第33話

***



 もっとヴェンディグの役に立ちたいと思いながら過ごしていたせいか、書類を片付けていたライリーが苦笑いを浮かべて言った。


「レイチェル様は、どうしてそんなにヴェンディグ様のお役に立ちたいと思うのですか?」


 半ば強引に手伝いを申し出て書類を仕分けていたレイチェルは、手を止めてライリーを見つめた。


「それは……閣下には恩義があるので」


 突然押しかけてきて無礼にも第一王子にしてカーリントン公爵であられる高貴な身を利用しようとしたレイチェルに対して、ヴェンディグは驚くほどに寛容だった。その優しさと恩義に報いたいと思うのは当然であろう。

 だが、ライリーは苦笑いを浮かべたままで言う。


「恩というなら、こちらこそ。呪いを恐れずにヴェンディグ様の前に立ち、あの方に触れてくださったレイチェル様には多大な恩がございます」

「そんな……私は何もしておりません。ヴェンディグ様のお優しい心にすがっているだけですわ」


 レイチェルは少し眉を下げた。ヴェンディグに触れたレイチェルに感謝しているというライリーだが、レイチェルは自分以外の令嬢でもヴェンディグの真の姿と優しさを知れば恐れることはないだろうと思っている。レイチェルでなくとも、ヴェンディグを慕い彼に触れることの出来る少女は存在するはずだ。


「ヴェンディグ様とお茶の時間を共にしてくださるだけで十分ですよ」


 ライリーの声も細められた目も優しく、レイチェルへの思いやりに溢れていたが、彼の言い分をそのまま信じることは出来なかった。


(もっと何か出来ることはないかしら……)


 捜索に連れて行ってもらえないなら、他に役に立てる方法を考えなくては。

 ここで暮らす以上はヴェンディグの役に立たなくてはいけないと、レイチェルは頑なに思い込んでいた。だけど、今のところはライリーを手伝って雑用をこなすぐらいしかやることがない。

 気ばかり焦って悶々とするレイチェルだったが、その日のお茶の時間にヴェンディグが意外なことを言い出した。


「え?」


 思わず聞き返すと、ヴェンディグは気まずそうに目を逸らした。


「だから……お前が行きたいなら、今夜の捜索に連れて行ってやる」


 照れ隠しのようにビスケットをかじるヴェンディグを、レイチェルはまじまじとみつめた。


「本当ですか?」

「ああ……」


 何故急に気が変わったのかわからないが、願ってもない話だ。


「私、頑張ります!」

「いや……言っておくけど、一回だけ同行させるだけだ。すぐに帰ってくるからな」


 ヴェンディグは念を押したが、レイチェルは気分が高揚するのを止められなかった。

 そんなレイチェルに対して、言い出した当のヴェンディグは気が進まない様子を隠そうともしなかった。だが、レイチェルは同行を許されたことが嬉しくて、ライリーに手伝ってもらって準備を終え、意気揚々と出発前のヴェンディグの前に現れたのだった。


「……おい。なんで俺のズボンを履いているんだ」


 やる気満々といった表情でサイズの合わない男物の服を着ているレイチェルを見て、ヴェンディグが引きつった声で尋ねた。


「だって、レイチェル様を蛇の背に股がらせるんでしょう? まさか、スカートのまま行かせるつもりだったんですか」


 レイチェルを送ってきたライリーがヴェンディグに白い目を向けて答えた。そう言われると確かに普段のドレスで蛇に股がって空を飛んだら足が丸見えになると気づいて、ヴェンディグは顔を押さえた。


 レイチェルにヴェンディグの服は明らかに大きいため、腰布を縛ってなんとか着ているようだ。捜索用の服を仕立ててやればよかったかとちらりと思ったが、同行させるのは今晩だけなのだから必要ないだろうと考え直した。


「よし、では行くぞ」

「はい!」


 ヴェンディグはナドガを呼び出し、胴体に手綱を掛けるとひらりとその背に股がった。次いで、レイチェルに向かって手を伸ばす。

 レイチェルはヴェンディグに引っ張り上げられて、ナドガの背に股がった。


 ヴェンディグの前に座り、手綱を握るように指示される。ヴェンディグはレイチェルに覆いかぶさるようにして手綱を握った。


「危ないから動くなよ」


 頭のすぐ後ろでヴェンディグの声がして、レイチェルは思わずどきっとした。背中に感じるヴェンディグの体温にも緊張させられてしまう。レイチェルはぎゅっと身を縮めた。


「じゃあな、ライリー」

「はい。レイチェル様、ご無事で」


 ライリーに見送られて、レイチェルはヴェンディグと共にナドガの背に乗って窓から飛び出した。



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