第45話

***



 レイチェルはふらふらした足取りで離宮へ帰ってきた。

 王妃付きの侍女に手紙を渡すだけでいいとヴェンディグに言われて届けに行ったのに、王妃に渡してくるから待てと言われ、待っていたら何故か王妃の元へ案内され、やたらと楽しそうな王妃に宝石箱の中の色とりどりの宝飾品をあてがわれて「これが似合うかしら? それともこっち?」と延々と宝石選びに付き合わされてしまった。王妃が「よし決めたわ!」と言ってヴェンディグへの返信を認めてレイチェルに手渡してくれるまでにどれだけの時間がかかったか。もう日が暮れそうだ。


 とにかく疲れてしまったレイチェルは、部屋に着くとソファに座り体を投げ出した。


「疲れたぁ……」


 思わずぼやいてしまう。

 そもそもレイチェルは気軽に王妃に会えるような身分ではないのだが。

 王妃の私室で陛下から賜った王家の至宝の首飾りまで見せてもらってしまった。今思い返すと畏れ多くて足が震えてくる。


「ヴェンディグとはうまくっているみたいね!」と言われて、正直に答えることが出来ず曖昧に笑って誤魔化してしまったが、実際にはレイチェルはちっともヴェンディグの役に立てていない。


(閣下はいつまで私をここに置いてくださるかしら……)


 ここに置いてもらうのならヴェンディグのために粉骨砕身働こうと思っていたのに、これまでのところレイチェルは何も出来ていない。


(このままではただ飯ぐらいの居候だわ……)


 なんとかしなければ、と決意を新たにしかけた時、部屋の扉が叩かれてメイドに声をかけられた。


「何かしら?」


 ソファから立ち上がって扉を開けると、いつも食事を運んでくれるメイドがかしこまって述べた。


「今夜は食事を共にするようにと、旦那様からお言付けです」

「へ?」


 レイチェルは目を丸くした。




***



 ヴェンディグと一緒に食事をとるのは離宮に来て初めてのことだ。

 普段使われていない食堂に案内されたレイチェルは、何故か緊張した面持ちのヴェンディグが席についているのを見てふと不安になった。


 改めて何かレイチェルに話したいことがあるのだろうか。もしや出て行けと言われるのでは、とにわかに落ち着かなくなったレイチェルは、ぎこちなく席に着いた。


「あー……王妃陛下の相手、ご苦労だったな」

「は、あ、いえ」


 ヴェンディグの背後にはライリーが立っていて、何故か若干冷たい目でヴェンディグを睨んでいた。


 その後の食事の間中、ヴェンディグはずっと何かを誤魔化すように「今日は天気が良かったな」とか「明日も晴れるそうだな」などと他愛のない話——今日は天気が良くて明日は晴れるという話題——を少なくとも十二回は繰り返した。


「その、だな、レイチェル」


 食事が終わって、とうとう覚悟の決まったらしいヴェンディグが真剣な顔つきになった。

 レイチェルも覚悟を決めてヴェンディグの言葉を聞いた。


「まず、はっきり言っておく。俺はこの十二年間、身内とナドガとライリー以外の人間とは関わっていない」


 ヴェンディグは力強く言った。


「だから、誰もが恐れているはずの俺の元へいきなり飛び込んできたお前のことを、他の人間よりも強くて、何も恐れないんじゃないかと思い込んで、そう決めつけてしまった」


 ヴェンディグは決まり悪そうに前髪をかき上げた。


「ほとぼりが冷めたら、隣国の貴族辺りに嫁入り出来るように陛下に頼めばいい。それまではこの離宮で好きなように過ごせばいいと思っていた。お前は位も高く賢く美しい。こんな離宮で長々と過ごしてはいけない」


 レイチェルは膝の上でぎゅっと拳を握った。


「俺はシャリージャーラを見つけるまでは、「生贄公爵」をやめるつもりはない。でも、お前をそれに付き合わせることは出来ない。お前みたいに日の当たる場所にいるべき人間を、夜に生きる俺が縛り付けていい訳がない」


 ヴェンディグは目を閉じて大きく息を吸い込んだ。


「つまりだな。その……お前はこんなところにいるのが勿体ないぐらい魅力的な人間なんだよ。だから、俺はお前をいつでも手放せるように、なるべく関わらないようにしようと思っていた。それなのに、ナドガもライリーも人の気も知らないで、お前のことを良く見ろとか話を聞いてやれとかいってよぉ……」


 吸い込んだ息を一気に吐き出して肩を落としてヴェンディグを見て、レイチェルはふと、マリッカに言われたことを思い出した。


 ヴェンディグがどうしてレイチェルに寛容だったかを知れという。ヴェンディグが寛容なのは彼が善人だからで、この国の第一王子にふさわしい器量を持っているからだとレイチェルは思う。しかし、目の前でぐちぐち言い訳めいた喋り方をしている彼の人の姿は、ひどく普通の青年のものに見えた。


「お前は、役に立たないとここにいちゃいけないと思っているようだがな」


 ヴェンディグは一つ咳払いをした。その顔が真っ赤だ。


「俺は、お前がずっとここにいればいいと思っている……思ってしまう。だけど、それは俺の身勝手な「欲」なんだ」




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