40. もう一度告白するんです


 閑散とした店内で、ろうそくの灯が儚げに揺れる。店員さんと思しきローブの女性も店の奥に引っ込んでしまってるもんで、僕たちが口を開かなければ空間は静寂に包まれる。

 柴崎さんからの突然の共闘要請、僕は彼女の妙な迫力に気圧され口をつぐんでしまった。柴崎さんが徐にスクールバッグを開けはじめ、中から一枚の紙を取り出した。

 カラー印刷されたソレは、何かのパンフレットのようだ。彼女はパンフレットらしき紙をテーブルに広げながら、ジトっとした細い目で再び僕を見つめた。


「時に月代さん。うちの学校近くの河川敷で、毎年この時期、花火大会が催されているのはご存じですかね」


 柴崎さんがそう言い、僕はテーブルの上に置かれたパンフレットをまじまじ見つめる。水彩画で描かれた色取り豊かな花火のイラストが、絵本のような雰囲気でなんだか懐かしい。ゴシック体のフォントで日程がでかでかと綴られており、開催日は九月十四日、来週の日曜日だ。


「あっ、うん。まぁ、行ったコトはないけど。……えっ、急に、何を――」

「その花火大会、月代さんがアカネと一緒に行くんですよ。そしてその日、あなたはアカネに全てを話して、もう一度告白するんです」

「えっ……?」


 柴崎さんの語気が強くなっていく。彼女は、彼女らしからず、気持ちを昂らせているようだった。逡巡した僕はというと、両手を胸の前で振りながら慌てたように口をまくし立てた。


「ちょ、ちょっと、さっきから話がとびすぎててよくわからないんだけど、もう一度告白って、どういう――」

「『なかったコトになんかできない』、あなた、さっき自分でそう言いましたよね?」


 彼女の言葉が僕の耳をエグる。

 ジトっとした柴崎さんの細い目が、よく見ると少しだけ赤くなっていた。


「過去の過ちを、なしにするコトはできない。誰もが享受するしかない世の条理です。月代さん、あなた、自分がしたコトを後悔しているんですよね? このままじゃいけないって、そう感じているんですよね? ……だったら、やるコトは、一つじゃないですか」


 彼女は僕から視線を逸らして、興奮を噛み潰す様に下唇を噛んでいた。

 そのまま、虚空に向かって言葉を放つ。


「……やり直すんですよ。アカネに真実を打ち明けて、偽りの気持ちで告白してしまった事実を謝って……、その上で、もう一度アカネに、あなたの想いを告白するんです。彼女を救う方法、それしかないじゃないですか」


 いつもは淡々と、まるで抑揚のない彼女の声が、この時はわずかに震えていた。柴崎さんは、自分の感情を押し殺しているような表情をしていた。僕はなんだか彼女の顔を見るのが耐えられなくなって、店内の窓に掛けられた暗幕カーテンへと視線を移す。


「……僕は、小太刀さんみたいに強くない。彼女が僕の能力を知って、僕の過ちを知って、僕のコトを否定するんじゃないかって、軽蔑するんじゃないかって……、そう考えたら、本当のコトを話すなんて、とてもできないよ」


 見つめていた暗幕のカーテンから、薄ぼんやりとしたイメージが浮かび上がっている。

 過去の記憶。憎々し気な顔で、僕を否定する、『アイツ』の顔が――



 「言っときますけどね」と、柴崎さんの冷淡な声が僕の耳に届いて、僕は一瞬だけ意識が飛んでいた事実に気づいた。ハッとなって彼女に目を向けると、柴崎さんは顔をやや俯かせながら、上目遣いで僕を窺い見ている。


「アカネはね、月代さんのコト、大好きなんですよ。恋愛に一切の興味を示さなかったアカネがね、ウザったいくらいに浮かれていたんですよ。……でもアカネが最近はね、毎日徹夜してんのかよってくらい、元気なくなっちゃったんです。周りは気づいてないかもしれないけど、彼女が無理に空笑いしてるってコトくらい、私にはわかります。アカネね、あなたと会えないから、あなたが何も話してくれないから、きっと寂しいんですよ。……そんな彼女が、あなたのコトを否定するワケ、軽蔑するワケ、ないじゃないですか」


 柴崎さんが、ハァッと呆れたようなタメ息を吐く。

 僕は少しだけ、胸をチクリと刺されたような痛みを覚えた。でも――

 その後、柴崎さんは少しだけ口元を綻ばせて、優しい目を僕に向けたんだ。その姿が、僕にはなんだか大人びて見える。


「あなたがなんで、真実を話すのをそんなに恐れているのか、あなたに昔、何があったのか。……私には知る由もないですけどね。あなたがアカネを本気で好きであるなら、予言があるとか、彼女の命が危ないとか、そういうのを一切抜きにしたときに、『あなたがどうしたい』と思っているのか。……大切なのは、そこだと思いますよ、私は」


 柴崎さんはそこまで言うと、フッと僕から視線を逸らした。……実に、彼女らしい言い方だな――、そう感じた僕はというと、心の中でグルグルと自問自答を繰り返している。


 ……僕が、『どうしたい』か。

 ……予言を阻止して、彼女の命を救う。その後、彼女の元から去る。

 ……本当に、それでいいのだろうか。

 ……僕は、小太刀さんが僕にしてくれたように。

 ……月代蒼汰という等身大の僕を、思い出したくもない過去を含めた僕自身を、

 ……彼女に知って欲しいって。

 ……もしかして本当は、そう思っているのかな――



「――花火大会の件は、私からアカネを誘っておきます」


 ふと、柴崎さんがそんなコトを言い出して。僕は思考のループから強制解放された。相変わらず彼女の発言は一切の補足説明が欠如しており、思わず「えっ?」と僕は疑問符をこぼした。僕はキョトンと阿呆面を晒すばかりであったが、しかし彼女はマイペースに会話を進めてしまう。


「今のあなたたちの気まずい状態でいきなり花火大会に誘うの、月代さん的には荷が重いでしょう。だから、私が緩衝材になりますよ」

「……あ、いや、そもそも僕、まだ行くって一言も――、っていうか、えっ? 柴崎さんも来るの?」

「はい。ただし、私とて別に、あなた達のお邪魔虫をやる趣味はありませんので、もう一人誘うんですよ。四人の男女、ダブルデートの形にして、花火が始まったら二組にばらけるように私たちで仕向けるんです」


 補足説明を聞いてもなお、僕は彼女の真意をはかることができない。頭上の疑問符は増殖を増すばかりだった。

 僕が「もう一人って、誰?」と当然の質問をすると、何故か柴崎さんはテーブルの上に目を伏せて、もじもじと身体をくねらせはじめた。和人形のように白い彼女の頬が、少しだけ朱色に染まる。

 ……えっ、どうしちゃったの?

 やがて彼女は何かを決意したように顔をあげ、少し潤んでいる瞳で僕の顔をまっすぐと見た。


「……さっき私、『協力しましょう』って言ったじゃないですか。だから、月代さんからは、あっ、天津さんを、誘って欲しいんですよっ」

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