4. 男子も女子も、同級生も後輩も、先生だって意のままに


 私はヤエと三年生の時に初めて同じクラスメートになったんだけど、ヤエも私と同じく水泳部に所属しているので、クラスが一緒になる前から見知った仲ではある。ただしヤエは選手ではなく、二年生の時にマネージャーとして入部した途中参加の身だった。


 ヤエは高校生とは思えない小柄な身長を誇るミニマム女子で、本人曰く地毛らしい薄紫色の髪にはウェーブパーマをあてており、水泳部とは思えないほど白い肌は和人形のようである。言ってしまえば、彼女はそこそこカワイイ部類に入る女の子なんだけど……、その実、中々癖のある彼女の『正体』は、その見た目とのギャップがいささか激しい。

 都市伝説、心霊現象、未確認生物、古代文明――、ヤエは、いわゆる『信じるか信じないかはあなた次第』系の知識を吸収するコトに人生を捧げる『オカルト女子』であった。休日はもっぱら『ソレ系のサイト』の情報収集に勤しんでいるらしく、稀に一人で心霊スポット巡りなどもするというのだから、中々のガチ勢振りだ。私は彼女にいつ何が起きてもいいようにと、清めの塩を常時かばんに忍ばせている。……というのはさすがに冗談だけど。

 「そんな子がなんで水泳部のマネージャーを?」という疑問に関しては、乙女のこけんに関わる機密事項なので、回答を差し控えさせていただきますっ。


 ヤエは基本的に人見知りで、自ら他人と交流を持とうとしない。一見、『ミステリアスで儚げな少女』のように映る彼女なのだが、ひとたび心を開いた相手に対しては、減らず口が留まるコトを知らない。

 『ああ』いえば、『こう』言い、『そう』返す。ヤエっていわゆる『ひねくれ者』なんだよね。……なんだけど、そんな彼女の性格を、私は存外気に入っている。

 私は、クラスメートやら部活のメンバーと、それなりの距離感でほどよいコミュニケーションをとれている自負がある。……けど如何せん、女子同士の交流ってヤツが好きになれないんです。やれ彼氏がどうだとか、やれ『イイネ』の数がどうだとか、言葉の裏でイニシアチブをかすめとろうとする仁義なきマウントの取り合いに心底嫌気していた私が、周囲の目など気にも留めず我が道を突っ走るヤエと馬が合うのは必然だった。

 ちなみにキャラづくりだかなんだか知らないが、彼女は何故か同級生に対しても敬語だ。



 うちの学校は比較的に自由な校風のためか、屋上を生徒たちの自由空間として常時解放してくれている。お昼休みの過ごし方として、青空の下、安寧のランチタイムを二人で過ごすのが私とヤエのルーティーンになっていた。

 今日も今日とて、購買パンを三つ平らげた私の食欲はそれなりに満たされており、コンクリの地面にゴロリ寝転んで見上げる青空はいつも通りまっ平だ。五月の陽光は真夏と比べたら容赦の余地を多分に持て余しており、そよぐ涼風が少しだけ汗ばんだ私の肌をなぞる。言うなれば、とても心地が良い。

 『イケメンに告られる』という一大事件の直後だというのに、エキセントリックかつメランコリックな余韻はどこへやら、私はあまりの気持ちよさに寝そうになっていた。しかして、機械音声のように抑揚のない声が、私の意識をまどろみの世界からリアルへと無理やり引っ張り上げる。


「被告人に、惰眠を貪る暇は与えられませんよ。さて、事情聴取の再開といきましょうか」


 寝転がったままの私がチラリ横目を向けると、桃色の玉手箱……、もとい、ピンク色のお弁当箱のフタをパタンと閉じたヤエがポケットティッシュで口を拭きながら、寝起きの猫のようなジト目で私の顔を見下ろしていた。


「……裁判なのか取り調べなのか、どっちだっつーの。……ってか、別に話すコトなんてないんですけど」

「そうはいきませんよ。さっきアカネに告白してきたイケメン、あれ、サッカー部の水野さんですよね? 今年の学園祭のミスコン、男子最有力候補と噂名高いネアカの化身」

「……そうなんだ。いや、顔を見たコトくらいはあるけど、そんなに有名な子なの?」

「はい、そりゃもう。二年生の時までは一学年上のチア部の美少女と付き合っていたとか。……なんかこうして字面並べると、絵に描いたようなリア充ですね。アカネ、ホントウに勿体ないコトをしましたね」

「……何が」


 上体起こしの要領で身体を持ち上げた私が、後ろ手を地面につきながら改めてヤエの顔を見る。彼女が愉快そうに口元をニヤつかせていたので、私は不愉快そうに片眉を吊り上げた。


「だって、学内ヒエラルキートップの男子のカノジョになれば、今後この学校で女王様のように振る舞えるんですよ。男子も女子も、同級生も後輩も、先生だって意のままに、アカネ様の仰せのままになるんですよ」

「……いや、先生はどうにもできないでしょ。っつか、そのポーズむかつくからヤメロ」


 ヤエが、握り込んだ左拳を胸にあてながら目を瞑り始めたので、私は秒で彼女の頭をこづいた。「相変わらず暴力的ですね」と彼女の口が減らないもんで、私の口からは陰鬱と辟易の混ざったトーンの声が漏れる。


「……女王様とか、ヒエラルキーとか、そんなの全然興味ないよ。むしろプライドの高いイケ女連中に目をつけられるかと思うと、ゾっとするくらい。……私はね、こうやって人気ひとけのない屋上で、底意地の悪いおチビちゃんと戯れてるくらいがお似合いなんだよ」

「……ヤレヤレ、アカネらしいというか。――っていうか、今さりげなく私をディスりましたよね?」


 ヤエは少しだけ顔をしかめて、でも口元が綻んでいるその顔はなんだか嬉しそうだった。

 学内権力争いの類を心の底からくだらなく思っている彼女が、それらを皮肉のネタにしてあえて茶化している事実を、付き合いの長い私が気づけないワケがない。

 私はいつもの彼女に習うようにと嫌らしく口角を吊り上げて、彼女もまた、「その顔、もしかして私の真似ですか」とにやついた笑みを返す。そのあとしばらく私たちは、がらんとした屋上で二人、顔を見合わせながらニヤニヤ笑い合っていた。


 静寂がそよぐ。顔が疲れてきた私はふぅと息の塊を吐き出して、隣で体育座りしているヤエはまっすぐと虚空を見つめている。ふいに彼女が「ねぇ、アカネ」と声をかけてきたので、私は何の気なしに、「何?」と返した。


「アカネって、なんで、『恋愛しない宣言』なんて、しているんですか?」


 沈黙がそよぐ。まっすぐと虚空を見つめていたヤエがゆっくりと首を動かし、その視線が私の瞳を捉える。私は思わず「えっ」と漏らして――、ヤエが、普段の彼女があまり見せないような真面目な顔をしている事実を含めて、私は「しまった」と後悔を覚えていた。

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