参(2)


「いってきます」

 わたしは、元気よく玄関を出た。通い慣れた道を学校に向かって歩く。

 外は、真っ白に霜が降りていて。頬に触れる空気がピンと張り詰めている。

 一言で言って、寒い。現在いまは冬。それも二月。だから、寒いのは当たり前。別に寒いのが好き、って訳じゃないけれど。

 わたしは、冬が好き。

 冬の次にやってくる、春という季節。その春のために、その春を最良の状態で迎えるために、すべての生き物が活動しているから。一見、死んでしまっているかのようなものでも、内では密かに生きているから。すべての生き物が生きているから。華やかではないけれど。命あるものは皆、地道に生きているから。そんな、生命あふれる季節だから。

 わたしは、冬が好き。

 それにしても、

「寒い」

 そう、わたしがつぶやいた時だ。

「ヨウマウチ ユリさん、ですね」

 一人の男の人が声をかけてきた。

 前方から、わたしが今までに会ったことのない人が。

 わたしの知らない人、のはずなのに。何処かで聞いたことのある声。

 それに、どこかで見たことのある、その姿。

 わたしが記憶の糸を辿たどっていると。

 その人は、もう一度、確かめるようにして、言った。

「ヨウマウチ ユリさん、ですね」

 わたしは「yes」と答えるつもりはない。

 何故って。

 相手は、知らない人だから。

 知らない人とむやみにお喋りするのはよくないことだと、教えられているから。

 それに。自分は相手のことを何も知らないのに。相手が自分のことを知っている、っていうのが、すごくいやだから。個人的な意見だろうけれど。

 不気味だから。

 でも、相手の人は別に怖そうな顔をしているワケでもない。どちらかといえば、結構、イイ顔をしている。

 真っ直ぐに伸びた身体。と、そこから生える手足。細くて、頼りなさそうで。だけど、しっかりとした骨格は、この人が男であることを証明する。

 きちんと切りそろえられた髪。陽に透けると茶色ブラウンに輝きそうな、それ。

 あまり陽の下に出ていかなそうな肌の色。

 わたしに答えを求める視線。碧色みどりいろの瞳で、静かに訴える。

 その瞳に、さびしさが隠されている。そんな気がしたのは、気のせい?

 思わず、うらやむほどに整ったその容姿。その姿は、本当に、

 綺麗キレイ――……

 二人の間には、沈黙が流れる。

 わたしは、その瞳に負けてしまい、

 首を縦に振った。

 別に、悪い人でもなさそうだし……

 だけど、そうやって気を許したのがいけなかった。

 男の人は、わたしの「yes」の返答を知るや否や、わたしの側へ歩み寄り、わたしの額に左手をかざしたかと思うと、その手でわたしの視界をさえぎった。

 わたしは目眩めまいを起こして、バランスを失い、地面に倒れる、その寸前に、気を失った。

 瞼裏まなうらには、綺麗な男の人の姿が焼き付いている。

 そして、その時、それまでは気付かなかったことを思い出した。

『美しいバラにはトゲがある』


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