第35話 イエス、下手をすると取り返しのつかないことをね!~転生者って実は元、兄弟とかじゃないの?~

「フォッホッホ! セナめ、ここまでの膨大ぼうだいな魔力──先が楽しみだのう」


 セナと名乗った少年の家。

 その中には老人が一人いた。

 先ほどの魔力を感じ、身内の成長を喜んでいる。


 と、そこへ。


「ごめんくださ~い」


 若い男性がノックをしながらたずねてくる。


「ほ? セナ──なハズがないか。鍵はいとるでの! 入ってきて構わんよ!」


 もしかすると実力に自信があるのかもしれない。

 老人は大した警戒もせず、来訪者の入室を許可した。


 ◇


「ドドド、ドラゴンを落とした!? しかもヴァンデリア滅亡の危機!?」


 先ほどの好々爺こうこうやとした雰囲気は一転。

 少年とは違い、常識を知っている老人。

 今、セージがもたらした事実に対し、耳を疑ったのだった。


「はい。それで次善策じぜんさくこうじようとうかがいました。第一だいいち優先事項じこうはポロトコタム到着とその手段の模索もさく。次に、借り物の竜【ランドルバッファ】の治療。もし治療に時間がかかるなら、馬なりなんなりの移動手段の確保。最後に──お孫さんですかね? その子の処遇しょぐうと、国家への賠償ばいしょうですね」


「はっ!? 賠償!? なんで! たかがドラゴンを落としただけっしょ! 人が乗ってるのは悪かったけど、ドラゴン退治なんて魔獣まじゅう狩りと一緒でしょ!」


 セナは祖父の焦りにも気づいていないらしい。

 ついでに、セージの言う意味も理解していない。

 さらに、人が乗っていたというのに罪悪感もない。


「セ、セナ──魔物はともかく、『竜だけは退治たいじしちゃイカン』とワシ、教えなかったかの……?」


「言われたし覚えてるよ? でもさ、それって【ごもりしてるドラゴン】じゃないの? そうじゃないのは倒してもいいっしょ」


「バ、バカモン! 人間に無害=巣ごもりという意味じゃないわい! 使役しえき──人間がっている可能性を考えてなかったんかい! 倒してよいのは積極的に悪さをする竜じゃ! 教えたじゃろ!?」


「え……そんな線引せんびきだったの? オレ、もしかしてまたやっちゃった?」


 キョトンとする少年、セナ。

 相性でもあるのだろうか。

 セージは何かと、この少年に対しかんさわるらしい。


 現に今も、『さっきから、やっちゃったじゃねえよ!!』と叫びたいのを必死に我慢していた。


 これまで彼は、人に対するごのみや相性など、あまり無かったのだが。


「あのさ、セナ君。討伐の線引きは、もうこの際いいよ。どちらにせよ相応の報いは受けてもらうけど。転生者という存在はそんなものだって思うことにしたから。でも──君がった魔法の先にな、人が乗ってたワケだよ? クッション魔道具が万が一、不発だったら……知らなかったにせよ君、人殺しだよ? そこについて思うところはないの?」


「だから悪かったって! さっきも言ったでしょ! もう、なんなのオジサン。さっきから怒り過ぎじゃない? カルシウムカルシウム! 死んでないんだからさ、結果オーライっしょ!!」


「こりゃ! なんというぐさじゃセナ! おぬし、知らずとはいえ人に対して攻撃魔法を放ったんじゃぞ!? もっと反省の態度を見せんか!!」


「アイナぁ、エルフィぃ。これでも俺、まだ怒っちゃダメなの? もう禁忌魔法、使ってもいいんじゃない……? 今なら精神系のエッグい禁忌、見せるよ?」


 本来、楽天家のセージがここまで言う。

 ジーノの時ですらここまではなかった。

 そこまで言わせるほど、礼儀と倫理観が欠如しているのだろう。


 冒険者をやっていた時代の彼は安定していた。

 サポート役にも関わらず、仲間から頼られるほどに。

 リーダー的な立ち位置で指示をこなすことも多かった。

 必要とあらば、感情や主観を極力きょくりょく排除はいじょして判断をこなせるからだ。

 家訓にある状況を除けば、という条件付きではあるが。


 それが、エルフに関わってからというもの……この始末である。


「『それよりも早くエアルウィン様の元へ』と申し上げたいですが、そろそろ……擁護ようごできなくなってきました……」

「敬語はまだしも──ああ、これが我が王が以前『世間をめている』とおっしゃっていたことですか……」


 エルフに擁護させる。

 さらには、そのエルフもかばいきれなくなる。

 ここにきてからというもの、稀有けうな事態の連続であった。


「オレ、じっちゃんにめてもらおうと思ってただけだったんだって。ほら、成長具合を見せてさ。でも謝れって言うなら一応は謝るよ? オレ素直だし。攻撃しちゃって、すいませんでした」


 祖父に怒られ、一応は反省の言葉をつむぐセナ。

 しかし──これに心からの誠意を感じる人間などいないだろう。


「セナ君のおじいさん、何か高速移動できる手段の心当たりってありません? さっきも言いましたけど──ちょっとですね、マジで一刻いっこくを争ってるんですよね」


 セージは感情をおさえ、自分より状況を優先する。


「本当にスマンかった。移動ならワシの【フライング・カーペット】を差し上げよう。これは空を飛べる絨毯じゅうたんで、国にも二つとない貴重品なんじゃが……さすがに出し惜しみなんぞしておれん。それなら、お三方さんかたとも乗り込めるし、飛竜ほどではないが速度も出るじゃろうて。飛竜の方はワシが責任を持って治療して王都ヴェルフラードに送り届けよう」


「空飛ぶ絨毯じゅうたんか……。それなら間に合いそうかな。ありがたく使わせていただきます。竜の名前はランドルバッファ。王城に届けてくだされば助かります。あの、そんなレアなアイテムを持っていたり、竜をいやして王都に届けることが出来たり──もしや高名なお方なのでは?」


「……昔はヴァンデリアを中心に【賢者】だの【大魔導士】だの言われておったがの。今では子育て一つすら満足にできん、ただのじじぃじゃよ……」


「さすがにそれはイレギュラーがかさなっただけなのでは……。お察しします。あっ──」


「セージ様?」

「我が王よ、どうなされました?」


「あのう、参考までに聞かせていただきたいんですが……。もしかして彼、【モルガム魔法学園】にでも通わせるおつもりでは」


 その言葉に老人は目を見開いた。


「お主!? 伝説の【先見チート】持ちか!? 予言とも言われておる、あの!」


「い、いえ。俺が使えるのは【生活魔法】だけなんで。そういう【何とかチート】とかいうのは一切ないです。単に、似たような人を学園で見たってだけですよ。それで、その。差し出がましいようですけど、セナ君が魔法学園に行っても、普通には通えないかと……」


「うむ……今回のことで身にみた。知らずとはいえ人様に魔法を撃っておいてあの態度じゃし……国家の危機は、さすがにシャレにならん。しかしなあ……」


「もし、それでも魔法学園に通わせるつもりであれば──さっき申し上げた、【似たような人】と同じように常識学習からしてもらうと思いますが」


「なんと!! それはわたりに船の提案! セナを! お願いしてもよろしいじゃろか!?」


 渡りに船かどうかははなはだ疑問である。

 それこそ、問題児だったジーノの現在を考えると……。


「予想以上にグイグイ来ますね!? ただ──【ちょっと厳しいカリキュラム】になるかもしれませんけど、ご了承いただけます? 場合によっては【命を落としたとしても同意する署名しょめい】をいただくかもしれませんが」


「ホッホッホ! それくらい、なんのなんの! あの子は才能の塊じゃて! 普通の人間にとっての苦難なんぞ、ケロリと乗り越えてみせるじゃろうよ。セージ殿だったか? あの子の泰然自若たいぜんじじゃくとしたどうじない態度、見ておったろう? まるで怖いもの無しじゃよ!」


 そう言って老人は快活に笑った。

【子煩悩ならぬ孫煩悩】とでもいうべき発言。


 それを見たセージは──

『うん……祖父殿も舐めてるのかもしれんが、もうどうでもいいや』

 そう、諦めたという。


 人間、才能よりも大事なものが──というのも野暮やぼな話かもしれない。


「なぁなぁ! 元から魔法学園には行く予定だったけど……そこに行ったら、オレの同郷がいるの!?」


「いるねえ。今は急いでるから詳しい話はできないけど、その時まだ国が無事だったら俺が一筆いっぴつ、国王様にえておくから。好きに交流するといいよ」


「やったぁ! 今から楽しみっ! こっちに産まれて以来、サブカルの話したかったんだよねー。あ、ソイツがいたらオレの【やらかし具合】も半分こで薄れるかも。これ、一石二鳥かな!!」


「ああ、もしかすると王族とお会いして、お姫様なんかとの出会いもあるかもな? それはそれとして、祖父殿」


 仮にお姫様──王族と出会ったとする。

 だとしても、恋仲になどなれるハズがない。

 なにせ、マナーどころか言葉遣ことばづかいもなってないのだ。

 もちろん身分差というのもある。


 ちなみにコレは今の自分の状況を皮肉っている言葉だった。

 そのことをセナに伝える気などサラサラないが。


「ん? まだ何かあるかの?」


「前提としてなんですが──なぜか彼らって【敬語が使えない特徴】があるんですよ。あと【空気が読めない】。やらかしちゃう前に、出来るだけ仕込んでおいた方がよろしいと思いますよ」


「う、うむ。言われてみれば王族にも無礼を働きそうじゃの。忠告、感謝するわい」


「いえ。それじゃあ俺たちは一刻いっこくも早く出たいんで、さっそく【フライング・カーペット】で出発しますね。あと、セナ君には後日、個別に賠償請求しますんで。『泰然自若として動じない怖いものなし』でしたっけ? ──泣いても絶対に償わせますんで」


 あまり関わりたくない想いからであろうか。

 まるで、『さっさと出ていきたい』とも取れる態度。

 セージはロクに返事も待たず再出発することにした。

 賠償請求の予告だけはシッカリと行って。


 そして出発の段になった時、セージはエルフ二人に聞く。


「あのさ、やっぱり【賢者】って【魔法脳筋】の代名詞なんじゃないの? 【大魔導士】はまだともかくさ……」


「「………………」」


 さすがのエセ双子すらも、それには言葉を詰まらせるのだった。

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