第69話 こんなはずじゃなかった

 


 ――ルヴァイスを出し抜いてやった―――


 つい先ほどまで大司教はそう思っていた。

 だが、【金色の聖女】とガリアスの婚約を発表し、ルヴァイスに渋々祝辞を述べさせるはずが、なぜかルヴァイスは祝辞をそこそこに、いきなりルヴァイスの婚約者「ソフィア」がエルフの王族の末裔で【錬金術】が使える事を披露しはじめたのだ。


 神官達がルヴァイスにお言葉をと進めた手前止めることもできず、ルヴァイスの部下の説明は延々と続き、「聖気」を必要としない作物の育成が進み、順調にいっている。


 近い将来、作物を徐々に【聖気】のないものへと植え替えると言い出した。


 最初は戸惑っていた住人だったが、新しい作物は自らの魔力などを与えればよく育つと聞き、平民や商人たちからも歓声があがり、先ほどの【金色の聖女】への熱気はどこへやら、これからは【聖気】に一喜一憂しない暮らしができると喜びだしたのだ。


(くそっ!! ルヴァイスを出し抜いたと思ったのに、これはどういうことだ。

 これでは、ガリアスを王にして聖獣キュイを奪うという計画が台無しではないか。

 ルヴァイスめ!!どこまでも邪魔して忌々しい!!!)


 大司教がじろりとルヴァイスをにらみつければ、ルヴァイスと目があい、鼻で笑われる。


「竜王陛下【金色の聖女】様の前でそのような聖気が不要などというお話は……」


 司教の一人がジャイルの説明を遮った。

 これ以上、【聖気】が不要などという話が広まってしまっては教団の威厳にかかわる。


「そうです!竜王陛下!わたくしに何か恨みでも!?」


 ラーファ姿のデイジアも食ってかかった。


(あのバカ女め!!そこでお前が喋ってしまえば神秘性がなくなるだろう!?)


 大司教が止めようとしたその瞬間。


「貴様が【金色の聖女】?

 茶番は終わりにしたらどうた。

 リザイア家の聖女デイジア。

 禁呪の【セスナの炎】を使ったばかりか、禁呪の【転魂】の秘術まで使うとは。アルテナ様の裁きを受ける覚悟はあるのだろうな?」


 ソフィアを抱いたまま、ルヴァイスの放った言葉は非情なものだった。


 ◆◆◆




 ざわざわざわ。


 ルヴァイスの言葉に会場がざわついた。竜神官達の間にもどよめきがおきる。


「そちらの聖女は偽物だ。禁呪の転魂をつかったリザイア家のデイジア」


 そう言ってルヴァイスがソフィアを抱いたまま、竜神官達に守られるようにいたラーファをにらみつけた。


 あわてて、その二人の間に大司教が割って入る。


「竜王陛下!!無礼にもほどがありますぞ!!な、何を証拠に!?」


 大司教が反論すると、今度はルヴァイスを守るように宮廷魔術師たちがルヴァイスの隣に立ち並び


「セスナの炎で奪った【聖気】には痕跡が残ります。

 聖杯を通すことでわからなくしたようですが。

 デイジアでないというのなら聖杯や聖なる錫杖などの媒体なしで聖女の力を使っていただきたいのですが」


 テオが一歩前にでて申し出た。


「そ、それは……」


 口ごもる大司教。

 今までデイジアに力を使わせるときは、セスナの炎による呪いを隠せるように聖なる神器を通して使わせていたが、媒体なしで力を使えばすぐに呪いのついた【聖気】だとばれてしまう。


「濡れ衣です!!」


 慌ててラーファは反論した。


「濡れ衣? では力を聖杯なしで使ってもらおう。

 聖杯なしで【聖気】が使えてこそ聖女のはずだが?」


「竜王陛下!!これ以上この国を守護してきたわれらを侮辱することはゆるしませんぞ!!」


 大司教も反論した。

 このような群衆の前でデイジアに力を使われてしまってはごまかせなくなる。

 どうにか力を使わせず、濡れ衣だと証明しなければなならない。


「守護? はて面白い、この一年、急に作物の実りが悪くなり、瘴気を吸う私の呪いも悪化した。

 その原因の背後にいるのは貴公らのはずだ。

 事実を隠すために偽聖女を担ぎあげたようだが。

 そろそろ何を隠しているのかこの場で教えてもらおうではないか」


 食ってかかった司教にルヴァイスが鼻でわらってかえす。


「何を根拠に!!」


「根拠はこれですよ。大司教様」


 そういってジャイルが持ち出したのは瘴気を計測する計測系。

 瘴気計の数値が以上に高い。


「それは?」


「瘴気の数値です。

 これがこの国の瘴気を計測した数値ですが、なぜか大神殿だけ数値が異様に高くなっています。そしてその瘴気の数値が高いところと作物の実りがなくなっている場所が一致している。

 これでも無関係だといいはりますか?」


 テオが魔法で空高くその数値と地図を表示した。

 会場のみなに見える形で。


 群衆から「確かに言われる通りそこは作物の育ちが悪くなった」「神殿の近くだ」と声があがりはじめる。


「だまりなさい!!そんなの嘘よ!!【金色の聖女】の私を貶めるための罠っ!!

 見なさいこの輝かしい【聖気】を!!みんなこれを見たら私を聖女と認めるはず!」


 デイジアが反論すると


「だったら、聖気を使って見せてくれ!」

「そーだ!そーだ!」


 反論したのはルヴァイスでもソフィアでもなく――群衆からだった。


 ◆◆◆



「力を使って見せろ!!」

「禁呪を使った人間なんて追い出せ!!」


 群衆からあがるヤジと罵声にデイジアはだたじろいだ。

 今にも群衆が広場のホールに上がってくるのではないかというほど殺気を放っている。


 違う――違う。

 こんなことになるはずじゃなかった。


 私ははじめての竜人の聖女と崇め祀られて、ソフィアを凌ぎ、ソフィアと母親に土下座させるはずだったのに。


 竜人の王族と結婚して竜王国の王妃になるはずだったのに。


 なんで私がこんな罵声を浴びなきゃいけないの!?


 私は【金色の聖女】


 茶髪の醜いソフィアよりも私が賞賛されるべきなのに、エルフの子なんてわけのわからない理由で賞賛されるのはソフィアで、デイジアは呪われた子と非難されている。


「違うわっ!!!呪われて醜いのはソフィアよ!!私じゃない!

 観てみなさいっ!!この金色の【聖気】をっ!!!」


 そう言いながら、周りの竜神官が止めるのも聞かずデイジアは聖杯にまた【聖気】を注ぎはじめた。


 そうよ!またみんな金色色に輝く【聖気】を見れば私を聖女と認めるはず。

 そう思いながら聖杯に【聖気】を注ぐデイジアだったが――。


 とたん、聖杯から出てきたのは先ほどとは違い、黒い靄。


「な!?なんだっ!?」


 周りにいた竜神官達も予想外だったのが声をあげる。


 ずごごごごごごご


 聖杯から黒い霧があふれ出し、大地が悲鳴をあげた。

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