10. 安心しな、私もBカップだ


 空に澄み切った青を夕方と呼ぶのは似つかわしくなく、しかし放課後の開幕からはそれなりに刻が刻まれており、実に中途半端な時間帯、私たちの高校と最寄り駅を繋ぐ下校路に人通りはまばらだった。コンクリートの地面をトボトボと、覇気のない足取りの女子高生が二人、黒髪ショートを揺らす私と、猫背の姿勢で再三のタメ息を吐いているヤエと――


「……疲れました。今日は厄日だ、なんて日だ。夕食を食べたら何もせず寝ることにします」

「ははっ……、災難だったね。ヤエ、美術室の事件の後、放課後になってもしばらく質問責めにされてたし」

「……今回の事件と、一連の『怪現象』の原因……。何故か危うく、私が降霊術で『幽霊を呼び寄せているから』だっていう結論になりそうでしたからね。一回目と二回目の被害者は私じゃないのに、どうして」

「キャラ的に、じゃん? ヤエ、クラスで堂々とオカルト本読んでるし、たまにノートに魔法陣とか書いてるし」

「……バカな、私がやっていたのは古の悪魔を呼び出す召喚の儀であって、霊魂を操るネクロマンシーの類ではありませんよ」

「……どこがどう違うんだっつーの」


 「釧路と那覇くらい違います」、少しムッとするヤエを尻目に、私はへらっと、乾いた笑みを顔面に並べる。そのまま彼女から目を逸らして、あさっての方向に目をやった。


 しばらく互いに目を合わせないまま黙って歩いていた私たちだったが、ふいにヤエが意味ありげなトーンの声を漏らす。何事かと私が彼女に目を向けると、ヤエは後ろ髪をくるくると指で弄びながら、何やら考えこんでいるような素振りを見せていた。


「まぁでも、冷静に考えて、一連の怪現象は幽霊の仕業じゃなくて、『うちのクラスの誰か』が起こしているんでしょうね」


 そんで、そんなコトを言いやがるもんだから、私の心臓は、一瞬だけ――

 ――でも私は、必死に平静を装った。八の字眉を無理やり作った私がヤエの顔を覗き込むと、彼女はチラリ、横目だけを私に向けた。


「……どゆこと?」

「今のところ、全部で三回発生している例の怪現象、一回目と、二回目――、過去の事例を思い返してみたんです。一回目は、私を彫刻刀で殺しかけた例の能天気女が、教室で無様にすっころんで、持っていた花瓶を放り投げて、近くにいた生徒の頭にぶつかりそうになったところ、花瓶が空中で静止した。……二回目は、例の能天気女が、『ヤダ、も~』とか言いながら、クラスの男子を冗談交じりに突き飛ばして、その男子が体勢を崩して、机の角に頭をぶつけそうになったところ、やはり彼の身体が空中で静止した。――ってあの女、マジでロクなことしませんね。その癖、天津さんにベタベタくっつきやがって……、なんであんな奴が。やっぱり胸か、世の中巨乳なのか――」

「探偵さん、探偵さん、嫉妬で推理がブレ始めてますぜ。それに安心しな、私もBカップだ」

「私はAですけどね」

「あはっ、知ってるっ」

「ぶっ飛ばしますよ?」


 ――ヤエの目があまりにもマジだったので、私は素で「ごめんなさい」と謝った。


「――で、それがなんだっつーのさ」

「……ああ、ハイ。ええとですね。大体、『怪現象』とかと呼ばれるモノって、その地に深い遺恨を残して成仏できなかった、いわゆる『地縛霊』が起こしているケースが多いんですよ。霊感のない人間は幽霊なんて見れませんから、その場所に地縛霊がいても気が付かない。だから地縛霊は、自分を見つけて欲しくて、物を揺らしたり、ラップ音を起こしたり、そうやって自分の存在をアピールするんです」


 自分の得意分野だからか、流暢に自説を宣うヤエはいつにも増して饒舌だった。一方私はというと、彼女の言っているコト自体はわかるんだけど、説明の意図がピンときていない。


「……あの、その話と、怪現象を起こしているのが『クラスの誰か』って話と、どう繋がるの?」

「……いやだって、おかしくないですか?」


 首を斜め四十五度に傾けながらジト目の片眉を吊り上げているヤエの顔面、「なんでわからないんだ」という台詞が、ゴシック体のフォント字で埋め尽くされていた。

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