133.平和な王都観光

 なんだか視線を気にしなくてよくなったというのは大きい。

 ずっと暗殺者がいるという事実が頭の隅っこにあって今まで全力で楽しむことができなかったのだ。


 もう花祭りも終わってしまった。

 気が付いたらすでにすべて片付けられていて、どこを見ても跡もなかった。

 それでも寒い冬とは異なり気温も暖かく、人通りは相変わらず多いらしい。


「みてみて毛皮の店」

「ああ、ラクーンだな。『捕らぬラクーンの皮算用』の」

「これがそうなんだぁ」


 ミーニャも興味があるようできょろきょろしている。

 ラクーンの毛皮専門店のようだった。

 高価な服を着た商人や貴族の人だろうお客さんが何人かいる。

 ディスプレイされている毛皮もふわふわの茶色い毛がびっしりで、とても温かそうだった。

 もう春であまり必要性を感じないものの、首に巻いて使うらしい。


「今日は海産物食べようぜ」

「うんっ」

「いいですね」

「みゃうぅ」


 こうして大きな海産物専門のレストランに入った。

 日本で言えば海産物の居酒屋という感じではある。


「いらっしゃいませ」

「あのお昼のセット五人分」

「かしこまり」


 俺、ミーニャ、ラニア、シエルそれからトマリアの五人だ。

 トマリアは心配性なのか俺たち子供だけの外出を認めていない。

 砂浜と磯で遊んでいたときも近くで見ていたのだ。


「ホタテっ」

「マグロっ」

「カツオっ」

「アマダイっ」

「シラスっ」


 お刺身セットの魚の名前をみんなで順番に言う。

 ホタテなんて六センチくらいだろうか。かなりでかい。

 マグロは切り身だけど何枚もお皿に盛られている。

 白身ではアマダイがこの地方の特産なのだろうか。

 魚醤につけて食べる。


「内陸の人だと珍しいと思うけど、うちは生魚を出すんだ」

「そうですよね」


 王都内でも生で出す店は少ないようだ。

 地球だって日本では普通だけど外国ではあまり生で食べないと思う。

 久しぶりの新鮮な生魚で舌鼓を打つ。


「美味しいっ」

「ああ、うまい、うまい」


 これで米がセットだったらなと思う。

 米は存在はしているらしいのだが、ここでは一般的ではないようだ。

 薄茶のパンをもぐもぐして食べる。

 これは白パンほどでないが精製が粗い安い小麦粉で作ったパンで、庶民の多くはこれくらいの品質のものを食べる。

 スラム街ではさらに低品質の硬い黒パンが主流だった。


「トマトがあるっ」

「おぉお」


 乾燥フルーツ店にいる。

 あらゆる種類のドライフルーツが売っている。

 俺はフルーツに分類されるとは思ってなかったけど、乾燥トマトがあった。


「これはストゥルミル村の乾燥トマト。高品質なんだけど最近出荷量が減っててね」

「あっ、はいっ、知ってるにゃ」


 一応、農業指導はしてきたけど、どうなるかはまだわかっていない。

 うまくいくといいが。遠い王都からストゥルミル村の将来を願った。


「これ、味見ください。有料でもいいんで」

「ひとつくらいはタダでいいよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 みんな小さな乾燥トマトを食べる。


「美味しぃい」

「うまっ」


 トマトは塩気と甘味がありそれからトマト特有の旨味があった。

 オレンジとかも匂いがして美味しいが旨味はあまりない。

 乾燥トマトは抜群にうまい。


「これください」

「はい、まいど」


 乾燥トマトを仕入れる。これならおやつにちょうどいい。

 馬車の中で食べながら帰ろう。馬車の中って結構暇なのだ。


「あれドライフルーツ店じゃないの?」

「そうだけど乾物屋といったほうが正確みたいですね」

「あの、昆布、ください」

「はいっ」


 やった昆布だ。出汁が出るぞ。

 これと鰹節があればいいんだけど。

 キノコと昆布でも旨味成分って相乗効果で抜群にうまくなるので、これは買いだ。


「あとこっちパスタも」

「ありがとうございます」


 パスタも買う。乾麺だ。

 手打ちをするのは大変なので買えるものなら買ったほうがうれしい。

 スラム街とトライエ市ではあまり売っていないようだった、王都では普通に売っているみたいだ。

 店を探せばトライエでも普通にあるかもしれないけど。


 こうしていろいろ買いこんでいく。

 以前イノシシ、ゴブリンキング、メルリアベアとか倒してレベルアップした関係で俺のアイテムボックスはかなり拡張されている。

 これくらいは余裕で入る。

 そうはいっても無限に入るわけではないので、厳選はしている。

 無駄な物は買わない。

 資金にも余裕があるとはいえ無駄遣いは厳禁だ。

 あとで出資者のエレノア様に怒られたくはない。

 元気だろうか、エレノア様。あのピンク髪のツインテールもしばらく見ていない。


 翌朝。お世話になったおじいちゃんの男爵に挨拶をして王都を発った。


「エド、行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいよ」

「はい。おじいちゃん。お達者で」


 馬車で揺られてグレートメルリシア橋を渡る。これで王都とも本当にお別れだ。


「王都、楽しかったね」

「そうですね」

「またきたいみゃう」

「おう、またこような。いつかきっと」


 こうして俺たちはまたレンタル馬車の荷台で揺られてエルダニアに戻っていく。

 王都でも思った以上にバタバタしたけど、来てよかったとは思う。

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