111.初秋の嵐

 今朝はまだ晴れ間が広がり、一見いい天気になるかと思われた。


「おはようございます、ギードさん」

「おはよう、今日もいい天気だね」


 女の子たちはお揃いのメイド服を着て、お仕事の手伝いをした。

 しかし昼を過ぎたころ、段々と曇り空が広がっていき、ついに黒い大きな雲が流れてくる。

 ポツポツ降り出した雨も、ザーザー降りに変わってしまった。


「雨すごいね。領主館はスラムと違って壁もあるから平気だけど……」

「ああ、ちょっと川のほうとかには行かないほうがいいな」


 領主館の窓から外を眺める。

 ついにザアアアアア、というすごい雨に変わった。


「ちょっと怖いにゃ」

「そうだな」


 バリバリバリ、ドーン。


「にゃああああ」

「きゃああああ」

「みゃううううう」


 雷だ。ピカッと光ったと思ったら、どこか近くへ落ちたかもしれない。

 みんなびっくりして俺に抱き着いてくる。

 しかし三人もくっつくとさすがに狭い。


「地下、地下室へ行こう。あそこなら少し静かだから」

「うん……」


 くっついたまま、なんとか移動して階段を降りる。

 地下室の応接間に改造した部屋へ入って、扉を閉める。


 防音効果が多少あるようで雨の音も小さくなった。

 雷の音も、そこまでビビるほどではない。

 ただ何回か雷の音がしたので、その度にミーニャたちがビクビクッと本物の猫みたいに、毛を逆立てておびえていた。


「地下室、浸水しちゃわないかな」

「領主館は丘の上に建っているから平気だよ」

「なるほどぉ」


 感心したようにミーニャが同意してくれる。


「ラニエルダのスラム街……大丈夫かな」

「さぁ、あっちとは少し離れているから、もしかしたら向こうは雨が弱いかもしれないし」

「そっかぁ」


 ミーニャとラニアがふぅと息を吐いて少し安心したようだ。

 ただし確証はない。

 エルダニアのほうがヘルホルン山の麓にあるので、山に雲がぶつかってできると聞いたことがある。

 冬の雪も山の向こう側からぎりぎり超えてきて、エルダニアでは降るけど、トライエ市では降らないし。


 ドーン。


 少し離れているところでまた雷の音が鳴る。

 ビクッっとして俺にみんながギュッと抱き着いてくる。

 地下室は上より涼しいので、温かくてちょうどいい。

 なんだか女の子のいい匂いもするから、役得といえば役得だ。そんなこと言ったら怒られてしまいそうだけど。

 地上と違ってピカッて真っ白に光らない分、まだ地下の方が怖くない。


 俺はアイテムボックスから桃を取り出して、みんなに分ける。


 もぐもぐもぐ。


「おいち」

「美味しいね」

「うん」


 桃をみんなで食べる。おやつだけどこうして食べている間はそれほど外のことは気にならない。

 地下室を整備しておいてよかった。


「じゃあせっかくだから、三並べをやろう」

「三並べ?」

「うん」


 そうして白い石と黒い石を数個ずつ出す。

 細い木の板を井形に置いて枠線の代わりにする。


「縦横斜めと三つ並べたほうが勝ちなんだ」

「へぇ」


 こういう遊びはもちろん記憶にあるが、外で遊んでいることが多かったので、なかなか実践する機会がなかった。


「ほら、白」

「あ、うん。黒」

「白」

「黒」

「おっとほい、白」

「あっちょっとあ、黒」

「ほい、白。俺の勝ち」

「むー」


 ○● 

 ○○○

 ● ●


 俺とミーニャで対戦したけど俺の勝ち。


「みんなでやってみて」

「うんっ」


 ミーニャもシエルも耳をピクピクさせて興味津々だ。

 ラニアはむふふん、とちょっと頭の中ですでにいろいろ考え中のようだ。


 さてミーニャとシエルの野生の勘。ラニアの戦略家、どちらが勝つか。


「さきにミーニャちゃんとシエルちゃんでいいですよ」

「わかったぁ」


 こうして対戦が始まる。

 白、黒、白、黒、白、黒、と一回目はミーニャの勝ち。


「もう一回どうぞ」

「今度は勝つみゃう」

「負けないにゃ」


 白、黒……。


 こうして女の子たちの熱いバトルが展開された。

 結局、何回戦もしているうちにラニア優勢になっていき、最後にはラニアの圧勝となった。

 それでもミーニャとシエルもだいぶ健闘した。


「そういえば雨」

「ああ、やんだみたいだね」

「外、外見てくるっ!」


 ミーニャが飛び出していく。よっぽどスラム街が気になるのだろうか。

 でもここはエルダニアであってラニエルダではない。


 ミーニャを追いかけて、みんなでついていく。

 領主館を飛び出して外に出た。

 領主館のすぐ前は貴族街だ。

 トライエ市と違いあまり広くはないが、放棄されたままであまり景観はよくない。


 貴族街をすぐ抜けると、噴水広場があった。


「みんな、あれ、普通に……」


 そこには用水路の水嵩が増していて、あちこちに水たまりがあるものの、普段と変わらない市民のみなさんがいた。

 ただし大工衆は今日はお休みになったようだ。


「どうしたミーニャちゃん?」

「ミーニャちゃん、なにか用かい?」


 ミーニャが首を振って、まわりを見渡す。


「うわあああああああんん」


 突然ミーニャが泣き出してしまった。

 街の人たちもどうしたんだろうとちょっと困り顔だ。


「雨、怖いんだよ、あの日も雨で、もしエドちゃんがおうちに入れてくれなかったら」


 ああ、そうか。

 ラニエルダのスラム街で雨が降っている日にミーニャを拾った例の。

 俺はほとんど覚えていなかったんだけど。

 ラニエルダでは排水溝がこの都市のようになくて、家が浸水しないように道が少しへこんでいる。

 だから雨が降ると道は川みたいになるのだ。


 ミーニャは川になりかかったスラム街をギードさんとメルンさんと歩いて途方に暮れて、俺んちの庭にお邪魔して、なんとか凌いでいたらしいのだ。

 浸水し掛かってる野外なんて怖いに決まっている。

 そこを俺が声を掛けて、家のなかに入れたと。


 トラウマなのだろうか。

 俺と同い年だと思うけど、怖い記憶として残っているのだろう。


 俺を見つけるなり、頭をぐりぐりこすりつけてくる。


「えへへ、エドは好き。私たちを守ってくれるから」


 頭をそっと撫でてやる。

 ミーニャも泣き笑いで、へろへろしている。


 いつも甘えんぼうではあるけど、今日はいつもより甘えん坊さんでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る