126.冬の終わりと王都へと

 母ちゃんが帰ってきてもやることはそれほど変わらなかった。

 母ちゃんもちょっと恥ずかしそうにメイド服を着ると一言。


「さて年甲斐もなくあれだけど。仕事! 仕事!」


 と言ってメイド仕事を始めた。恥ずかしい割にはかなり気に入ってるらしい。

 メイド服は若く見られるしお得だ。


 王宮の女官勤めでもメイド服を着ていたらしいので、なかなかベテランメイドの風格がある。

 語源からすると本来は奉公に出された未婚の女性をメイドというらしいけど、まあいいんだ。


 王宮勤めのメイドさんは知識も豊富で独立時点から働いてくれているメイドさんたちにも一目置かれているようだった。

 ここ独自の決まりは元からいたメイドさんに、逆に礼儀作法とかはトマリアから教えてもらうというふうに双方が高め合っている。


 それにしても一月に入ってからますます寒くなった。

 領主館ホテルの中はさすがに領主館なだけあって暖炉が整備されているので、なんとかなっていた。

 ラニエルダのあばら家はかなり寒かったので全然違う。

 あばら家にも暖炉の代わりに魔道コンロの熱で室内を温める暖房器具があったんだけれど、いかんせん隙間風が入ってきて寒かった。


 俺たちも最近は外に出る時間が短くなっていた。

 朝顔を洗うのと洗濯物を干すときと取り込むときくらいだろうか。

 昔は洗濯がなかったけど、今は服もメイド服含めて何着かあるので洗わないわけにはいかない。


 この冬の間にクリスマス以降、雪も三回くらい降った。

 薄っすら積もったのはクリスマスのときだけで、あとは舞い散る程度だったけど、さすがに雪の日は寒い。

 外でテントで生活してる人なんかにはつらいと思う。

 ほとんどの人はバラック小屋や長屋に入居しているけれど、まだテントの人も残っている。



 そんなこんなで月日は流れて三月。


「さてだいぶ温かくなってきたわね」

「うん、母ちゃん」

「王都、行くわよ。挨拶にいかなくちゃね」

「王都!!!」

「そうよぉ」


 王都というとミーニャたちも目を丸くする。

 メルリア王国、王都メルリシア。


 メルリア川の河口に位置する一大城塞都市だ。

 メルリア湾があり国際貿易港だった。

 その規模は東隣のアジベルリア帝国の首都アッジリアに次ぐ大都市だと言われている。

 メルリシアは北大陸南部中央に位置し、東西の国々や南大陸と船で貿易をしている。

 アジベルリア帝国の南海岸には船に最適な大きな港がない。そのため物資の輸出入をメルリシアに頼っている。


 三月の中旬。


「王都ではね、春分の日の一週間前からお祭りなの」

「お祭り!!!」


 それを聞いてミーニャがぴょんぴょんと跳ねる。かわいい。

 後ろではシエルも小さくぴこぴこしていた。

 ラニアも目線が行ったり来たりしている。


「うんうん。それに合わせて王都へ行きますね」

「「「わーい」」」


 みんなで両手を上げてよろこんだ。


 さて王都へ行くとなると馬車だ。

 エルダニアの商店街の店の一つとして商業ギルドが入店していた。

 商業ギルドでは馬車が借りられる。また馬車をレンタルして王都へと向かう。

 この馬車は普段だと物資を運んでいるが緊急性の低い物を後回しにすることで馬車そのものを借りられるのだ。

 もちろん保証金として金貨を取られるけれど、馬車をちゃんと返せば何割かは戻ってくる。

 この辺の仕組みはトライエ市のときと同じだ。


「忘れ物ないわね。んじゃ、出発!!」


 トマリアの合図で馬車が進む。

 今回は御者さんと荷物付きでレンタルした。

 荷物を運ぶとレンタル費用が割引になる。

 みんなで後部座席に荷物と一緒になって乗っていた。


 荷物の一部をほいほいと自分のアイテムボックスに放り込んでスペースを広くする。

 こういうことをするのは別に違法や契約違反ではない。

 シエルなんて空いた荷台に寝っ転がって尻尾をふりふりしている。

 白い尻尾が行ったり来たりしていた。

 ミーニャがその尻尾を目で追って、青眼がメトロノームみたいになっていた。


 馬車の旅ももう何回もしたので、さすがにみんな慣れてきている。

 途中で野宿を二回した後は、道がアジベルリア帝国方面との分岐点に到着した。ここでアジベルリア帝国からの荷馬車と合流して王都方面に進む。

 その先は街道も整備されていて、町が三つほどあったので宿屋でしっかり泊まった。


 そして王都の手前最後の町に入って進むとすぐに大きな川を渡る。


「橋だね!」

「ここメルリア川なんだよ」

「へぇってトライエにも流れてるあの?」

「うん」


 ミーニャが荷台から外を覗いて言った。俺が答える。

 トライエ市の横を流れていたときは中規模くらいの川だったけど支流が何個も合わさった河口すぐの場所ではかなり大きな川に成長していた。

 橋は馬車が列になって通過していく。徒歩で横断している人も結構いる。


 橋のこちら側にも町があって宿屋や馬小屋と馬車置き場がたくさんあった。


「こちら側にも町があるのは昔、橋がなくて船で渡っていた名残だね」

「へぇ」

「ここで船を降りてこっち側の馬車に積み替えていたのよ」

「なるほどぉ」


 俺とミーニャたちがトマリアの説明を聞いて感心する。


 大きな橋、グレートメルリシア橋を無事に渡り切ったところには広場と城門があった。

 城門の横にはずっと壁が続いている。

 王都はなんでか知らないが川の南側にあるのだ。


「すっごい。大きな壁」


 馬車が次々と中に入っていく。

 門番は一応、通行人の人相を確認していくが、特に税金などは取っていないようだった。


「はい、次の人。顔の確認だけお願いします」

「「「はーい」」」


 みんなで馬車から顔を出す。


「はい、いいですよー。ようこそメルリシアへ」


 門番に言われて馬車を進める。


 城門を通過したら大きな街が待っていた。

 あちこちに花の飾りがあり、とてもにぎわっている。

 お祭りでいつもより多いといっても、こんなに人がいるんだ。すごい。


 王都のお祭り『春の花と歌と踊りの王都祭り』だった。


 王家一族を狙う暗殺者というのは怖いものの、最近は鳴りを潜めていて目立った事件は起きていないらしい。

 まったく問題ないという訳ではないけど、俺たちを連れて王都に挨拶に行くくらいの余裕はあると判断されているから、大丈夫だと思う。

 心配し過ぎてもしょうがない。


 この際だ、お祭りを楽しんだもの勝ちなんだから、気楽にやろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る