第24話
***
四頭立ての馬車が走ってくる。
エリザベスはそれを目にして口の端を引き上げた。
「お母様! 来たわよ」
女狂いの侯爵が若い娘を買いに来たのだ。エリザベスは嬉々として母親に声をかけた。
「私がお出迎えするわ。パメラを連れておいで」
「は〜い」
エリザベスは家の裏で洗濯をしているパメラを呼びに行った。
パメラはいつものようにたらいの前に屈んで一心不乱に手を動かしていた。エリザベスはふんっと鼻で笑って、パメラの背中に声をかけた。
「パメラ! 喜びなさい! あんたにとってもいい話があるのよ」
パメラは洗濯する手を止めると、ゆっくりと振り向いてエリザベスを見た。
「あんたは今日から侯爵家で暮らすのよ! 羨ましいわ、侯爵家なんて」
エリザベスはニヤニヤ笑ってパメラを見下ろし、その顔に不安が浮かぶのを確かめようとした。
だが、パメラは表情を変えずにエリザベスを見つめている。その静かな雰囲気に、一瞬違和感を覚えたエリザベスだったが、すぐに絶望に染まるに違いないとパメラの手を引っ張って家の中に連れ込んだ。
「お母様。連れてきたわ」
「パメラ。モルガン侯爵がいらしているのよ。くれぐれも粗相しないようにね!」
エリザベスとマデリーンは嫌らしい笑みを浮かべてパメラの背中を押してモルガン侯爵の前に差し出した。
「この子がパメラですのよ。何の役にも立たない子ですけれど、侯爵様に可愛がっていただければこの子も喜びますわ」
モルガン侯爵はパメラを見ると舌なめずりしそうな顔になった。
「おお、そうか。安心しなさい」
膨れた腹を揺らして近づいてきた侯爵が、ぶよぶよに膨らんだ芋虫のような指をパメラの肩に伸ばした。
「触らないで」
パメラはそう言って、侯爵を睨みつけた。
「何を? わしに向かってそんな口を……」
声を荒らげようとした侯爵の言葉が途中で止まった。
パメラの冷たい目に見据えられて、侯爵は何故か身が竦んだ。じわじわと、得体の知れない感覚が背筋を這い上がってくる。
「侯爵様?」
マデリーンが異変に気付いた。侯爵は食い入るようにしてパメラを見ているが、その顔は徐々に恐怖の表情へ変化していく。だらだらと脂汗を流し始めた侯爵を見て、マデリーンは狼狽えた。
「こ、侯爵様? 何が」
「モルガン侯爵」
マデリーンの声を遮って、パメラが淡々と言った。
「私の言うことを聞けば、ご褒美にこのエリザベスを連れ帰らせてあげますわ」
エリザベスとマデリーンがぎょっとしてパメラを見た。
「なっ……」
「何を言うのっ!?」
パメラは食ってかかる二人の手を煩わしそうに払い落とした。いつも言いなりのパメラの反抗に、二人は愕然とした。だが、すぐに怒りが込み上げてくる。
「このっ、何を調子に乗っているのよっ!」
エリザベスが手を振り上げた。
パメラを打とうとしたその手を、侯爵が止める。
「そう、それでいいのよ」
パメラはうっすらと笑みを浮かべた。
それから、暴れるエリザベスと狼狽えるマデリーンに向き直って言った。
「娼婦の娘の分際で調子に乗っているのはお前でしょう、エリザベス。そして、マデリーン。お前のような娼婦が何を偉そうに勘違いしているの」
「なっ……!」
「私は子爵令嬢よ。薄汚いお前などが私に命令するなど、思い上がりも甚だしいわ」
「お母様! 助けて!」
侯爵に掴まれたままのエリザベスが泣き叫ぶ。
「エリザベス! 侯爵、娘を放してください!」
だが、侯爵はエリザベスを放さず、まるで指示を待つようにパメラを窺う。
異様な雰囲気の中で、パメラだけが口元に笑みを浮かべていた。
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