第26話
***
「視線がうるさい」
お茶を飲みながらじーっと眺めていると、ヴェンディグに呆れ顔で叱られてしまった。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……では、閣下。今こうしている間、私達の会話はナドガルーティオ様にも聞こえているのですか?」
ナドガはレイチェルのことを知っているようだったので、ヴェンディグの体の中にいる間も外のことを把握できているのではないかとレイチェルは考えた。
案の定、ビスケットをかじりながらヴェンディグは頷いた。
「眠っている時もあるが、俺が起きている時はナドガの意識もあるらしい。お前が乗り込んできた日はナドガも驚いていた」
蛇の王まで驚かせるとはたいした女だとからかうヴェンディグを無視して、レイチェルはさらに尋ねた。
「蛇は人の「欲」を食べるということでしたが、ナドガルーティオ様は今はどうやって人の「欲」を食べているのでしょう」
昼間は離宮に閉じこもるヴェンディグの中で休み、夜はシャリージャーラを探しているというなら、ナドガはいったいいつどうやって食事をしているのだろうとレイチェルは疑問を抱いた。
「この十二年間は食っていないそうだ。地の底とは違って、こっちの世界では宿主に向けられた「欲」しか食えないらしい。つまり、俺に向けられた「欲」しか食えないってことだ」
「宿主……」
「俺が誰かから恨まれたり嫉妬されなくちゃナドガは食えない訳だ」
ヴェンディグが「はっ」と笑った。
「ナドガルーティオ様は、食べなくても平気なのですか?」
「人間とは寿命が違う。何千年も生きているから、二十年や三十年は食わなくても平気だそうだ」
「……」
昨夜の話では、宿主の魂にまで入り込んで操れば、体の表面に蛇の痣は出ないということだった。レイチェルはじーっとヴェンディグの顔を見た。蛇の痣さえなければ非常に美しい容を持っているヴェンディグを宿主としているのだから、ナドガがその気になればヴェンディグの容姿と地位を利用していくらでも人間の「欲」を食べることが出来る気がする。
ヴェンディグもそれに気づいているからこそ、そうしないナドガを信頼しているのかもしれない。
「なんだ?」
まじまじと見つめていると、ヴェンディグが眉をしかめた。
「……私が閣下に嫉妬すればナドガルーティオ様の食糧になるのではないかと思い、嫉妬する部分を探しております」
「ぶふっ」
ヴェンディグではなく、給仕をしているライリーが吹き出した。
「おい、笑いごとじゃないだろ。俺の手には負えないぞ、この女」
「ヴェンディグ様が楽しそうで何よりです」
ライリーは肩を揺らしながら、優しい目をレイチェルに向けた。レイチェルは少しどきりとして頰を染めた。
「レイチェル様、どうしました?」
「あ、いえいえ! あーっと、その……ノルゲン様は」
「ライリーとお呼びください。レイチェル様はヴェンディグ様に認められた婚約者でいらっしゃいますから」
秘密を共有したせいか、ライリーはレイチェルがヴェンディグに仲間と認められたと判断したようだ。
「ラ、ライリー様は、いつから閣下とナドガルーティオ様のことを知っていたのですか?」
ライリーがどういう経緯で離宮に住むことになったのか、少し興味があった。ヴェンディグと仲が良かったから選ばれたのか、それとも自分で志願したのか。
レイチェルの質問に、ライリーはふと表情を曇らせた。
聞いてはいけないことだったかとレイチェルは慌てたが、ライリーはすぐに微笑んで答えてくれた。
「閣下の身の回りの世話をする人間が必要だったのですよ。侍女やメイドは恐れて近寄らなかったので。私は、父親が少し問題を起こしまして、家が没落するところを……」
「俺の世話役に息子を差し出すなら助けてやるって、国王命令で無理やり召し出したんだよ」
ライリーの言葉の続きをヴェンディグが引き取った。
「それで、しばらくは黙っていたんだが、夜中にナドガの姿を見られて事情を説明した」
「そうなのですか……」
それからずっと、たった一人でヴェンディグを支えてきたライリーに、レイチェルは尊敬の念を抱いた。
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