第72話 どうか力を

 


 ぺちっ。


 目の前で、魔獣に飛びかかった男の人が前足で払われ、地面にたたきつけられた。


「見るなっ!!」


 ルヴァイス様が私の目をみえないようにする。

 いたるところから悲鳴と「もう助からない」「死んだ」という声が聞こえてきて、あの男の人がどうなったのか大体の想像はついた。


「ジャイル!!はやくソフィアを避難させろっ!!」


 ルヴァイス様に言われて、ジャイルさんが私を抱こうとしたけれど、私はルヴァイス様にしがみついた。キュイもキュイって、私にしがみつく。


「ソフィア!?」


 ルヴァイス様が抗議の声をあげるけど、私はぶんぶん顔を横に振った。

 ダメダメ、絶対ルヴァイス様は戦うつもり!そんな体で戦ったら死んじゃう!

 さっきテオさんにもらったエリクサーを呑んでいたけれど、瘴気が魔獣からすぐくるから効果がない。今にも倒れそうなルヴァイス様に私はしがみつく。


「ルヴァイス様!!ここはいったん退きましょう!!

 今のルヴァイス様が戦ってもガリアス様の二の舞です!!」


 そういってテオさんがルヴァイス様を抱えようとするけれど、ルヴァイス様はテオさんの手を振り払った。


「だめだっ!

 今私が逃げれば、ラディスが着く前に王都は滅ぶ!!

 民を見捨てるくらいなら私は死を選ぶ!」


 そういってルヴァイス様が無理をして立ち上がった。


「あー」


 私は必死にしがみつく。


 ダメだよ!ダメ!!

 そんな立つのもやっとの身体じゃ戦っても殺されちゃう。

 私たちがもめてるあいだ、竜神官達から悲鳴があがった。


 めきめきめきと、魔獣が結界を打ち破っている。


 どうしよう、こんなのどうにもならないよ。


「ソフィア、頼むから避難してくれ、もう時間がない」


 けれど私は首を横に振る。

 避難するならルヴァイス様も一緒! その体で戦っても時間稼ぎだってできないよ!


 私が必死にしがみついていたら、ルヴァイス様が困った顔をして


「……ソフィア。これは王としての願いだ。

 そなたは避難し、私の婚約者としてのちに来るラディスと協力して魔獣を倒してほしい。

 私の手伝いをしてくれるのだろう?」


 と、すごい優しい顔で笑うの。


 ……ずるい。ずるいよそんなの。

 お手伝いしたいって言った。


 でも、違うよ。

 ルヴァイス様の役に立ちたいのであって、ルヴァイス様を死地に送りたいわけじゃない。


「頼むソフィア。そなたが私を心配してくれるように。

 私もそなたを守りたい」


 そう言って、私の泣を手でぬぐってくれる。


 そうして優しく頬にキスをしてくれて「愛してるそなたを私の手で守らせてくれ」って言うの。


 ずるい。 ずるい。

 そんな言い方されたら断れない。

 ルヴァイス様の邪魔はしたくない。


 私が泣きながら手を離すと、ルヴァイス様は微笑んで 


「ジャイルあとは頼む」


 そういってルヴァイス様が私の頭を撫でて、立ち上がった。

 そして一人エリクサーを飲み干すと魔獣に向かって走り出す。


 ジャイルさんが私の体を抱きかかえて、逆方向に走り出し、テオさんはルヴァイス様の後を追った。


 どうしよう。このままじゃルヴァイス様もテオさんもみんな死んじゃう。

 レイゼルさんみたいに帰って来なくなっちゃうのは嫌。


 もうやだ、レイゼルさんだって帰ってくるって言って帰ってこなかった。

 ルヴァイス様もこんな状態で勝てるわけがない。


 魔獣さんお願いだから、私から大切な人を奪わないで。


 ずっとずっと待ってたの。

 レイゼルさんが帰ってくるようにって。

 でも毎日祈っても帰ってこなかった。


 ルヴァイス様までいなくなってしまったら私はどうすればいいの?


 私を抱っこしてくれて。

 いつも大事にしてくれて。

 お嫁さんだからっていっぱいいっぱい「好き」の言葉をくれて。 

 恥ずかしかったけど嬉しかった。

 愛される喜びを教えてくれた人。

 夢も、希望も、全部全部ルヴァイス様からもらったの。

 だから嫌。いなくならないで。


 大好きなの、失いたくない、もう大好きな人を失いたくないの!


 お願い魔獣さん、私からもう大事な人を奪わないで。


 お願い、どうかルヴァイス様を守れる力をっ!!!


 視線の先では、魔獣に向かおうとして、デイジアに邪魔されているルヴァイス様がジャイルさんの肩越しに見えた。


 やだ!! ルヴァイス様が死んじゃう!!


「あーーーー!!!」


 私が叫んだ瞬間。


 私のもっていたペンダントが光りペンダントの中からその人は現れた。


 黄金のスーツを身にまとった王子様のような恰好をした金髪の綺麗な男の人。


 レイゼルさんっ!!!


 私は心の中で叫んだ。


 ◆◆◆


 めきっ、めきっ、めきっ


 結界が破られて魔獣からのっそりと這い出してくる。


「いやぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇ」


 腰を抜かして動けないデイジアが必死にそばにいた神官に抱き着くが、その神官も足がすくんで動けない。


 結界を抜けたとたん、その場にあった瘴気を吸い込みはじめ、巨大化していく魔獣に誰もが逃げ惑う。


 ルヴァイスは結界が破られ逃げ惑う神官達をよけながら魔獣に向かっていた。

 先ほどエリクサーを呑んだはずなのに、近づくたびに瘴気に襲われ動くのすら困難になるが、立ち止まればそこで終わりだ。気力で乗り切るしかない。


(せめて一撃だ!!

 一撃当てれば回復までに時間を稼げる、竜神官達の結界で動けなくできるっ!

 その間にラディスを……っ!!)


 剣を構え走ったその途端。


「助けてっ!!!」


 デイジアにつかまれて、ルヴァイスの動きが止まる。

 いつの間にかルヴァイスの足にデイジアがしがみついていたのだ。


「なっ!?? 離せっ!!」


「足が動かないの助けてよっ!!」


 ルヴァイスが振り払おうとするが、デイジアは離さない。


(瘴気のせいでこの女を振り払う力すらない、このままではっ!?)


 その途端、すっ

 二人の上空を黒い影が横切った。


「ルヴァイス様っ!!!」


 後から追ってきたテオが悲鳴を上げる。

 二人が見上げたその先にいたのは――魔獣の巨大な手が襲い掛かかっていた。




 もう助からない。

 その場にいた誰もが、そう思った。

 ルヴァイスとデイジアは無慈悲に魔獣の手によってつぶされるだろうと。


 けれど――。


 ぽわっ!

 突如現れた光に魔獣の動きが止まる。


 空にそれは現れた。


 黄金に輝く球体の中で光り輝く金色の羽をもつ少女が魔獣の目の前に舞い降りたのだ。


 その光景に誰もが息を呑む。


「……まさか…そんな……ソフィア?」


 デイジアがつぶやいた瞬間。少女は光輝いた。



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