87.ゴブリン警報

 俺たちがゴブリンと戦闘して数日後。


「なぁ、聞いたか? ゴブリンの話」

「ああ、ゴブリン警報だっけ」

「そうそう、ゴブリン警報だな」


 学校ではこの話で持ち切りだ。

 こういう噂話を集めるには学校は丁度いい。


 最近、ゴブリンが頻繁に森で目撃されるようになった。

 前の倍以上の数が徘徊していることが確認されている。


 皮肉なことに、第一報は俺たちのパーティーだったのだ。


 ゴブリンは一度増えだすと、増殖することがある。


 トライエ市はついに昨日のお昼に御触れを出した。


『領主ゼッケンバウアー伯爵の名においてトライエ市にゴブリン警報を発令する』


 ラニエルダでも当然、問題になった。

 というかバリバリの当事者なのだ。


 領主が作っているラニエルダ防壁はまだ未完成で半分もできていない。


「防壁、間に合わなかったな」

「ああ」

「間抜け領主だな」


 領主の判断が一年でも一か月でも早ければ、よかったのに。

 たられば、とはわかっていても、噂するほかない。


 さすがにハーピー連絡員が空を飛んで王都や各都市へ第一報と支援要請を出した。


 すでに一番近い西の町ドラクシアから傭兵が十人程度駆けつけてくれていた。


 広義の領軍には正規軍である騎士団と平民からなる一般兵団、そして傭兵団がある。

 傭兵団は通常時はかなり人数が少ない。

 やばい空気を感じ取った人が集まってきて集団をつくる。


 騎士団は正社員。傭兵団は派遣社員、もしくはバイトだ。

 騎士団の装備は支給品だけど、傭兵は自前などいろいろと違うそうだ。


 学校は警報が出てから休校になっている。


 子供たちはハーブの収穫を相変わらずしているけれど、乾燥作業は担当の数人だけ残して他の人は、エドのうんち戦争さながら模擬戦を始めた。


「うりゃぁ」

「ていやぁ」

「おっと、隙あり!」


 まあチャンバラごっこから始めたにしてはできるほうだ。

 あれからずっと練習をしてなかなか上達した子も何人かいる。


 そういう子が集まって、俺たちみたいな冒険者もどきパーティーを結成している。

 ただし女の子はスラムに少ないので、ほとんどが男所帯となっていた。


 彼らの装備だってつい最近、鉄の剣になったばかりだった。

 年齢は俺たちよりいくつか上だった。


 防壁は急ピッチで作業しているものの、人数を増やさないと作業は進まない。

 でも予算の関係もあり人数は数人しか増えていない。


 その代わりラニエルダ防壁の新東門、新北門、北東門の三か所に仮の見張り台ができた。

 台の上から見ると、切り株の草原が一望できる。

 これならゴブリンが森から出てきたら、第一報を素早く伝えられる。

 鉄の板に金槌を設置して、警鐘を鳴らせるようにできている。


 あぁ本来の警鐘ってこれのことなんだな、とか場違いなことを考えたりして。

 あの火事のときに鳴らす鐘のことだ。



 こうして門には傭兵団も配置され、冒険者もギルドに詰めるようになった。

 準備は進んでいる。


 しかし、一日、二日と過ぎてもゴブリンはあふれてこなかった。

 ベテラン冒険者が森での偵察をしているが、通常の倍くらいのエンカウントは続いているものの、これ以上は増えていない。


 そして一週間。


 ゴブリン警報はゴブリン注意報に格下げになった。

 緊急で手配した人々も、一週間なにもないことにしびれを切らして何人かが去っていった。

 そうしてまた今日も通常の仕事に戻る人が増えている。


「俺は今からでも兵を増強したほうがいいと思うんだけどな」

「エドもそう思うか、俺もだ」

「そう言ってくれるのもうハリスくらいしかいないんだが」


 学校も注意報になり再開されることが決まった。


 相変わらずアルファベットの歌を歌ったり、簡単な掛け算の練習をしたり、一見平和な学習が続く。


 しかし俺も知っている。

 ギード先生がゴブリン警報になってから、腰に剣を差したままなのだ。

 エルダニアへ視察に行ったとき以来だと思う。

 注意報になっても剣は相変わらず装備している。


 ギード先生も不穏な空気を感じ取っているのだ。

 もしかしたら高貴なエルフには遠くに集まっているゴブリンの気配を実際に感じている可能性もある。


 ギードさんは何も言わない。

 言わないけど、態度は「赤信号」に限りなく近い黄色だ。


 実際、冒険者ギルドでも警戒体制はまだ解いていない。

 注意報が発令されたままなのも、十分脅威だ。


 ただし待機している冒険者は日に日に減っている。


 ラニエルダ青空小学校では、ゴブリン警報解除のお祝いと称してウサギ肉が振る舞われた。

 実際には警備で見張り山へ行った帰りのパーティーが御馳走してくれたのだ。


 警備というのはもちろんゴブリン注意報の警備なので、何も安全にはなっていない。


 みんなウサギ肉を焼いたものを食べながら会話している。


「お肉おいしぃ」

「肉だよ、肉」

「安全になった証拠だな」

「今日も一日平和だったし」

「もうゴブリンとかこないんじゃないの」


 大勢の雰囲気は子供たちと一緒で楽観視していた。


 数日後、傭兵団も半分が帰ることになったらしい。

 西のほうで少しきな臭いからという理由で。


 西のほうは人間の戦争もどきだ。

 大きな戦争はないけど、たまに勢力争いの小競り合いみたいなことをしている所がまだある。


 北のエルフ国、ティターニア聖国でも数年前にサルバトリア公爵領を占領した後、誰がその地を新しく治めるかで揉めている。

 ただし表立っての戦闘行為はほぼない。

 政治の舞台でバチバチやっているらしいので、俺たちの知らぬことだ。

 ただギードさんたちには関係ありそうなので、要注意だった。


 という感じに警戒が緩んできた水曜日。

 それは学校が終わる直前だった。


 カンカンカンカンカン……。


 ラニエルダの警鐘が新北門から鳴り出した。それを受けて、今度は北東門、新東門からも同じように鐘の音が鳴り響く。


 ――ゴブリン・スタンピード。


 ついにゴブリンが大群で押し寄せてきたのだろう。

 俺たちの間に緊張が走る。


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