第18話

***


 レイチェルは夜の闇の中を歩いていた。


 周りには誰もいないはずなのに、ざわざわ、ざわざわ、と何かの気配がする。

 レイチェルが立ち止まると、ざわざわと騒いでいた闇が蠢いた。


 赤い光が二つ、チカチカと光っているのに気づいたレイチェルは、そちらへ顔を向けた。


 その光がゆっくりとレイチェルに近づいてくる。生臭い風が吹いた。


 赤い二つの光は爛々と光る眼だった。


 巨大な蛇の頭が、しゅるしゅるとレイチェルに近づいてきた。


「——っ」


 汗もしとどに飛び起きると、朝の支度をしてくれていた侍女がびくりと飛び上がった。


「あ……」


 どくどくと鳴る心臓を押さえて、レイチェルは辺りを見回した。離宮に与えられたレイチェルの部屋だ。昨日もレイチェルの身支度に来てくれていた侍女がレイチェルが目覚めた時のための準備をしている。


(夢……?)


 大きな蛇とヴェンディグの姿が脳裏に蘇って、レイチェルはぶるりと震えた。

 恐ろしい夢を見たのだと思い込もうとした。けれど、マントルピースの上に置かれていたはずのランタンがなくなっているのに気づいて、レイチェルはぎくりと体を強張らせた。


(夢じゃなかった?)


 動揺するレイチェルを胡乱げに見る侍女の目線に気づいて、レイチェルは慌てて寝台から降りた。

 侍女はレイチェルにドレスを着つけ髪をセットしてくれるとそそくさと帰っていった。

 入れ替わりに入ってきたメイドが食事を運んでくるが、レイチェルはあまり食べることが出来なかった。


 食事を終えてメイドが下がってから、一人になったレイチェルは昨夜のことを考えた。


 ヴェンディグはあの巨大な蛇に取り憑かれているのか。

 レイチェルは月の光の中に佇んでいたヴェンディグの姿を思い出した。白い肌の、美しい青年。彼は自分の中に入ってくる巨大な蛇を恐れているようには見えず、むしろ自分から受け入れているようにも見えた。


(閣下は、蛇に取り憑かれている)


 レイチェルはぎゅっと唇を噛んだ。


(あの蛇を退治すれば、閣下は自由になれるのでは……)


 あの蛇を倒し、肉体の痣が消えれば、ヴェンディグはこの離宮から出て自由に動けるようになる。


(あの蛇は、夜だけは閣下の体の外に出てくるのかしら? だとしたら、閣下の部屋に近づくなと言ったノルゲン様も、あのことを知っている……?)


 部屋の扉がノックされ、一人で震えていたレイチェルはびくりと飛び上がった。


「レイチェル様。ライリーです」


 レイチェルは息を飲んだ。喉が張り付いたようで、返事が出来ない。

 返事がないのを疑問に思う様子もなく、淡々とライリーの声が告げた。


「ヴェンディグ様がお呼びです」



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