28 加入配信

鐘の音と共に、青空を従えた白亜の教会が大きく映し出される。

参列者がぞろぞろと中に入っていく様子が捉えられ、教会の中に映像が切り替わると、オルガンの荘厳な音色が響き渡った。

教会の高さのある空洞全体に反射し、より一層神聖な空気が輪郭を帯びてゆく。

参列者はスパチャをしてくれた人たちだ。

席に導かれ、着席と共にコメントが吹き出しでつけられていく。

配信に参加している感じが出て、リスナーも気に入ってくれているようだ。

中央奥の祭壇にはステンドグラスから差し込む光が集約され、近づき難い神々しさがあった。

教会は内外共にゴシック建築で作られ、装飾が一層荘厳さに色を加えている。

前奏も終わりを迎え、オルガンのパイプが一斉に辺りを震動させると、天井に天使を引き連れたシオンが現れ、祭壇の前へとゆっくりと降り立った。

聖職者らしい服装に身を包んだシオンは、より清楚という言葉が似合う。

元々サイコパスな振る舞いをするとき以外は卒なく品を持って行動していたこともあり、その清楚な外見と品格を持った挙動によって見る者全てを魅了していく。

チャット欄も「これは清楚」と最初に言っていたのが、段々とその一挙一動に魅せられていくにつれ「おっふ」で埋め尽くされていくようになった。

そしてシオンが祭壇に一礼した後、参列者にも向かって一礼し、口を開く。

「今回は私のフェイク=リベリオン・ファミリー参加記念配信にお越しくださり誠にありがとうございます。楽しい礼拝を行っていきますので、どうぞよろしくお願い致します」

薄く微笑み、礼拝が始まる。

再びオルガンの迫力ある音と共に参列者たちが立ち上がり、合唱が始まった。

その中、中央の通路をシオンが歩き始め、視聴者たちに説明をしていく。

「まず初めにこの礼拝の式次第を配らせていただきます」

その言葉と共にシオンが手を前に掲げると参列者たちの手元が光り始め、式次第が現れる。

画面には式次第の中身が映され、シオンが説明を続けた。

「内容はこちらの式次第の通り、普通の礼拝のような体裁を取らせていただいておりますが、もちろんちゃんと様々なイベントを用意しております。皆さんに満足していただけるような配信を頑張って考えましたので、一緒にあっという間の二時間を楽しみましょう」

そして中央のアーチにたどり着き、片膝を立てて祈りを捧げると、天使たちが天井に再び現れ、鐘の音を飾るようにトランペットを鳴らし始めた。

「まずは聖書朗読です。朗読中、思いつく限りの祝福の魔法をコメントで打っていってください。それによって何かが起こるかもしれません。スーパーチャットで送ってくださる方の魔法はエフェクトが派手になります。どのくらい派手になるかは見てみてのお楽しみです」

シオンが説明をそこで終え、創世記の第1章を朗読し始めた。

「はじめに神は天と地を創られた。地は混沌としていて何もなく、闇が深淵の表を覆っていた。神の霊が水面を漂っていた。神は言われた『光あれ!』と。そして、光があった」

あまりにも有名な旧約聖書の始まりだ。

神がどうやって世界を創ったのかということを記した箇所であり、その簡潔な文章は崇高体として後世の文学作品に多大な影響を与えた。

突然シオンが光り始める。

その神々しさに、誰もが目を奪われ始めた。

Switterでは「演出の凝り方すごいし、シオンちゃんはガチモンの清楚や……!」「ただのサイコパスじゃなかった!」「これは清楚パス」と称賛する声が目立ち始めて拡散されていく。

一方チャット欄ではみんなが一心不乱に魔法名をコメントしていた。

「ビュル・アルカンシエル! 虹色に輝く水泡がシオン様を祝福する!」

「アンジェルス・カンティクム! シオンちゃんの頭上を天使のうたが駆け巡る!」

「เสาแห่งแสง! เสาแห่งแสงปกป้องไซอัน!」

「て、てて、天使の羽っ! 天使の羽がシオンちゃんの周囲を飾ります!」

おかげで、シオンの周囲はとても賑やかだ。

参列者が両手を掲げ、魔法名を唱えている様子は壮観だろう。

今回スパチャで書いてくれた魔法は、サイズが大きくなったり色鮮やかになったりするように設定した。

そして、なんと赤スパ──1万円以上の高額スパチャは固有のアニメーションを付けて区別するようにした。

タイ語の赤スパが飛んできたときは、翻訳機が機能しているのか何度も確認する羽目になったが……。

光の柱がシオンを守護するという意味だったらしく、巨大な光の柱が教会の天井をぶち抜き、青空を曝すという演出にした。

おかげで「タイ語ニキやりすぎだろ……」というコメントがよく見られるようになった。

嬉しい誤算は、僕たちフェイク=リベリオン・ファミリーの配信に各国語で参加する人が増え、海外色も強くなったということだ。

元々翻訳は同時で全世界のものに対応させていたが、海外リスナーがそれに気づいてくれるようになって拡散してくれたのだ。

他のVTuberの配信では中々見られない、アラビア語なども現れるようになり、一気に海外進出に成功したVTuberのトップ層に躍り出ることができた。

「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物全てを支配せよ」

シオンはなんの反応もせずに淡々と読み進めて行く。

ここまでくると、視聴者の中にこの箇所を朗読する意図を考察する者が現れ始めた。

「そうか! レイフとシオンでアダムとイブの役割なんだ! 彼らの子孫が今の人間なんだという聖書の話を持って来て、VTuberの世界を支配する宣言なんじゃないか!?」

そのコメントに「考察厨助かる」といったコメントが流れ始める。

Switterでも共有され、大きく面白がられて取り上げられ始める。

内容がまさに今のVTuber界に対する宣戦布告だと捉えられるからだ。

既存の企業や個人勢に対してポッと出の会社が全員従えると宣言しているようなものであり、それがこれからどうなっていくのかという視聴者のワクワク感を掻き立てていく。

今回新しく立ち上げることになったフェイク=リベリオン・ファミリーというヤクザチックな名前からも、野心が覗えそうだとのことらしい。

……まあ、そこまで思ってなかったんですがね。

僕とシオンの二人で新しい箱を創るという意味合いのつもりで言っただけで、他社に喧嘩を売る意味までは含めて無かったのだ。

もちろんそのうちこの業界で影響力を持てる存在になれたらいいなと思ってはいたが、それもまだ夢物語の域を出ず、他社や他の個人勢に傘下になれとまでは思っていない。

「困った……」

他社からクレームなど入れられないだろうかと思わぬ展開に悩みながら、そして嫌な予感をさせながらも次の演出に移るべくシーンを追加する。

シオンは依然淡々と聖書を読み上げていた。

と、突如としてシオンの頭上に黒い影が現れる。

「何ヤラ嫌ナ気配ガスルト思ッタラ、コンナトコロデ聖女ガ儀式ヲ行ッテイタノカ」

ぶち抜かれた教会の天井にできた黒い影から異形の存在が出てきて喋りだす。

声はどこかノイズがかったような不快感を覚えるものであり、その異形の不気味さに拍車をかけている。

異形の姿と表現したが、その姿を具体的に表すとしたら悪魔かクトゥルフの神だ。

恐ろしい外見からは存在の強力さは計り知れないものであると感じさせられる。

「儀式ヲ完遂サレル前二潰ストシヨウ。無力ナ者タチヨ、我二屈服セヨ」

異形の存在が不穏な言葉を放ちつつ、邪悪な気配を放ちながらシオンに向かって触手を伸ばす。

いつしか青空は汚染され、瘴気の濃さがよく分かるほどに暗闇が天を閉ざしていた。

そして、シオンに触手が近づいて教会の中に侵入してこようとしたとき、それは起こった。

「ウ゛オ゛オ゛!! ナンダコノ聖ナル力ハ! 全ク侵入デキナイゾ!」

そう、参列者の放つ祝福の魔法によって異形の触手は教会に侵入することができなかったのだ。

多くのコメントによって生み出された大量の魔法がその侵入を拒み続けていた。

しばらくそのせめぎ合いが拮抗する。

「グウ゛ウ゛ウ゛! コウナレバ一旦引クシカナイカ……! 覚エテイロ!」

ついに、いつまでも侵入できない予想外の事態に業を煮やした異形の存在が退却しようとしたとき、追い打ちが襲い掛かった。

アニメーションが挿入され、流れ始める。

「เสาแห่งแสง! เสาแห่งแสงปกป้องไซอัน!!」

例のタイ語の魔法だ。

赤スパの光の柱が何本も突き刺さった。異形の存在をめった刺しにしていく。

見る見るうちに弱らせていった。

「GUWAAAAAAAA!!!!!!! セイゼイ覚エテイルガイイッ! 第2第3ノ我ガオ前タチ二襲イッ──」

そこまで言ったところで光の柱が消し飛ばした。

空は元の青さを取り戻し、何事もなかったかのような明るさをしていた。

「また私何かやらかしましたか?」

タイ語で魔法を打っていた人がコメントする。

すかさずチャット欄は「タイ語ニキ日本語喋れたんかよ!」「なろう系タイ語ニキ……」「タイ語ニキマジ強い……」とタイ語ニキの話題で盛り上がった。

タイ語ニキのスパチャのタイミングが良すぎるのだ。

見計らったようなタイミングで高額を投げてくるのでついつい演出の重要なところに入れてしまう。

「人が独りでいるのはよくない。彼に合う助ける者を造ろう」

一方でシオンは全く表情を変えず淡々と聖書を読み進めていた。

あまりにもその動じなさに「シオン様やべえ……」「シオンちゃんに踏まれたい」「サイコパスの片鱗が……」と感嘆やその他のコメントが流れていく。

二つ目のコメント、性癖を出すのは控えてください……。

そして、興奮冷めやらず盛り上がる中にさらなる燃料が投下される。

「奴ノ気配ガ消エタノハコノ場所カ……」

「所詮奴ハ最弱ダガ見逃ス訳ニハイカナイナ」

「見ロ、ココデ聖女ガ儀式ヲ行ッテイルゾ。原因ハコレノヨウダ」

「マサカコノヨウナ者タチ二敗北スルトハナ、落チブレタモノダナ」

先ほどの存在が大量に空に現れる。

空は真っ黒に汚染され、瘴気が前回とは比べ物にならないほどに濃く漂い始める。

闇に包まれた中教会だけが光り、夜に取り残されたようだ。

そして大量の異形の内一体が口を開く。

「サッサト片付ケテ────」

教会にとどまっていた光が一気に膨張した。

そして、膨張した光は上空を埋め尽くす闇をすべて飲み込み、泡となって弾けた。

弾けた光は細かい雨となって教会の中に降り注ぐ。

降り注いだ光は参列者たちに溶けてそれぞれを照らしていく。

そして、参列者たちは一斉に口を開く。

「また私何かやらかしちゃいました?」

ほんと息揃ってるな、おい。

そしてシオンも丁度朗読が終わり、顔を上げる。

一瞬驚きに目を見開き、その後すぐに笑顔に切り替わって口を開いた。

「あれ?皆さんどうしたんですか?光り輝いてますよ? ……ああ!聖書朗読のおかげですね! さっそく効果が出てよかったです!」

そのあまりに無垢な笑顔に視聴者たちは毒気を抜かれたようで、チャット欄は「癒しだ……」「ママぁ~ママ!」「Kawaii」「これはノットサイコパス」といったコメントが続々と流れていった。

おい、ママはやめろ! お前のママじゃないんだぞ!

その後、教会の見学ツアーを済ませて最後の出し物へと移っていく。

「いよいよ最後の出し物になりました! 最後に行うのは……お祈りです! みなさんへの感謝とこれからに対する誓いをこめて、お祈りさせていただきたいと思います」

シオンは片膝を立て、祈りの態勢に入る。

聖職者らしい服装に身を包み、眼を閉じて祈る姿は神々しく、感動すら覚える。

シオンを照らす、晴天から降り注ぐ光もその演出に一役買っていた。

そして、パイプオルガンによる奏楽が始まる。

「私たちの主、神よ、御名はあまねく世界に輝き、その栄光は天にそびえる」

決して強くはない声で、しかし芯の通った声でシオンは祈りを捧げていく。

シオンが祈りを捧げた瞬間から、参列者たちは光となって天に昇っていった。

そして、一つの塊となり、それはやがて大きな人間の形と変わった。

その存在はまさしく神であり、天にそびえる栄光の証でもあった。

その神はやがて口を開き、言葉を発する。

「シオンちゃんマジ清楚」

「ママ~!」

「バブみ幼稚園に緊急入園中!」

「草」「草」「草」「草」

……そう、リスナーたちを神としてコメントを読み上げさせたのだ。

この多くのリスナーは僕たちの積み上げた財産なのだ。

これから増えもするし減りもするだろうが、今こういった配信ができているのは紛れもなくリスナーたちのおかげなのだ。

その感謝の気持ちを表して、自分たちの神をリスナーたちの集合体として結晶化させた。

リスナーのそれぞれの言うことを聞いたり従ったりするわけではないが、確かにリスナーという概念は僕たちの中では絶対なのだ。

一方的に恩恵を受ける対象では無くて、供物を捧げ、恩恵を受けるという相互の関係なのだ。

その上での感謝を僕たちで捧げようと思ってこういった形にした。

結果は想像以上に酷い絵面が出来上がってしまったが……。

「あなたの指の業の大空を仰ぎ、あなたがちりばめた月と星を眺めて思う。人とは何者か、なぜ、これに御心を留められるのか、なぜ、人の子を顧みられるのか」

いつしか僕もシオンの隣に現れ、同じようにして祈る。

リスナーたちが僕の登場に喜んでくれているのを感じながら、その喜びに応えようと、決してこの関係が崩れないことを願いながら考える。

ヴァーチャルな存在は一体何なのだろうか?

ルショウやRoplar社の人間は、怜輔の精神力ゆえだと言っていたが、なぜ僕はこのようにして生まれることになったのか?

これから僕はどうしていくべきなのか?

思わずこの祈りに、常に抱く自身の疑問を重ねずにはいられない。

まさしく僕がここに居続けられるのはリスナーやファンのおかげであり、これが居なければ、Roplar社から逃げ出すこともできなかったし、Yeem社のハッキングにも屈していたはずだ。

だから僕はいつまでだってリスナーに感謝を捧げるし、同時にいつこの幸せに終止符が打たれるかという不安にも駆られる。

今なお僕を手に入れようとハッキングを仕掛けてくる奴らに、いつか突破されるのではないかと不安で一杯な日もある。

それゆえに僕は今の幸せを忘れることは無いし、忘れてはならないのだ。

「あなたは人を神に近いものにし、栄えと誉れの冠を授け、御手の業を治めさせ、すべてをその足もとに置かれた」

そう、僕たちは神に近い存在。視聴者たちに近い存在。偶像──アイドルのような存在。

多くの登録者とVTuberの中での栄誉に恵まれ、これからも恵まれようともがく存在。

僕たちのやることなすこと、その一挙手一投足が見られている。

そしてこれからも見られ続け、僕たちは神へと近づいていく。

僕が転生して創り始めた世界は大きく周りを巻き込み、急激に膨張し始めた。

やがてその世界は神という存在を創り出した。

それは僕であり、視聴者のみんなでもある。

視聴者が僕を神とするならば、僕も視聴者を神としなければならない。

この世界はそうした循環によって成り立っている。

……決してみんなにもこの気持ちを味合わせようとしたわけではない、断じて。

「わたしたちの主、神よ、御名はあまねく世界に輝く」

リスナーの存在は僕たちの宝だ。

この世界では燦然と存在を主張する。

そして、その輝く世界を広げていくのが僕らの誓いだ。

感謝をもって報いたい。

無限に広がる世界が、僕の目覚めた白くてどこまでも広い何もなかった仮想世界が、僕たちや僕たちの視聴者の色に染まったとき、果たしてどんな景色が見えるのだろう。

そしてシオン、その景色は君と共有できるのだろうか?

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