45.エドのうんち

 火曜日。

 だったよな、うん。

 毎日カウントしているがわからなくなりそうだ。

 日曜日になればパンが出るからわかるんだけど、数えるのは結構面倒だ。


 一昨日、日曜日だったはず。


 朝からなんでそんなことを考えているかというと、今日は俺の体調不良のため臨時休業となることが先ほど決まった。


 みんなで朝食を食べたのだけど、その後からだから朝ご飯かもしれない。

 俺以外は今のところ健康そうでよかった。

 それだとご飯は関係ないかもしれない。


 腹が痛い。

 下痢ではないのが幸いだが、なぜだか腹が痛い。


「というわけで、腹が痛い」

「むにゃぁ」


 ミーニャが残念そうに鳴く。


 別に拾い食いとかはしていないのだが、なぜなんだ。


「癒しの光を――ヒール」


 ミーニャもヒールが使えるようになったので、一応使ってもらったが、一時的にはよくなるものの、またぶり返してきた。


「やっぱり、ダメだった」

「そっかぁ」


 ミーニャも残念そうにする。

 かといって、ずっとミーニャに見てもらっていても、何もすることがない。

 逆に風邪の類であれば、感染してしまう可能性もある。


「風邪かもしれないし、ミーニャは外で遊んでくるように」

「そんなっ、エドっ」

「まぁそんなしょんぼりしないの。ラニアを連れてラニエルダの警備でもしてきたらどうかな」

「うっ、うん。わかった。エドがそういうならそうする」


 お、意外にも素直に俺の言うことを聞いた。

 以前なら絶対に離れないとか言いそうだったのに、どういう風の吹き回しなのだろうか。


「じゃあね、エド、ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい、ごほごほ」

「大丈夫?」

「大丈夫、腹が痛いだけだ。ほら」

「うん、行ってきます」


 何度も後ろを振り返ったけどミーニャが家を出ていく。


 ミーニャの父親、ギードさんは籠作りをしているお隣さんの家に避難している。

 ミーニャの母親のメルンさんは、そこでお湯を沸かしてくれている。


 お湯に何やら知らない薬草を入れていた。


 少ししたらそれを持ってきてくれる。


「ほら、胃腸薬。なんか黙って食べた?」

「うんにゃ、何も」

「そうかねぇ。盲腸じゃなければいいんだけど」

「さすがに盲腸じゃないと思うよ。あれは死ぬほど苦しいって聞くし」

「そうらしいねぇ、なんだろうね」

「さあ」


 とにかく薬草茶を貰った。

 普通のお茶とか持ってないのに、こういうのは持っているという。

 なかなか薬師だか治療師としてちゃんとしている。


 ヒール系統も使うし、こうして薬が有効なら薬も使うのだろう。




 薬を飲んだら、ぽかぽかしてきていつの間にか眠ってしまった。

 起きたら近くにメルンさんがいる。


 そしてミーニャが帰ってきていた。ガン泣きしている。

 え、なんで泣いてんの。

 近くにはラニアもいるが、こっちは、うっ、はっきり怒ってる。


「ひくっ、ひくっ、ひくっ」


 もうワンワン泣き終わったのか、今はヒクヒクしていた。

 目は赤くなっていて、涙が流れた跡が少し痛々しい。


「ミーニャ、どうした? 俺は生きてるぞ」

「うん。違うの……エドは悪くないよ。そうじゃなくて、あいつらが、あいつら」


 ミーニャが口が悪いのは珍しい。


「あいつらがどうしたの?」

「ううん……」


 俺がやさしく問いかけると、ミーニャが言いよどむ。

 こういう感じも珍しい。

 いつももっと何も考えていないような雰囲気なのに、本来はそこまで能天気ではないのだ。

 あの能天気は俺を心配させないように、半分はわざとそう振る舞ってる可能性がある。

 俺のことを思ってそうしているのだ。


「怒らないから、教えてほしいな」

「あのね、あのね、エドと私のこと『エドのうんち』ってバカにしたの」


 あーね。


『エドのうんち』


 そう来たか。


「どこのどいつだ」

「知らない子。たぶん北側のスラムの子」

「あぁ、誰かはわからんが、なんとなく理解した」


 このラニエルダ、実は俺たちがいるのは東地区になる。

 そしてラニエルダは北門前まで広がっている。

 住民はそれぞれ普段使う近いほうの門の地区に、なかば所属しているのだ。

 北東の中間付近は緩衝地帯なのか、まだ家が建っていない。

 北門前にはミランダ雑貨店がある。

 東門にはドリドン雑貨店、というふうに生活圏自体が異なる。

 要するに東地区と北地区はいつも仲が悪い。


 その北地区のガキどもも、俺たちのことを名前と顔くらいは知っている。

 そして普段俺、エドの後ろを歩いているミーニャ、それから俺自身を含めて『エドのうんち』と言ったわけだ。

 この言い方はミーニャが俺の後ろを歩くようになってすぐに誰かに命名されて、ミーニャは大層、嫌いな表現だった。


 日本にもよく似た表現がある。

 あれあれ「金魚の糞」だ。

 こっちの世界では金魚を飼っている人が少ないので、金魚は想像しないけど、言いたいことはおおむね同じだ。


 そりゃ怒るわ。


 でもミーニャは怒ってないで泣いている。


「エドがバカにされたんだもん。悲しいよ。今、苦しんでるのに」


 あぁ、俺が弱ってるからか。


「ちなみにバカにしたやつらは、どうなった?」

「ラニアが『ファイアボールぶつけんぞ』って杖を振り回して追い払った」


 まじでファイアボールなんてぶつけたら死んじゃうから、本気ではないのだろうが。

 その気持ちは本物なのだろう。


 怖い怖い。


『エド君が殴り返さないなら、ハリスが謝るまで私が代わりに殴り続けてやる』


 以前、ラニアが怒ったときの台詞がこれだ。

 いくらか前にも一回話題になったはず。


 殴るくらいならまだいいが、ファイアボールは危険が危なすぎる。

 ラニアも美少女なのだが怒らせると怖いので、同年代は少し遠巻きに接している原因のひとつだ。


「ほら、ミーニャ、俺は大丈夫だから、こっちおいで」

「うん」


 ミーニャをよしよしする。

 頭を撫でる。


 こうすると少し落ち着く。

 それからギュッと抱きしめる。


 ミーニャが頭をこすりつけてくる。

 ラニアも一緒になって、そっと寄り添ってくれた。


 なんだか、まぁガキンチョのすることだから、目くじら立てても仕方がないのかもしれないけどね。


 そもそもミーニャはラニエルダのお子様、特に女子からの支持が高い。

 ミーニャのサラサラ金髪のロングヘアはあこがれの的だ。

 男子もまんざらではない。

 そんでもって、そんなミーニャを好きな男の子は多い。

 さらに俺というコブがついているので、面白くなくて注目を浴びたいので、からかおうと。


 そこで『エドのうんち』発言である。


 以前は俺が追い払ったり、本気でミーニャが怒ったりしたので、東地区の子はとっくに学習したんだけど。

 そうか、北地区の子たちはまだ思い知っていないんだな。


 まぁあれだよね、俺を批判しようという意図なんだろうけど、ミーニャには逆効果だよね。

 俺という他人を下げても自分の評判は上昇しない。相対評価じゃないからね。

 この発言で彼らへのミーニャからの好感度が上がることはないということだ。


 理解してくれるといいんだけど。

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