7.ミントの売上、それから干し肉

 日曜日。

 スラム街だからといって、全員が単価50円の豆生活なわけではない。

 もう少し裕福な人は多い。

 このスラム街そのものが誕生して八年。まだ代々スラム街生まれで、スラムが骨の髄まで染みついている、という人はいないのだ。

 だから元はそこそこ以上の生活をしていた人も多い。

 スラムに移住当初は極貧でも、この八年で当初より余裕が出てきた人もいる。


 ということでミントティーはかなりの好評だった。


 山のようなミントティーの乾燥茶葉は、販売から三日目の今日、全部売れてしまった。

 もちろん、俺たちは一日目、二日目と夕方に売り上げの様子を見に行き、追加生産を決めた。


 だから毎日の分だけのホレン草、カラスノインゲン、タンポポ草を採りつつ、ミントの採取をすることにした。

 エルダタケも二株だけど見つかった。


 スラム街はそこまで規模が大きくないので、人気になったとしても、たかが知れている。

 やはり山盛り一杯を採取して、夕方前に納品した。


 それから売上をもらった。

 山盛り一杯で25ビンになった。合計で5,000ダリル。お店の手数料20%を引いて――4,000ダリル。



 乾燥ハーブティー、銀貨四枚。



 俺たちの採取による初収入だった。

 日雇いでも収入のいい日は銀貨一枚も行かないくらいだから、単価でいえば、かなりいい。

 洗濯は銅貨三枚だったし、少ない日はそれくらい。

 さらに仕事が丸々ない、収入ゼロの日もある。


 上々ではなかろうか。


 素晴らしい。


「やったね、ミーニャ」

「うん、やった、やった。お金もらえたね。エドえらい」

「ふはははは」


 お金を手に入れると、人が変わるという。

 俺たちは臨時収入を得て、有頂天だった。


「ドリドンさん、干し肉ください。銀貨一枚分」

「はいよ」


 干し肉を買った。干し肉三枚で銅貨一枚くらい。黒パン一個分だ。

 だから干し肉を三十枚買えた。


 よし今夜は干し肉で豪華な食事だ。


「「ただいま」」

「おかえりなさい」

「銀貨四枚になったよ、銀貨一枚は干し肉にしてきた」

「まあ、それじゃあ今日は干し肉ね」

「うん」


「ほう、すごいじゃないか」


 ギードさんも褒めてくれた。


 ということで今晩のメニュー。

 今日は日曜日だ。

 だからまず黒パン、一人一個。

 イルク豆とカラスノインゲンのニンニク炒め。

 干し肉とエルダタケとホレン草の、うま塩スープ。

 タンポポサラダ、ほんの少し干し肉を散らす。

 それからハーブティー。


 料理もできて全員が車座になって木の床に座る。

 日曜日は特別だ。教会に行かない代わりに、夕ご飯前に祈りを捧げる。

 食事が豪華なのは、本来は神に捧げるためにあるのだ。


 メルンさんが両手を合わせて、幹事を務める。


「ラファリエール様へ、日々の感謝を捧げます」

「「「毎日、見守ってくださり、ありがとうございます。メルエシール・ラ・ブラエル」」」


 意味はよくわからない。

 たぶん、古語で「聖なる神へ感謝します」だと思う。

 自信はないけど、以前に母親がそう言っていたと、おぼろげながら記憶がある。


「よし食べるぞ」


「うまうま」

「美味しいぃ」

「美味しいわ」

「うまい、うまいぞ」


 ギードおじさんはホクホク顔。

 メルンおばさんはニコニコ笑顔。

 そしてミーニャは満面の笑みで、バクバク食べている。


 特に肉とキノコの出汁だしが出たスープは絶品だった。

 ニンニク炒めもうまい。

 タンポポサラダに小さくちぎった干し肉を入れると、アクセントがいい。

 ちょっとしたことが美味しさにつながってくる。


 久しぶりに豪華な食事になった。


 いつもの日曜日は一人干し肉三枚をそのままかじっていたけど、調理するのも美味しい。

 もちろんそのまま食べるのも捨てがたい。

 三十枚、全部使いきったわけではなく、しっかり残してある。

 元から食べる分の干し肉が四人三枚で十二枚あったから、それに追加した。

 残りは二十枚。それから銀貨三枚。


 そしてミントはまたお店に出したから、その売上が入る予定となっている。


「今日も美味しかった。おやすみなさい、エド、んっ」


 今日もミーニャが抱き着いてきて、ちゅっとほっぺにキスすると、寝る体勢に入った。

 ミーニャの抱き枕を抱えつつ、俺も横になる。


 しかし、考えなければならない課題もある。


 まず、このままミントを採り続けると、採りつくしてしまう危険性がある。

 今のところは大丈夫だけど、この草原はスラム街の人が木を切った範囲だけだから、それほど広いわけではない。


 それから模倣品の販売。ライバル店だ。スラム街の城門付近の地区ではドリドン雑貨店しかないけど、先の地区にはミランダ雑貨店もある。

 ハーブティーとして売っているので、元の草くらいは判別が付きそうだ。

 そうなると、同じように草原で採って売る人が出てくるかもしれない。

 自家用にする人はいいとしよう。

 実際問題、自家用に自分でやるより時給と手間を考えれば、買ったほうがコスパは高い。


 他には、すでに飲んだ人の中には、あまり好みではなかったという人も少なからずいる。

 どうも、スーッとするのが苦手のようだ。

 実はこれには腹案がある。



 それにしても、干し肉とキノコのたっぷりスープは絶品だった。

 おそらく旨味成分の相乗効果というのだと思う。

 恨むべくは、どちらも今のところ貴重品だということだ。

 特にキノコは、都市内でもまったく流通していない、と思う。見たことがない。

 おそらくドクエルダタケモドキと混同した結果、毒キノコであると見られている。

 そりゃあ茶色いキノコを食べたら、腹が痛くなったっていう体験をすれば、そう判断するほかないと思う。


 ところでギードさんは、50ダリル*4人*3回の600ダリル/日も稼いでこないのだろうか。

 日曜日の食事や塩、その他の代金も含めると1,000ダリル/日くらいか。

 結構仕事自体はしているふうに見受けられるんだけど、効率の悪い仕事についているのか、借金があるのか。

 それとも何か特殊な事情があって、隠れ住んでいるのか。


 明日の朝にでも、聞いてみるかな。

 俺も寝よう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る