97.ゼッケンバウアー伯爵叙爵記念日

 七月一五日。


 ボーン、ボーン、ボーン。


 朝から三の刻の鐘がなる。

 今日は祭日だ。


 ――『ゼッケンバウアー伯爵叙爵記念日』。


 現在トライエ領主を務める家系、初代ゼッケンバウアー伯爵の叙爵を記念する日となっている。

 叙爵した日じゃなくて記念する日なのがポイントで、トライエ市移行記念日を兼ねている。


 去年は領主によりラニエルダでイルク豆の無料配給が行われていた。

 一人あたり一週間分くらい貰えた。


 普段はラニエルダを無視していた領主だったけど、こういう人気取りはしっかりやっているらしい。


 朝ご飯を食べて俺たちも準備をする。


 パレードは朝の九時からだ。

 夏のこの時期、昼間より朝からやってしまおうというつもりなのだろう。


 ラニアを迎えに行って戻ってくる。


「じゃあ、行くよ」

「うん」「はい」「みゃう」


 三人を引き連れて大通りへ向かう。


 東地区から東大通りへ。


「人でいっぱいだね」

「ああ」


 ミーニャが残念そうに言った。

 道の横には人がびっしり並んでいて、先頭で見るのは無理そうだ。

 そして俺たちは子供なので背が低く、後ろから見るのも無理。


「東門のほうへ行ってみる」

「うん」


 道を東へ。門へ向かう。


 人はびっしりだけど、一人分くらいの空きはあったりする。

 ただ子供三人で見るには狭い。


 そのまま歩いていったら東門前広場に着いた。

 この広場は非常時に軍の待機場になるように作られている。


 普段は馬車の回転用で隅のほうの空き地に露店がある。

 今日も露店は出ていた。


「エドぉ、エドぉ。お肉ぅ、肉串~」

「お、おう。買ってくか」

「やった」


 お肉妖精ミーニャの要望には応えないとなるまい。

 おやおや、お肉妖精は三人だったようで、みんな口の隅からヨダレが垂れそうな顔をしている。


「おじさん、肉串四つ」

「あいよ!」


 ひとつ銅貨一枚。

 この辺の主流の西の森のオオカミ肉だ。


 オオカミ肉は旨味はあるんだけど、少し筋があって硬い。

 赤身肉で牛肉に少し近い。

 西の森ではオオカミが多く、こうしてよく売られている。


 ウサギ肉のほうが食べやすい。

 オオカミ肉は筋ばっているので、下級市民の食べ物という認識があり、上級市民や貴族は口にしない。


「あつっ、はふはふ、おいちぃ」

「美味しいです」

「うみゃい、みゃう」


 うむ、どれどれ。

 味付けは塩。そしてコショウの香りがほんのわずかだけする。

 コショウは高いので、ケチっているのだろう。

 銅貨一枚なので、これはしょうがないと思う。


 うん。

 肉本来の旨味とそして硬い肉は食べ応えはある。


 さて、いくぞ。


 回転場ロータリーになっているところの横のほうは人が少なくて俺たちも最前列を確保できた。


「見れる場所見つかってよかったね」

「おう」


 右側にミーニャがくっついて体をこすりつけてくる。

 猫か。猫だったわ。


 左側のシエルももぞもぞ体を同じようにこすりつけてくる。

 猫か。こっちは本当に猫だったわ。


 シエルの左にはラニアがニッと笑ってそれを眺めていた。

 相変わらずの余裕の表情だ。


 ピッパラパパパ。プッパラペペペ。ピーヒャラドドド~♪。


 管楽器を中心とする音楽が聞こえてくる。


 領軍の軍楽隊だ。

 軍楽隊は大規模な戦争時などにあらかじめ決められた指令を音楽で伝える役割がある。

 ただ現代ではハーピー便や早馬なども使うので、今でも現役なのかは知らない。

 普段は領主館で演奏会とかしているみたい。

 以上、ラニア先生による。


 マーチだな。


 先頭に隊長マークをつけた白馬の騎兵。

 というかですね、隊長はビーエストさんだ。

 全身銀ピカの鎧に金髪、イケメン。

 兜はつけていない。

 これ顔選抜だな。


 その後ろに騎兵が三騎三列、合計九騎で隊長含めて十騎。

 こちらは一般的な茶色い馬で、先頭三人は全身鎧、後ろ六人は軽鎧になっている。


 さらに続きまして、軍楽隊。

 トランペット、ホルン、ドラムなどでみんな歩きだ。

 揃いの布の綺麗で派手な衣装を着ている。

 制服なのだろう。

 半分くらい女性隊員で美少女だった。

 ヒラヒラのミニスカの制服はちょっとエッチだ。

 まるで高校生のマーチングバンドみたいで見ているだけでも心癒される。


 警備の軽鎧の騎馬を挟んだ。


 そして領主一家の馬車だ。

 屋根がないオープンタイプの貴族馬車。


 ゼッケンバウアー伯爵一家。

 領主トーマス様。キャシー夫人。

 長女マリエール様。

 次女エレノア様。

 それから一番上の子だと思われるおそらく長男の子。


「エドくーん、おーい」


 エレノア様が馬車から目ざとく俺を見つけて手をブンブン振っていた。


「エレノア様~おーい」


 俺も声を掛けて振り返す。

 音楽がなかったら注目されまくりだっただろうけど、なんとか紛れて済んだ。


 また二列だけ護衛の騎兵の列がある。


 その後ろには歩兵のようだ。


 おおぉ。


 珍しい。虎の子で噂の女子魔法部隊だ。

 揃いのセーラー風の制服を着ている。

 みんなおっぱいがあってスタイルもいい。

 美少女が笑顔で手を振っていた。

 ミニスカートから見えるふとともがまぶしい。


 ちなみにゴブリン・スタンピードのときは北門の中で待機していた。

 出番がなかったみたい。


 そして一般兵と続く。

 槍兵部隊。

 弓兵部隊。

 剣士部隊。


 最後にしんがりの騎兵が旗を掲げてついてくる。


 ロータリーを回ると元の道だと列が回り切れないので、一本入った道を少しだけ進んで大通りに戻ってくるようだ。


 行ってしまった。


「終わったね」

「ああ」

「んじゃ、戻るか」


 大人たちはこの後、酒場で騒ぐのが習わしとなっている。


 道の隅をへこへこ歩く。


 女子魔法部隊。

 かわいかったな。

 ほとんどが女子高生くらいの子で、揃いのセーラー服みたいな格好。

 すごいそそられる。


 魔術師は女子が多い。理由はわからない。

 男と違って子宮に魔力を溜められるとかいう噂はある。

 男にも魔法使いはいるが、全体の割合からすると少ないらしい。


 男女混成だと風紀が乱れると問題になって男は追放されて以来、女子魔法部隊となったそうだ。

 まさに女の子の花園。

 ぐへへ。


 ラニアとかは俺と会わなければ進路は間違いなく女子魔法部隊だな。

 いや、今から所属してもいいかもしれない。


 あんな大きなファイアボールを撃てる子なんてあんまりいないだろうし。

 知らんけど。


 こういうとき常識がないと比較が出来なくて困る。


 女子魔法部隊か。覚えておこう。

 あとエレノア様の動向にも注意しよう。


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