事をした後、ベッドに横になり、しばらく休んでいると、宿屋の外の通りが騒がしくなった。

 ヴィクストレームは立ち上がって窓から外の様子を眺める。

 もう夜で当たりは真っ暗だが、通りの反対側にある建物の前に松明を持った者達が数名。彼らをよく見るとそれは帝国軍兵士たちのようだった。その中に少し制服のデザインの違う者達も数名混ざっている。彼らは何者だろう?

 ヴィクストレームは気になって、騒動の顛末を見届けることにした。

 しばらくすると、兵士たちが剣を抜いて建物の中に突入していった。

 建物の中から叫び声が聞こえる。どうやら戦闘が起こっているようだったが、十分ほど経つと静かになった。

 そして、数名の男が兵士たちに両脇をしっかりと捕まえられて出て来た。その後に数名の遺体らしきものが別の兵士たちによって担ぎ出された。

 ヴィクストレームは思い当たった。これはおそらく過激分子の取り締まりだ。旧共和国の各都市で帝国軍が過激分子を取り締まっていることは聞いたことがあったが、実際に目にしたのは初めての事だった。過激分子の多くは旧共和国の兵士で、共和国の復活を目的にして、帝国軍に抵抗している。


 ヴィクストレームは制服のデザインの違う者達に興味を持った。あれは軍の兵士ではないのか? そして、彼らの後をつけてみようと思い部屋を出た。

 街は夜間外出禁止令が出ているので普通に歩いていては捕まってしまう。しかし、ヴィクストレームには幻影魔術があった。その魔術は、光の屈折を変えて、その場にいるのにも関わらず、他の者からは見ることができず姿を消すことができるというものだ。

 ヴィクストレームは上着を着ると、早速その魔術を使い、姿を消して制服のデザインの違う者達の後を付けた。

 彼らは軍の兵士たちと一緒に城に戻って行く。

 ヴィクストレームも静かに後をつけ、姿を消しているので通常では入れない城に、いとも簡単に侵入することが出来た。

 彼らは城の中庭で整列して、しばらく話をした後、解散となった。

 ヴィクストレームはその様子を観察し続け、制服のデザインの違う者達の中で、一番の上官でありそうな人物を判別した。彼は城の奥の方へ歩いていく。ヴィクストレームは彼の後をつける。

 彼は城の通路をさらに奥に進む。ヴィクストレームは見失わないように注意深く後を追った。

 そして、彼はある部屋の前で立ち止まる。ノックをすると中から声が聞こえ、彼は中に入って行った。

 ヴィクストレームは扉まで近づき、耳を扉に当てて中の様子を伺う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る