23. 少女マンガのお約束


 私が月代くんを知るために作った質問ノート。高校生の本文であろう勉学の時間を割いてまでしたためた二十題の問いの中に、私が本当に聞きたい内容は綴られていなかった。……何故なら、私があの質問ノートを作った理由は、『彼のコトを好きになる』ためであり、私の心のモヤモヤを晴らすためではないからだ。核心をつくような質問をぶつけるのは、もっと月代くんを知ってからがいいかなって、私は直感的に思っていた。


 ――なんで誰とも話さずいつも一人でいるんだとか、なんでたまに片耳だけイヤホンしているのかとか――

 ただでさえ謎の多い月代くんだったが、特に、『私に関連する』彼の行動は一段と不可解だった。


 例えば、美術室でのヤエ急死一生事件の直前。階段の踊り場で遭遇した月代くんは明らかに様子がおかしかった。普段はポーカーフェイスの彼(お笑い好きがバレて照れ顔を晒すという、デレた一面を持つのは置いておくとして)にしては珍しく、月代くんの顔には動揺の色が浮かんでいた。彼は動揺したまま、私の顔をまじまじと見つめていた。私との偶然の邂逅を、月代くんは心底驚いていたようだった。同じ学校で同じクラス、廊下でばったり会うくらい何の珍しいコトでもないのに。


 もう一つ、これは気のせいかもしれないけど、三度にわたって発生したうちのクラスでの怪現象、――まぁ、やったのは私なんだけど――、その直後、彼はいつも私の方を見ていた気がする。事件の被害者でもない、私のコトをだ。

 ……一体、どうして?


 そして、最後の謎。

 私が月代くんに告白されたあの日、私の超能力を彼に見られたあの日――

 彼は言っていた。「部活が終わった私のコトを、学校から尾けていた」のだと。

 月代くんは部活動に所属していない。つまり、私の部活が終わるまで、彼は貴重な放課後の時間を削って、学校で待ちぼうけていたコトになる。そこまでして彼が私にストーカー行為を及ぶ理由がわからない。

 ……私を好きだったから? 恋心が歪んだ愛情に変わって、ってやつ? ……いや、彼の淡白な態度を見るに、その線はない気がする。


 とにかく、月代君は何か理由があって、あの日私のコトを尾行していた。

 じゃあ、その理由って何?


 ……もしかして、あの日に私が超能力を月代くんに見られたのって、偶然、なんかじゃ――



「――小太刀さん? おまたせしちゃったかな」

「うおおっ!?」


 およそ可愛げのかけらもない大声をあげたのは私であり、トノサマバッタの如く全身を跳ね上げた私は脊髄反射で後ろを振り返った。案定、涼し気な顔を披露する月代蒼汰の姿が私の眼前にお目見えされ、彼は遠慮がちに胸の前で掌を振っていた。


「……つ、月代くん、急に後ろから声かけんなっつーの、お前は忍者の末裔かっ」

「いや、銀行員の息子だけど」

「――お前の親も銀行員なのかよっ!」


 「も?」と首をかしげる月代くんに対して、「や、気にしないで」と私は肩を丸めて息を吐き出す。私たちの周囲には人、人、人――、有象無象の人込みと喧騒が、だだっ広い空間を支配している。私たち二人が突っ立っているのは都会のど真ん中・オブ・ザ・ど真ん中、新宿駅東口前の広場であった。


 日曜の昼下がり、私と月代くんは待ち合わせをしていた。「お笑い好きならさ、今度の日曜、お笑いのライブでも見に行こうよ」と私が彼を誘ったのだ。私は、私が月代くんを好きになるために、『彼の好き』を『私も好きになる』のがいいのではないかと考えていた。月代くんは多少面食らった顔をしていたけど、「いいね、実は僕、生でお笑い観たことはなかったんだ」と私の提案を無邪気に受け入れてくれた。



 本日はお日柄も良く、今年の最高気温を余裕で塗り替えるほどの陽気に、五月とて半そでシャツ一枚で過ごしている人もチラホラ散見される。……っていうか、私がそうだった。


 白のプリントシャツにジーンズ、飾り気のないショルダーバッグを肩からぶら下げ、靴はもちろんスニーカー。テレビ局の新人ADさながらの軽装だ。今日日、ジーパン履いてデートする女子高生って私くらいじゃないだろうか。


 私の全身をまじまじと見つめていた月代くんが、ボソリ呟く。


「小太刀さんの私服姿、初めて見たかも」

「そりゃあ、学校じゃ毎日制服だからね。うちの学校、修学旅行も制服だったし」

「あれだね、小太刀さん、私服あんまりかわいくないんだね」

「あのさ、月代くん、一応あたしら恋人同士なワケだしさ。こういう時カレシは、ウソでもカノジョを誉めるのが、少女マンガのお約束ってヤツじゃないかな」

「小太刀さん、ここは現実であって、少女マンガの世界じゃないんだよ」

「――知ってるっつーの! その諭すような顔ヤメロ!」


 相変わらず私らのやり取りは色気がなく、うら若き花の高校生とは思えないほどビタミンCが枯渇していた。ちなみに月代くんは、とり立てて小洒落た格好をしているわけでもなく、かといって外国人が着ていそうな面白Tシャツを身に着けているワケでもなく、清潔感ある色合いのコーディネートを無難に着こなしている。ツッコミどころがなさ過ぎて、私には反撃の余地がない。この場は分が悪いと判断した私は、「いいから行こうぜ」と月代くんの手をグイッと引っ張った。


 引っ張って強引に歩き始めたものの、私らは速攻で信号待ちにつかまる。人、人、人の群れの中で、二人は隣同士、並んで突っ立っている。私のすぐ目の前、恋人同士らしき男女の背中が目に入り、彼らは互いに笑顔を向けながら楽しそうに談笑していた。

 ……私たちも、そういう関係に見られてんのかな――、ってなコトを考えたら、なんだか身体が落ち着かなくなった。


 月代くんがふいに、「そういえば、劇場、東口からじゃなくて南口からの方が近いよ」とか言い出すもんだから、「いや、そういうのは私が待ち合わせの場所を連絡した時点で言えよ」と、私は掴んでいた月代くんの手をブンブン振りながら抗議した。月代くんは、「そっか、そうだよね、ゴメン」と、しかしそのトボけた顔に反省の色はない。彼は自分の手が振り回されるコトに一切の抵抗を示さずされるがままであり、とある事実に気づいた私はというと、心の中で「あっ」と漏らしていた。

 ……私、ナチュラルに、月代くんと手、繋いじゃってるじゃん。


 急にピタリと静止した私のコトを、私より少しだけ背の高い月代くんが不思議そうな顔で覗き込む。さっきまでなんともなかったのに、私は彼の掌から伝わる体温を妙に生々しく感じてしまって……、でもこのタイミングで手を離すという行為は、「私、意識しちゃってます」宣言とほぼ同義になる事実もまた自明の理であった。


 私は、彼に何も言われてないにも関わらず、「なんでもねーよっ」とそっぽを向いて、青信号の点灯と共に彼の手を再びグイッと前に引っ張った。

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