十三話 誘い

「両者、礼」


 ライゼと赤髪の少年は礼をする。そして顔を上げる。

 赤髪の少年、グレン・グリオドールはライゼに対して敵愾心を宿した紅玉の瞳を向ける。睨み付ける。

 

 ライゼはそれをにこやかに笑いながら受け取る。


「両者、構え!」


 グレンは自身の瞳と同様に右手の全ての指に嵌めた紅玉の指輪を輝かせる。

 対して、ライゼは二本の短刀を逆手に持ち、構える。低く構える。


「始め!」


 合図と共にライゼは身体強化によって上げた身体能力で低く駆ける。だが、グレンは近接戦闘は不利だとライゼとゼライセの試合で理解したのか、大声で謳う。


「〝炎を竜巻にする魔法フラメトゥノドゥスドゥ〟!」

「ッ」


 

 グレンの周りに炎の竜巻が四つ現れ、それがグレンを守る様に旋回する。

 ライゼは足を止め、バックステップする。 


 込められている魔力量を見る限り、中級魔法だな。


 だが、グレン本来の魔法技術を鑑みる限り、四つを操作するのは不可能である。ならば、それを可能にしているのは右手の指全てに嵌めてある紅玉の指輪だろう。

 また紅玉の指輪には威力を増幅する効果もあるのか、身体強化をしていたとしてもライゼが少しでもあれを喰らえば、ライゼの“護身の腕輪”が割れるだろうな。


 それからグレンは、ライゼが後退したのを見て四つの炎を竜巻に魔力を更に注ぎ込み大きくしていく。

 次に自身とライゼの間に壁を作り出すように炎の竜巻を移動させ、そしてライゼへと向かわせる。


 ライゼに逃げ場はない。ジリジリと炎の竜巻の壁がライゼを追い込んでいく。燃え盛る炎が試験会場を焼き尽くすのではないかと錯覚する。


 が。


「〝攻撃する魔法アングルドゥ〟」


 そうライゼが呟いた瞬間。

 

 炎の竜巻が消えた。

 そして割れた“護身の腕輪”が地面に散らばり、グレンが倒れていた。


「……しょ、勝者、ライゼ!」


 ライゼが勝った。


 理屈は簡単だ。


 ただ、ライゼは〝攻撃する魔法アングルドゥ〟の魔力弾を炎の竜巻の壁の向こう側に創り出し、グレンに向かって射出しただけである。

 ただ、炎の竜巻の壁によって勝利を確信していて、また、それだけの魔法を操ったせいで、グレンはその魔力弾を防ぐための魔法障壁を張れなかったのだ。

 技術不足である。


 そもそも、魔力感知技術が甘いのに自ら視界を遮る戦い方がまず悪いのである。 ライゼの程の魔力感知技術があれば、相手がどこにいるか、また、自分の魔法がどこにあるかを見なくても把握できるが、精密な魔法操作が苦手なグレンの魔力感知技術が高いわけがない。

 

 まぁ、そもそも相手の魔力感知技術や魔法技術が見抜けない時点でライゼに負けているのだ。

 魔法使いの戦いは本質的に戦う前に終わっているのが常である。対峙した瞬間に相手の魔力操作技術や魔法技術、魔力感知技術を見抜けるかどうかで、戦略の格差が生まれる。

 

 例えば、ライゼがワザとバックステップして引いたことによって、グレンが好機と思い、炎の竜巻の壁を作ったように。

 

 ゼライセとの戦いを注意深く見ていれば、ライゼが移動しながら魔法を使えると分かっていたはずだ。

 なら、それほどの魔法技術がある者なら、グレンが〝炎を竜巻にする魔法フラメトゥノドゥスドゥ〟を使った時は、そのまま突っ込み、軽く魔力弾でグレンに攻撃し、炎の竜巻に割く意識のリソースを少なくするのが常套手段である。


 まぁ、それが分かっていなかった時点でライゼに負けていたのだ。

 もちろんそれを分かっていて、駆け引きのためにワザと悪手を打っている場合もライゼは想定して動いていたが、意味はなかったようである。


『後はあの姫さんを倒せば、入学金に学費が全て免除になるな』

『うん。けど、倒すのはアウルラ様だけじゃないよ』


 残りの試合は一試合。つまり後はアウルラというこの国のお姫様を倒せばいい。

 そして今はそのため休憩をライゼはしていた。与えられた時間は三十分。

 

『うん? ライゼ、どういう事だ?』


 たまにライゼは俺ですら全く想像も付かない事を視ている。俺には見えない世界を視ているのだ。


『いや、試験案内の隅っこに書いてあったんだけど実技試験で一位になると試験官の人と戦う権利が貰えるんだよ』

『……あの森人エルフか』

『うん。今の僕では到底かなわないからね。だからこそ、戦って学び取りたい。彼女は僕ですら想像もできない技術を持っている気がするから』

『そうか』


 一位を取った後のことを想像しているライゼは、キラキラとこげ茶の瞳を輝かせていた。

 凄いよな、ライゼは。あの森人エルフの魔力量は制限していても最高ランクのSランクを超えている。それでいて、魔力隠蔽の揺らぎが殆どないのだ。魔力操作技術があそこまで高ければ、上級どころか王級魔法すら使えるだろう。

 

 そんな強いのに、圧倒的に差があるのにライゼは楽しそうに挑もうとしているのだ。しかも口では学び取りたいと言っているが、ギラギラと輝かせて笑う表情を見れば勝つつもりでいる。

 凄い事である。


 それから幾つか言葉を交わし、ライゼは決勝のために精神を集中させていた。


 そしてアウルラとの試合が始まる。

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