第81話

「おい! 私の婚約者をどうして追い回している!」

「パーシバル! 怖かった! この人達がいきなり追いかけてきたの!」

「え? あ、ひ、人違い……も、申し訳ない」

「とっとと失せろ!」


 三文芝居が聞こえてきて、マリッカはぷっと吹き出しながらレイチェルの背中を押した。


「兵が戻ってこないうちに、ほら早く」


 レイチェルはマリッカと共に墓地の入り口をくぐり、祠のある方へと足を走らせた。程なく、背後から足音が聞こえてきてぎくりとして振り向いたが、それはリネットを連れてきたパーシバルだった。

 レイチェルは短い階を駆け上がり、祭壇の横の細い隙間に体をねじ込んで奥へ通り抜けた。祠の奥、銅像の背後にはぽっかりと空間があった。


「狭いわ……ふう、祠の中なんて初めて入ったわ」


 レイチェルの後に続いたマリッカが空間を見回して言う。

 その後からリネットとパーシバルも入ってきたのだが、リネットはレイチェルの顔を見るや騒ぎ出した。


「お、お姉さま!? なんですかそれっ! 蛇の呪いがお姉さまにまでっ!?」

「しー! リネット、声が大きいわ」


 レイチェルは左頬の痣を手のひらで隠して言った。


「これは呪いなんかじゃない。それより、このどこかに地下へ通じる扉があるはずなの。探すのを手伝ってちょうだい」


 レイチェルは率先して這い蹲って扉を探し始めた。月明かりも差し込まない祠の中ではパーシバルの持つランタンの明かりだけが頼りだ。四角形の石がはめ込まれた床に目を凝らして扉を探す。事情がわからないながらも、他の三人もレイチェルを真似て床を探り出した。


 ややあって、パーシバルが声を上げる。


「レイチェル、鍵穴のようなものがここに」


 レイチェルは急いで駆け寄ると、首から下げた鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。

 かちり。

 確かに鍵の開く音が聞こえた。


「ここだけ、石ではなくて木だ」


 パーシバルが継ぎ目に指を掛けて言った。木の扉を、石と同じ色に塗って誤魔化している。パーシバルが指に力を入れて引き上げると、ぎぎぎ、と鈍い音と共に扉が持ち上がり、地下へ続く階段が現れた。


「レイチェル、何があったんだ? その痣は……」

「私、行かなきゃいけないの」


 レイチェルは迷うことなく、地下へ続く階に足を掛けた。すると、パーシバルが慌てて止める。


「待て、レイチェル! 先に私が降りる!」

「そうよ。ずるいわお姉様!」


 パーシバルは危険が潜んでいることを危惧してレイチェルを止めたのだが、何故かリネットは目をキラキラさせてレイチェルに文句を言った。


「私も秘密の地下に行ってみたいわ!」

「リネット……」


 危機感のない妹の姿に、レイチェルはつい肩の力が抜けた。

 パーシバルがレイチェルをどかして、自分が地下への階段を降りていった。


「パーシバル、大丈夫?」

「……ああ。ずっと道が続いているようだ」


 レイチェルも階段を降りて、パーシバルが照らす地下通路に目を凝らした。続いて降りてきたリネットとマリッカも地下通路を見て驚いている。

 レイチェルは一つ息を飲み込むと、覚悟を決めて足を踏み出した。


「レイチェル。何が起きているのか聞かせてちょうだい」


 マリッカがレイチェルの隣に立って言った。すぐ後ろからパーシバルとリネットもついてくる。リネットは興味深そうに壁を触って歩いている。

 レイチェルは歩きながら、これまでのことをぽつぽつと話し始めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る