傭兵部隊の任務報告5~透明な悪魔

谷島修一

序章

逃亡者

 旧ブラウグルン共和国の港町、ブラミア帝国の占領下のオストハーフェンシュタット。

 三月、少々暖かくはなってきたが、朝晩はまだ肌寒い。

 今日は特に気温が低く、夕刻、吐く息は白くなっていた。


 フリードリヒ・シュミットは、今日の仕事を終え、オストハーフェンシュタットの港の方から歩みを速める。そして、大通りに面する、“ムーヴェ”と店名の看板が扉の上に大きく掲げられている安レストランに入った。ここ一カ月ほど、朝と夜はこのレストランで食事をし、併設されている宿屋に宿泊している。


 フリードリヒ・シュミット。彼は、少し前まではギュンター・ローゼンベルガーと名乗っていた。先日、ズーデハーフェンシュタットで起こった現金輸送馬車襲撃とセフィード王国王女の誘拐の犯人だ。

 王女を誘拐した後、港の倉庫に潜伏中に、元共和国軍の精鋭・“深蒼の騎士”で、現在は帝国軍傘下の傭兵部隊の隊長ユルゲン・クリーガーと裏取引をして、このオストハーフェンシュタットまで上手く逃げおおせることが出来ていた。

 クリーガーと事前に打ち合わせた通り、一芝居を打った。逃亡するため船上でクリーガーの魔術の攻撃を受け、船から転落した後、何とか岸に泳ぎ着き、最終的にこの街にたどり着いた。

 そして、この街に潜伏し、しばらく経ってから、自分が死亡したということで警察によって処理されていることを知った。そういう事もあり自分の指名手配も取り消されたようだ。

 クリーガーは何か事情があってシュミットを逃がすことにしたようだが、シュミットはその詳しい理由は聞いていない。シュミット自身は自分が逃れることができ、さらには死んだことにすることによって指名手配からも外され、都合のいい事ばかりだったので深く追求することもなく、その話に乗った。


 それから約三か月経ち、念のため名前をギュンター・ローゼンベルガーからフリードリヒ・シュミットへと変えて潜伏していた。

 そして、シュミットは当面の間は魔術を使って強盗などはせず、おとなしくしていようと考えていた。

 シュミットは、ヴィット王国で禁止されている魔術書を手に入れ、“加速魔術”を会得している。この魔術は自らの動きを数秒間早め、目にも止まらない速さで動くことができる。これを使って現金輸送馬車の護衛兵をいとも簡単に殺害し、難なく金を奪い取ることができたのだ。そして、その魔術でユルゲン・クリーガーですら負傷させた。さらに、王女の誘拐でも利用して、最終的にはズーデハーフェンシュタットから脱出することができた。

 このオストハーフェンシュタットへの逃げ伸びた後は、港で適当な日銭を稼ぐ仕事で凌いでいた。帝国による占領前は賞金稼ぎの仕事があったが、占領後、その仕事も無くなっていた。シュミットは仕方ないので、当面はこの港で働き続けようと考えていた。


 オストハーフェンシュタットは、旧ブラウグルン共和国では第二の都市で、シュミットが事件を起こしたズーデハーフェンシュタット同様に港街として栄えていた。

 この街は旧共和国の首都であったズーデハーフェンシュタットから北へ陸路で二日の距離にある。

 旧共和国が帝国に占領された直後は貿易などの経済活動は止められていたが、すぐに貿易を再開する許可が出されたので、それ以降、再び港は賑わい、桟橋では貨物船からの荷下ろしなどをする数多くの人夫が働いている。

 旧共和国の貿易船は穀物を積み、南のアレナ王国や北のダーガリンダ王国へ輸出し、逆に輸入品としては、アレナ王国経由で南の大陸 “ダクシニー”からの珍品や、ダーガリンダ王国の魔石や銀、銅、鉱石などを輸入している。これは帝国の占領前から長年続いていた。


 夕方、それそろ日も暮れて来る時間。帝国の占領後は夜間外出禁止令が出ているので、もうすぐ外出ができなくなる時間だ。違反者を取り締まるため帝国軍兵士数名が主だった通りの辻ごとに二十四時間態勢で監視をしている。

 そういう事もあり、通りの人出は少なくなってきていた。

 シュミットは、安レストランの“ムーヴェ”に入ると、いつもの奥の端の席に座った。ここで夕食を取るのが、このところの彼の日課となっていた。レストランの中を見回すと、客のほとんどが、港で働く人夫で屈強そうな男どもだ。彼らは大声で話しながら酒を飲み、食事をしていた。

 シュミットは、ウエイトレスにエールとソーセージを注文して待つ。

 シュミットは食事をしながら、しばらく時間をつぶしていると、珍しい人物が店に入って来るのが目に入って驚いた。

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