第48話

***


 ヴェンディグと食事を共にした日に、レイチェルは決意をした。


 自分を卑下するのはやめよう。

 ヴェンディグがあそこまで言ってくれたのに、今までのようにうじうじしていては駄目だ。自分はヴェンディグの手伝いが出来ない役立たずだと思い込んでいたが、だったら自分が出来ることをすればいいのだ。


(閣下にできないことを私がしよう)


 そう決めたレイチェルは、早速マリッカにお願いの手紙を書いた。近いうちにお茶会を開く予定があったら自分を呼んでほしいと。

 マリッカはすぐさま動いてくれたらしく、届いた返事はそのままお茶会の招待状だった。


 かくて、レイチェルはお茶会に参加して顔見知りの令嬢達に健在をアピールした。「生贄公爵と共に暮らしている」レイチェルが蛇の呪いに巻き込まれているのでは、と不安に思っていた令嬢達は、レイチェルの元気な姿を見て安心して自分のお茶会にもレイチェルを招くようになった。


 大丈夫だとわかれば、誰も見たことがない噂の生贄公爵の話を聞きたい。そんな令嬢達から好奇心のままに質問責めにされても、レイチェルはにこにこと丁寧に応じた。


 蛇の呪いの影響などない。公爵は立派な人。レイチェルは幸せだ。


 その答えを繰り返す。

 そして、ヴェンディグがいかに素晴らしい人間かを全力で訴えた。

 マリッカも協力してくれて、レイチェルはとても幸せそうだという話を広めてくれている。


 これでヴェンディグを「蛇に呪われた生贄公爵」などと言って忌み嫌う声が一つでも消えたらいい。


 そして同時に、レイチェルは情報も集めていた。ナドガによると、シャリージャーラは女性に取り憑き男を惑わせているらしい。もしや、最近になって突然人が変わったとか、いきなり目立ちだした女性のことが噂になっていないか、令嬢達の会話に注意を払って聞いていた。


「すっかり広まったわね。公爵様とレイチェルの一途な大恋愛。まあ、本人が広めているんだからねぇ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべたマリッカに揶揄されて、レイチェルは赤面しつつ口を尖らせた。


 だって、仕方がないではないか。ヴェンディグが恐るべき存在ではないと説明するためにはレイチェルが元気でぴんぴんしていて、ヴェンディグとの婚約が強制されたものではないと主張しなければならないのだから。


 一つだけ不安なのは、あんまりレイチェルが目立ってしまうと、今後、ヴェンディグとナドガがシャリージャーラを倒してヴェンディグが解放された時、彼にふさわしい誰かと本物の婚約を交わす時に邪魔になってしまわないかということだ。


 そう訴えると、マリッカは冷たい目で呆れたようにレイチェルを見た。


「公爵様の前ではそういう馬鹿なことを言わないように」


 ぴしゃりと窘められて、レイチェルは納得いかないながらも頷いた。


「王宮の迎えはまだ来ていないようね。予定より早く帰ってきちゃったものね」


 前方に見えた自分の家の前を確かめてマリッカが言った。今日は近所でお茶会だったので、マリッカの家から歩いたのだ。自分のために王宮の馬車を出させるなんてとんでもないので辻馬車で行くと提案したのだが、ライリーに即座に却下され、毎回マリッカの家までは送り迎えしてもらっている。これではかえって迷惑になると、外出する頻度を減らすことを検討しライリーに伝えると、その三日後、離宮に公爵とその婚約者専用の馬車が届いた。ヴェンディグは外出しないのだから、実質レイチェル専用ということになる。

「御者も雇ったので遠慮なく外出してね」という王妃からの伝言付きで、レイチェルはめまいがした。ちなみに、レイチェルに外出の予定がない時は、御者は王宮で働いているそうだ。


 マリッカの家の前に着いて、二人で門をくぐろうとした時だった。


「お姉様っ!?」


 背後から声をかけられて、レイチェルは驚いて振り向いた。


「……リネット?」


 平民が着るようなシンプルなワンピース姿の愛らしい少女、妹のリネットがそこにいた。


「リネット。なぜ、ここに……」

「……お姉様っ! 何で家を出て行ったの!? 生贄公爵の婚約者になるだなんて、心配したのよっ!」


 リネットはぼろぼろと涙を流してレイチェルに詰め寄ってきた。


「どうしてなのっ!?」

「リネット。こんなところで叫ばないでちょうだい……」

「二人とも、入って。ご近所迷惑になるわ」


 マリッカが冷静に言って二人を自宅に招き入れた。



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