第7話
***
侯爵夫妻が去り、謁見の間に残されたレイチェルはヴェンディグから離れて国王と王妃へ謝罪した。
切羽詰まっていたとはいえ、本日レイチェルがしたことは王族に対する非礼に他ならない。離宮に押しかけた挙句、親の許しもなくカーリントン公爵と結婚したいと駄々をこね、国王と王妃に時間と手間を取らせたのだから。
心からの謝罪を繰り返すレイチェルに、国王は顔を上げるように言った。
「もうよい。幼い頃に将来を誓い合ったというのが真実かどうかは知らぬが、公爵とレイチェル嬢が望んで婚約するというのならば、寧ろこちらから礼を言いたいぐらいだ」
国王は少し雰囲気を緩めてレイチェルを見た。
「我が息子は八歳の頃から蛇に呪われ……その恐ろしい姿ゆえに離宮に閉じこもっておった。それが今日、自ら離宮の外に出たばかりか、その姿を目にしても恐れず、触れることすら出来る娘を傍に置きたいと……蛇に呪われてから公爵が何かを望むのは初めてじゃ。わしは嬉しい」
声を詰まらせる国王の横で、王妃が扇の陰で涙を流していた。
先ほどまでは為政者として相対していたが、今はヴェンディグの親としてレイチェルを見ているようだった。
「陛下。レイチェル嬢は私の傍で暮らすことを望んでおります。今日より離宮で生活することをお許しください」
レイチェルの横からヴェンディグが口を挟んだ。婚約者を同じ家で過ごさせるのはよくあることだが、流石に婚約を結んだその日から、というのは前例がない。国王は驚いたが、ヴェンディグの熱心な説得とレイチェルからの懇願に遂には折れた。早急に離宮にレイチェルのための部屋を用意するように命令し、アーカシュア侯爵家へ人を向かわせレイチェルの私物をまとめてくるように手を回した。
レイチェルは離宮に住まうことが許され、国王夫妻の前を辞した。
あまりに上手くいきすぎて、レイチェルはヴェンディグに肩を抱かれて目をしばたたかせた。
謁見の間を出ると、扉の前にライリーが控えていた。彼が手に持っていたローブを受け取ったヴェンディグはそれを頭から被った。
「離宮までの道のりで、誰かとすれ違って騒ぎになったら困るからな」
フードを深く被り顔を隠したヴェンディグがそう言って笑う。
「さあ、では離宮へ戻るか。俺達の家に」
からかうような口調で、ヴェンディグはレイチェルに手を差し出してきた。
エスコーチをしてやろうというのだろうが、まるで「この手を取る勇気があるか?」と挑発されているような気がする。レイチェルは少しむっとした。しかし、その内心を押し隠してにっこりと微笑んでその手を取った。
「うれしゅうございますわ」
ヴェンディグはふふん、と鼻を鳴らした。
「令嬢をエスコートするなんて初めてなんだ。ぎこちなくても許せよ」
その言葉通りに、少し強引なエスコートで離宮へ連れ帰られ、そのままヴェンディグの寝室に連れ込まれた。
レイチェルが何か言うより先に、ヴェンディグはレイチェルを寝台に押し倒して冷たい目で見下ろしてきた。
「計算違いだったか?」
薄ら笑いを浮かべているが、冷たく細められた目からは威圧感が発されている。
「お前、両親とモルガン侯爵から逃げるために、この俺を利用したな?」
レイチェルはひゅっと息を飲んだ。
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