38. 乙女の秘密はトップシークレットじゃないのかよ


「……柴崎さん、やっぱり僕の予言ノートの中身、見たでしょ。どうやったの?」

「正確に答えるならば、あなたの目の前にいる私は、あなたの予言ノートを見たコトがありません。でも私は、予言ノートの内容を知っています」

「……どういうコト? 意味、全然わかんないんだけど」

「答えられませんね、乙女の秘密はトップシークレットってやつです」

「ずるくない? 僕は自分の能力、柴崎さんにちゃんと話したのにさ」

「それは、あなたが勝手に口を滑らせたんじゃないですか。でもまぁ、不公平であるのは確かにですね。代わりに、アカネのスリーサイズを教えましょう」

「……いや、いいよ。っていうか、乙女の秘密はトップシークレットじゃないのかよ」


 ……これ以上の追求は無駄かな――、そう感じた僕ははぁっとタメ息を吐いて、柴崎さんが、「今一度確認したいので、アカネに関する予言の文章、見せてもらえませんか?」と言い出す。まぁ、バレてるならもういいかと、僕はスクールバッグから予言ノートを取り出して、該当のページを机の上に広げる。雑な僕の筆記で、そこにはこう綴られている。


『十月三日、夕暮れ。天津向日葵が小太刀茜を学校の屋上に呼び出し、告白する。その後、小太刀茜の身体が、屋上から地面に落下する』


 柴崎さんはジッとノートに目を落としている。その目がなんだか、少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。でもすぐに、「ふぅむ」と何かを思案するように彼女は口元に手をあてた。


「十月三日時点で、すでにアカネに恋人がいれば、アカネの未来を変えられる。アカネが屋上を訪れるコトはなくなり、彼女の身体が落下するのを未然に防げる。……恋人がいると事前に知っていたら、天津さんはアカネに告白なんてしないだろう。そう考えたあなたは、自らがその役を買ってでた。――で、合ってますか?」


 僕は力なくコクンと頷く。

 柴崎さんは、「それにしても」と無表情のままに少しだけ首をかしげた。


「ずいぶんとトリッキーな救出方法を選びましたね。当日、天津さんかアカネを体育倉庫に閉じ込めるとか、屋上のドアを施錠するとか、やり方はいくらでもあると思うんですけど」

「……それは僕も考えたけど、天津くんの場合、非力な僕が運動部の彼を拘束できるとは思えないし、小太刀さんにそんなコトしたら、それはそれでトラウマになりそうじゃない。屋上の施錠は、無理やり壊されないとも限らないしさ。……物理的な方法だと失敗する可能性があるから、なるべく、二人の意志を変える方向で解決したいんだよ」


 ――それに、僕が彼女を救うために、『自分が小太刀さんと恋人になる』という強硬手段に出たのは、実は突発の思いつきによる、衝動的な犯行だった。



 五月のゴールデンウィーク明け、美術室での怪現象騒動が起こったあの日――、五限目の授業が始まる直前に『あの声』が聞こえてきて、僕は小太刀さんの未来を知った。……予言の内容をノートに書き残そうと、慌てて僕が教室に戻ろうとしている時に、小太刀さんたちに偶然出会ったのは、運命のイタズラとしか言いようがない。

 僕は小太刀さんを救いたかったけど、すぐに解決策が思いつかなかった。何でもいいからヒントが欲しかった僕は、下校時に小太刀さんの後を尾けてみたんだ。そうしたら、自身の念力を使い、川で溺れている子どもを助けている小太刀さんを見かけて――


 フツウの人だったら、『子どもが宙に浮かんでいる』っていう事実と『小太刀さんが超能力を使っている』っていう真実を、結びつけるコトは難しいと思う。……でも僕は、僕自身が予言の力を持っているから、僕の他にも超能力を持っている人がいたとしても別に驚かないし、なんせうちのクラスでも似たような怪現象が三度も起こっている。「あ、あれ小太刀さんがやっていたんだ」と僕が合点いくのは自明の理であった。


 小太刀さんの秘密を知った僕は、ソレを交換条件に彼女と交渉ができるのではないのだろうかと思いつく。……卑怯なやり方だとは思ったけど、僕としては、学園祭が終わるまで恋人関係を続けられればそれでいいと考えていたから、彼女自身の気持ちに関しては一切の目を瞑った。だからこそ、僕は『半年限定の恋人契約』を彼女に持ちかけた。

 ……彼女の命が救えるコトができれば、それでいい。それに――


 僕は、かりそめでもいいから、一時でもいいから、小太刀さんと付き合ってみたかったのかもしれない。……だから、こんなやり方を思いついたのかも――



 ……ん? 待てよ――

 僕の胸中に一抹の疑問がよぎる。


 ……僕が、小太刀さんが超能力者であると気づけたのは、僕自身も超能力者だったからだ。

 だとしたら――


 僕は一抹の疑問を、そのままえいやっと眼前の柴崎さんにぶつけてみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る