エピローグ In Pursuit Of The Answer――b

 トレーネが大きく息を吸い込む。

 いや、吐き出したと言った方がいいだろう。


「何故そこまでするのですか!? 何がライゼ様をそこまでさせるのですか!?」


 それは意外にも悲痛な叫びだった。

 見た目からは想像もできないほど、熱く引き裂けそうな叫びだった。


 まるで、必死に追い求めていた答えが目の前にあるかのように。

 少なくとも、今の叫びでトレーネはライゼの心配以外の感情も持っている事が分かった。


 初対面相手に、しかも、トレーネ的には弟子を死地に追いやる師匠とそれを是として受け止めている狂人相手にそこまで厳しく出れるというのは、優しい心だけじゃないと思う。

 というか、さっきの真剣ながらも落ち着いた雰囲気とは打って変わって、悲しい焦りを全面に出していた。

 

 抑えていた感情が爆発したのか、どうなのか、どっちにしろ論理と冷静的な思考だけで物事を語らない人間らしかった。

 神神しさはなかった。


 それは俗物な俺にとっては少しだけ安心できるものだった。

 まぁ、ただそう思ったのは俺だけで、ライゼは普通に驚き、また、悲しそうに目を見開き、レーラーは意外にも冷たい瞳をトレーネに向けていた。


「……そこまでって言われても、ただの訓練だし、あれが一番効率がいいからっていうだけだよ」


 ライゼは頬を掻きながら、苦笑いしてそう言った。

 自分がおかしな、常識から外れている事を言っているのはライゼも知っているのだ。だって、ライゼは普通ならば常識人側の人間だし。


 けれど、ライゼの夢と目標と、そのための覚悟が今のライゼを作っているのだ。命すらも訓練の道具として、激痛や死すら利用しているのだ。それで目的が達成できるのだから。

 しかしそれは。


「ッ、そんな事で、命を賭ける筈はありません! 効率が良いからって、命を賭ける事など常人はしません。女神さまから頂いた己の命を大事にしてください!」


 狂っている事である。俺達の方が狂ってるのだからな。

 普通、生物だからな。効率がよかろうと命を危険に晒すことは普通しない。


 また、ライゼはスリルが好きな人間ではない。命のやり取りが好きなわけではないのだ。

 ただ、本当に効率だけでそれをやってのけている。


 普通なら諦める筈の夢を、乗り越える事のできない壁の向こう側へ辿り着くために、普通じゃやらない事をやっているだけなのだ。乗り越えなくとも向こう側に辿り着こうとしているだけなのだ。

 ライゼ的にはそんな捉え方である。


 それだけだと、単純に思っているのだ。

 素晴らしい思いや立派な価値あるものをやっているという気持ちはない。


 やること自体が目的ではないのだ。

 魔力量が許すかぎり、使える全ての『くだらない魔法』を取得して、魅せたいのだ。そのためにライゼは旅をしていて、レーラーは師匠をやっている。まぁ、旅の理由はそれだけではないが。


 だから、そのために必要な魔力操作技術と集中力を磨くために、また、魔導書を集めるために魔物と戦っているのだ。

 ただ、それだけなのだ。


「そもそも、何故師匠であるレーラー様がそれを止めないのですか!? 弟子が生死を彷徨うのですよ!? 師匠は弟子を守る存在のはずです! 少なくともそんな酷い修行をさせないために、師匠がいるのではないのですか!?」


 トレーネは胸に手をあて、レーラーに強く訴える。白のウィンプルから覗かせている長い黒髪が激しく靡く。

 黄金の瞳が悲痛に歪められ、少しだけ濡れている。訴えるために激しく頭を動かすから、焚火に照らされている白のウィンプルが妖しく影に揺らめく。まるで彼女の心を表すように。

 

 鳥が鳴いた。


 ……たぶんトレーネが言っている事は間違いじゃないと思う。

 無茶な訓練をしないため、効率的に技術を学ぶために師匠がいる。間違いじゃないと思う。


 というか、一般的な師匠だったら、弟子に対して無茶ぶりな修行を課しても、流石に死ぬ可能性がある修行など課さないのだろう。

 けれど、ライゼはもちろん、レーラーだって普通の存在じゃない。可笑しな、狂人と言ってもいいかもしれないどこかネジの外れた存在だ。


「……私はトレーネの師匠とは違うからね」

「ッ」


 だから、レーラーは突き放すようにそう言った。

 まぁ、トレーネは師匠に対していい思いを持っている様だし、トレーネにも師匠はいるのだろう。というか、いないで独学であそこまでの戦闘技術と神聖魔法を使えるのはおかしいだろうし。


 レーラーは冷たく翡翠の瞳を伏せる。そして懐かしそうに、また、労わる様にトレーネを見た。

 さっきまであんな冷たい瞳をしていたのに、不思議である。


「今日はもう寝よう。遅い」


 そういったレーラーは手際よく焚火を消し、丸めていた毛布を手に取ってる。それから、氷の大地に特殊な布を引いて身体を横に倒した。毛布を羽織る。

 ライゼも“空鞄”から毛布を取り出し、レーラーと同じく特殊な布を引いた。また、俺専用の寝床も出してくれた。


「トレーネさん。君の優しさは本当に嬉しいけど、けれど僕の夢に必要だからね。ありがとう。それとお休み」


 そしてライゼも寝た。俺も寝た。

 トレーネは呆然としていた。が、直ぐに手持ちの革袋から寝袋を取り出し、寝た。


 レーラーが結界を張っているから見張りは必要ないのだ。

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