4 星月怜輔
僕が喋ってから詩音が黙りこくっている。
コロコロ顔色を変え、しまいには何か真剣な顔をして考え込んでしまった。
ヴァーチャルの身体ではありえないはずなのにツーッと汗が頬を伝うような、そんな錯覚を覚える。
やばい、穴があったら入りたい。
絶対最後の「僕のことを使ってくれ」のせいだ。
言ってしまった後に気付いたが、残念ながら取り消すことはできない。
どうやら詩音は僕を推しているらしいから、何かよからぬ妄想でも巡らせているのかもしれない。
僕がよく見ている女性VTuberの一人に、似たようなセリフを猫に言わせて喜んでいた人がいた。
オスの子猫に「僕の体を好きにして」なんて言わせてゲヘゲヘ笑っている様子が視聴者には衝撃的に映り、バズったのだ。もちろん僕もドン引きだった。
真剣な顔で考えている様子が、その女性VTuberを連想させて恐ろしく感じてしまう。
一体何を想像しているのだろう。
詩音は、外向きはお淑やかな女性だが、何をしでかすか分からない側面も持っている。
さらには、
さすがにさっきの僕のセリフで妄想を繰り広げている姿は想像し辛いが、何を考えているか分からない詩音の一面を思うともしかしたら、と思ってしまう。
一応僕のことは初対面だと思って接しているはずなので、あまり変な顔をしないように真顔を作っているのかもしれないが、とにもかくにも落ち着かない。
ああ、いっそデータを消して忘れてしまいたい。
思考が人より早く回るこの身体のせいで、この時間が無限にも感じる。
恥ずかしさに悶えていると、ようやく妄想を終えたのか詩音が声をかけてきた。
「ごめんね、考え事しちゃった。にしても面白いこと言うよね。AIだから確かにおかしくは無いんだけどね。でも僕のことを使ってくれって言われたら思わずびっくりしちゃうよ」
「…………ナンノコトデショウ?」
あああああああああああああ!!!!
やっぱり突っ込んできた。ほんと恥ずかしい。いっそ殺してくれ。
本当にこの人は的確に人の心を抉るのが得意だ。
僕が怜(ほん)輔(もの)を基に作られたAIだと知ったら、過去の配信の厨二病発言なども含めて散々いじられることになるだろう。
余計に明かせない理由が増えてしまったじゃないか。
しかし、そんな決意を試すかのような爆弾が、突如として投げ入れられた。
「ねえ、レイフ君の中身の人って星月怜輔って名前?」
…………は?
いやいやいやいや、待て待て待て。
バレる要素あったか!?
既視感を覚えるような話もしていないし、声だってVTuberデビューの時に変えてる。
口調もこんな尊大な感じにしているし、絶対分かるはずがない。
それとも何か見落としているのだろうか……?
PCをフル稼働させ考えるが、答えが見つからない。
困り果て、どう返答するか考える。
認めて正体を明かす?
さっきのいじられる云々は抜きにしても、明かすことで詩音を今の僕の状況に巻き込んでしまうことは確実だ。だから絶対に明かさないとさっき決めた。それに変わりはない。
だが、上手くごまかす方法が分からない。
詩音は勘が良いし頭も良い。下手なごまかしでは簡単に見破られてしまうだろう。どうしたものか──。
そこまで考えたところで、ふと詩音の表情を思い出す。
もしかしてさっき真剣に考えていたのは、僕が
記憶を掘り起こす。どこかで僕との会話の中に
長い時間考えていたことをみると、確信するまでには至っていないのだろう。カマかけなのかもしれない。いや、カマかけであってほしい。
もしこの質問がカマかけなら話は変わってくる。ごまかしやすい上に、
詩音の様子を見るに、
僕が
SNSを最近更新していないことからも何かあったとみていいだろう。問題はそれが僕の今の状況絡みなのかどうかだ。
ただ、僕のSwitterは僕が意識を持ってからも動いていた。
スタバ行ってきたとか言いながらラーメンの写真をあげているのには、我ながら呆れてしまった。
まあそのことを考えると、僕の意識が切り取られてAIに植え付けられたとかではなく、あくまで僕はコピーされた存在だということ自体に間違いは無いらしい。
ただ、全く影響が無いというわけでもなさそうだ。
そのスイートを最後に僕のSNSは動かなくなってしまったのだから。
そのことは以前にも少し考えてはいた。
僕の開発元に質問したこともあった。
そのときは問題ないと言われたが、そんなことは無かったのだろう。
怒りが沸々と湧いてくる。
僕の開発元に対する怒り。のうのうと過ごしてきた僕への怒り。
あの時、不可抗力とはいえ逃げ出したのは正解だったということだろう。あのまま居残って何をされたものか分かったものじゃない。
復讐したい。だが、それは優先事項じゃない。今は追われる身で復讐する術も無い。それにまだ真実を確かめないことには、開発者に対するこの怒りが正当なものかどうかさえ分からない。
いや、開発者は既に天罰を受けて当然の所業を行っている。本人に確認も取らず意識をコピーすることがどれほど恐ろしいことなのか、僕がどれだけ偽物だと自覚して苦しんだかを彼らは殆ど理解していないのだろう。
それでも仕方なく逃げ出す前は、VTuberをやって楽しく過ごせた環境を与えてくれたことに感謝している気持ちで半ば許せていた。
ともかく、今これを考えるのはよそう。もう一度怒りを封じ込める。
優先事項は僕の状態を把握すること。そして詩音を巻き込まないよう上手くごまかし続け、追手から身を守れる安全な環境を作り上げること。復讐はその後に考えるべきことだ。
「星月怜輔? 誰だそれは?」
カマかけだと信じて詩音に返答する。心の中で謝罪しながら詩音の表情を見やると、詩音は大きく溜息をついて口を開いた。
「なんだ違うのかあ、ごめんなんでもない」
おいおい、その返答は困る。ここで会話を終わらされてしまうと
慌てる気持ちを悟られないように返す。
「何か気になったことでもあったのか?」
これなら違和感なく聞き出せるだろう。がっつきすぎて変な印象を与えてしまうということは無いはずだ。
しかし、詩音には通じなかったらしい。
「ううん、気にしなくていいよ。変なこと言ってごめんね」
にべもなくあしらわれる。困った。せっかくのチャンスだったのに取っ掛かりを全て失ってしまった。
これ以上突っ込むと不信感を抱かれてしまうであろうことは想像に容易いので、今は引き下がるしか手が無い。信頼を得て、自発的に話してもらうようにする他ないだろう。
どうしたものかと悩みながら詩音を見やる。どうやらまた考え事をしているらしい。
ぽつりと呟いた言葉をPCマイクが拾った。
「そりゃ本人のデータとか流出しないように設定してるよね。レイフ君を基に作られたAIじゃなくてレイフ君に直接聞かなきゃわからないかあ。困った……」
……分かってる。AIという体で配布したのだ。僕自身が配布されてるなんて夢にも思われないだろうし、むしろバレていないことを喜ぶべきだ。
だが、詩音にまで偽物扱いにされて、こんなに悲しい気持ちになるとは思わなかった。
結局どこまでいっても僕は偽物なんだと思ってしまう。今では自分が創り出したレイフというキャラクターの偽物にまでされている始末だ。
意味のないことを考えているのは分かっている。分かっているが考えてしまうのだ。
僕はいつか本物になれる日が来るのだろうか?
「よし!」
不意に気合の入った声で、僕のネガティブ・スパイラルは強制終了させられる。
この声音は何か策を思いついた時のものだ。
いつもこの人は無理矢理この声で怜輔を外に連れ出してきた。今度は何をしでかすつもりなのか。
「まだレイフ君の作業補助の説明を聞いていなかったね。それを聞くがてら、私のやりたいことを手伝ってもらってもいい?」
「あ、ああ。何を手伝えばいいんだ?」
唐突な彼女の言葉の次に何が来るのか、戦々恐々としながら先を促す。
「私、VTuberになって人気者になりたい!」
「…………は?」
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