第二部 六章:余計な

プロローグ What Color Does It Look Like――a

 太陽すらまだ上らず、半分の月が西に沈む頃、俺は起きた。正確にはライゼに起こされた。

 まぁ、分かっていたが。


『行くんだな』

『うん。レーラー師匠はフリーエンさんの依頼を受けるでしょ』

『だろうな』


 俺は専用のベットから起き上がり、白のシャツと黒のズボンに着替えているライゼの肩に昇る。

 レーラーは別室で寝ているため、この部屋には俺達しかいない。


『たぶん、一番良い結末みたいなものは持ってると思うが、レーラーは積極的に動こうとはしないだろうな。そもそも、今のフリーエンがそれを少なくとも表面上では望んでいないようだし』


 内心でそれを望んでいるかどうかは俺には推し量れない。

 推し量れると思うのは傲慢で、そして推し量ったとしても間違える。


『まぁ、そうだね。だから、フリーエンさんの説得はレーラー師匠に任せるよ。僕は僕で動く。僕がやりたいように動く』


 ライゼは壁にかけていた深緑ローブを手に取り羽織っていく。

 それから“空鞄”を取り出し、黒の“宝石倉”の弾帯をズボンにつけていく。ついでに、“森顎”と“森彩”のホルダーも腰に下げ、そこに突っ込む。


『で、トレーネを説得しに行くのか?』

『うーん、それはちょっと違うかな』


 それから、ようやく昨日完成した“森顎”と“森彩”の“宝石倉”のリロードを手助けする深緑のグローブを着けながら、ライゼは首を捻る。


『僕はトレーネさんに加護の礼をしに行くんだよ。それと昨日ヘルメスが〝視界を写す魔法ヴィジィフォトゥ〟でこっそり撮ったフリーエンさんの絵を見せに行くくらいかな』

『……気付いてたのか』

『いや、ヘルメスならそうするだろうなって思っただけ。使ったどうかは気付かなかったよ』


 黒のブーツの紐を調節しながら、ライゼは無邪気に笑う。

 どうやら、今の俺の行動はお見通しらしい。今後は分からん。


『……そうか、それでレーラーには何て言うんだ?』

『言わないよ。言わないからこんな早くに起きてるんじゃん。まぁ、言わなくてもあの様子だと僕が勝手に動くことは分かってると思うよ』


 ライゼは“空鞄”と魔法袋の中身を点検しながら、こげ茶の瞳を細めて言った。


『……そうか』


 ライゼがどの様子でそれを判断したかは分からないが、ライゼがそう思い込んでいるならいいだろう。レーラーだってそう思い込んでいるはずだし。

 それが想いあう事だろうし。


『あ、そうだ。ヘルメス。ヘルメスがこっそり撮ってる僕の絵を纏めておいて』

『……なんでだ?』


 バレてたのか。

 もう既に魔法袋一つ分を埋め尽くすほどの写真を撮っていたが……、いや、昨日のがバレてるし、当たり前か。


『トレーネさんに見せるためだよ。見せてちょっとした話をするだけ』

『説得する気満々だな』

『だからしないってば』


 整理が終わった“空鞄”から、羽ペンと紙を取り出したライゼは小さな机でスラスラと何かを書きながら黒のブーツで少しだけ床を踏み鳴らす。

 俺は“身大変化”で部屋の扉を通れるくらいに身体を大きくする。


 そして〝物を浮かす魔法ディヌゥシュマー〟で幾つかの荷物を身体に括りつける。

 ライゼはそれを尻目に、羽ペンを“空鞄”にしまって、“空鞄”を消した。そして少しだけ灰が混じったこげ茶の髪を整えた後、飛行帽を被る。


『じゃあ、行くか』

『うん』


 ライゼは手に持っていた紙をベッドの上に置いた後、扉を開ける。

 俺は先に扉を通り、慎重に床を鳴らさないように歩く。ライゼも同様だ。


 そして俺達は玄関前に辿り着き、外に出た。

 空は依然として暗く、星々の淡い光があたりを照らしていた。俺の鱗を撫でる夜風は冷たく、また、草花が揺れて微かに囁く。


『で、どっちに行く?』

『そうだね、東、ファーバフェルクト領地にでも行こうか』


 玄関を出た俺は小さな木製の階段をゆっくりと降りた後、ライゼに訊ねた。

 ライゼはゆったりと俺の背中に腰を下ろし、蒼い蝶が描かれた懐中時計に魔力を注ぎながら顔を上げた。たぶん、方位磁石のモードに切り替えてたのだろ。


『なんで、東なんだ?』


 ベターラー盆地はウォーリアズ王国の中でも東側に位置するので、更に東に行くなら街道の封鎖はあまり関係ない。

 だが、だからといってトレーネと東が結びつくわけじゃない。


『半日ほど一緒にいて思ったけど、トレーネさんは優しい子でしょ。だからウォーリアズ王国の東の現状を知っていれば、動くかなって。それと東側の近くに大きな街があったでしょ。そこなら情報が集まっているし、最適かなって』

『……まぁ、手がかりがない以上それでいくか』


 一年半は長いようで短い。本当に短い。

 けれど、トレーネがどこにいるかの情報が殆んどない以上、ライゼの勘を頼るしかないか。


『じゃあ、時間もあんまりないし、飛ばすぞ』

『うん、よろしくね』


 俺は冷たい夜風を撫でるように盆地を駆けた。

 いや、依然として俺が撫でられているか。

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