第2話 美波の場合
二日間降り続いた雨が上がり、潤いを取り戻した木々の葉がキラキラと笑っている。
カラ、コロ、コローン、と入って来たのは、美波。
「あら、美波ちゃん久しぶり。神戸に帰って来てるの?」
と、月子が訊く。
「はい、毎年この時期に家族揃ってのお墓参りがあるので。それに来月は、こっちの友達の結婚式があって、どっちみち帰って来るつもりだったんです。だからこの際それも済ませてって、いつもより長めに母上のところに居候です」
と、美波。
「なんか、月子さんのお店に来ると“いかにも神戸”って気がするんですよね。スロージャズが流れてて……なんだかメローな気分になる」
と、美波がうっとりとした表情でスピーカーから流れる曲に耳を澄ます。
“おまたせしました”と、月子が淹れたての珈琲を差し出す。
「わーい!こうしてジャズを聴きながら、少し苦い炭焼き珈琲をいただく。これこそ、大人の時間って気がするーっ。当に、このために来たんですよ」
と言う美波に、月子は思わず吹き出しそうになる。
「あっちでの生活はどう?」
と、月子が訊く。
「もう最高!なんてったって憧れの沖縄ですからね。何から何まで感動の連続ですよ」
と、美波が答える。
「その中でも何が凄いって、毎日朝から晩まで海を眺めていても飽きないってことですね。ほんと、海の魅力に万歳って感じですよ」
と、美波。
「だから正直、こうして久しぶりにこっちに帰って来ると都会のリズムに慣れるまでちょっとしんどいんです。やっぱり、沖縄よりすべてが“速い”って感じるんです。だから今日は月子さんのところに来たのかな。ここはせかせかした騒がしさがないし、窓からは緑が見えて風が通ってて…息ができるって気がするから」
と、美波が言った。
スピーカーからは少しハスキーがかった女性ボーカルの曲が聴こえている。
「昨日、こっちの友達と久しぶりに会ったんです。めっちゃ会えるの楽しみにしてて。でも、会ってみたらなんか想像してたのと違ってて……」
と、美波の視線がカウンターのテーブルに落ちる。
あっ、誤解しないで、と慌てて美波が続ける。
「友達に会えたのはめっちゃ嬉しかったんです、大好きな友達だし。それはめっちゃ良かったんですけど…。三宮のオシャレなカフェでケーキセット食べて、その後センター街で買い物して、その後ゲーセン行って……。正直、全然楽しくなかった。疲れただけでした。こっちに住んでる時はそれが当たり前のコースだったのに。きっと、友達が悪いんじゃなくて、私が変わってしまったんだと思います」
と、美波が言った。
ハスキーがかった女性ボーカルが歌い終え、ピアノトリオが曲を奏でだす。
「ほんとはその後ダーツバーに行こうって誘われたんです。以前よくその店で遊んでた面々と合流するからって。でも、断って帰ってきちゃったんです。それなのに、帰ったら帰ったで、みんなに“付き合い悪くなった”って思われたんじゃないかって気になりだして……。ちょっと自己嫌悪です」
と、美波が言った。
「なにも自己嫌悪になることないじゃない。美波ちゃんは、何も悪いことはしていないって思うけど」
と月子の言葉に、“そうですかね”と呟いた美波が
「あーっ、沖縄の海が恋しい!」
と、両腕を突き上げて伸びをする。
月子は有線のチャンネルをそっと変える。
ピアノの音が止まり、さざ波のような音とともに弦の音と女性の張りのある声が流れだす。
「あーっ、三線の音!懐かしい」
と、美波が顔を輝かせた。
「沖縄民謡のチャンネル。これで少しは充電出来そう?」
と、月子。
「出来る!わーい、月子さん有り難う!」
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