第87話



***



 兵士達に捕まったレイチェルは、後ろ手に縄を掛けられて離宮から引きずり出された。


「私は逃げないわ」


 王宮へ向かいながら、レイチェルは訴えた。


「私は逃げも隠れもしない。パメラ・クレメラに会わせてちょうだい」


 パメラの名前を出すが、兵士達は動じない。

 王宮の周りには貴族の子弟達が集まっていた。彼らの中の何人が、シャリージャーラの能力で操られているのか、見ただけではわからない。しかし、おそらく全員が「公爵には悪い蛇が取り憑いていた」と信じ込まされているのだろう。


 ナドガは悪い蛇ではないと伝えたい。ヴェンディグは取り憑かれていたのではない。公爵と蛇の王は、お互いを信頼していたのだとわかってほしい。

 けれど、周りから注がれるのは猜疑の視線だ。彼らからすれば、レイチェルの方が悪い蛇に洗脳されているのではないかと不安なのだろう。


「お願い、聞いてっ」


 レイチェルは周りの若者達に訴えた。


「パメラ・クレメラは悪いものに取り憑かれているの!!」


 兵士がレイチェルをやや乱暴に連れて行く。


「彼女を操るものから彼女を救わなければいけないのよ! だからお願い! 私の……ヴェンディグ様の話を聞いて!」


 懸命に訴えるレイチェルの姿を見送った若者達の中に、一人だけ、彼女の言葉に心を揺らした者がいたことを、レイチェルは知らない。



 ダニエルはレイチェルが連れて行かれた方を睨んで、ぎゅっと拳を握りしめた。






 パメラは王宮の一室でゆったりと茶を飲んでいた。

 蛇の王、ナドガルーティオ。地の底で静かに暮らしていただけのくだらない存在。


「ふ……ふふふ……」


 口からは笑みが漏れる。


「愚かな王……千年に一人の肉体を手に入れながら、十二年間一つも「欲」を食わなかっただなんて」


 彼は地の底にいた頃からそうだった。地上に出て人間達の営みを乱してはいけないと仲間達に言い聞かせていた。


「生きた「欲」を食っていれば、私に負けることなどなかったでしょうに」


 愚かなる者に王たる資格はない。これからはシャリージャーラが蛇の王となろう。

 ヴェンディグは捕らえた。宿主なしに長い時間を生きることは出来ない。


「放っておいても、弱って消滅するでしょうけれど……」


 やはり、自らの手で古い王を倒した方が、新たな王の誕生にふさわしい。


 その瞬間を思い浮かべて、パメラの中のシャリージャーラは愉悦に浸っていた。そこへ、若い騎士が飛び込んできて、レイチェルが捕まったことを報告した。

 パメラは笑い出したいのをこらえて、静かに微笑みを浮かべた。


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