第7話 旅の仲間

「合流地点で会えなかったから、この辺かなと思って探していた。何かヘマでもした? もしくは……」


 テーブルのそばに立っていたのは、群青の外套を身に着けた黒髪の青年。甘い顔立ちに愛想の良い笑みを浮かべ、透き通るような紫色の瞳でアリスを見ていた。


「友人のエイルだ。一緒に行動していたんだが、はぐれた。いずれどこかで会えると思って、全然気にしていなかったけど。早かったな」


 ラファエロの説明の前半はアリスへ向けて。後半は青年、エイルへの呼びかけだった。

 気安い調子で、示し合わせた嘘とも思われない。

 様子を見守っていたアリスは、躊躇いながら「アリスです」と短く名乗った。

 エイルは、目を細めて笑みを深めた。


「エイルと申します。ラファエロが女性と一緒というのが珍しくて、驚いています。偶然朝食をともにしているようには見えないんだけど……、あ、そうか。一夜を」

「違う」「違います」


 にこっと人懐っこくすら見える笑みを向けられた瞬間、ラファエロとアリスの声が見事に重なった。


「一夜を、以上まだ何も言ってないよ。何を想像したのかなぁ二人とも。息ピッタリだね?」

「『一夜を』に続く言葉、他にどう解釈しようがあるんだ。ここははっきりさせておくところだが、一晩一部屋で一緒に過ごしても一切何もなかった。疑うことすらアリスに対して失礼だ。口を慎め」


 ラファエロは一分の隙も見せないとばかりに、きっぱりと言い切った。


(「一晩一部屋で一緒に過ごしても一切何も」たしかにそうなんだけど。力強い断言……)


 口を挟むことなく二人のやりとりに耳を傾けていたアリスであったが、思わずラファエロの顔に目を向けてしまう。

 純潔の保証は大変ありがたい。よもや「女として軽んじられた」と無駄に矜持を振りかざすつもりも無い。

 しかしそこまでムキになられると、ラファエロの方こそ何かのっぴきならない事情でもあるのかと、心配になってくる。

 アリスの視線にラファエロが気付き、目を見開いて声を出さずに口の動きで「なに?」と聞いてきた。

 軽く首を振って、なんでもない、と伝える。

 そのとき、ふっと風が流れた。


「おっと、駆け落ち新婚のお二人さんじゃないかい。昨晩は良い夜を過ごせたかい?」


 前日、たまたま話した宿の主人が、テーブルのそばを通り過ぎがてら、ばちんと片目を瞑って声をかけてくる。

 ラファエロが笑顔のまま固まった。

 エイルの笑みが、さらに人の悪いものになった。


「なるほど。お楽しみだったわけだ。僕を置き去りにしたあげく、自分は……。ラファエロってそういう奴だったのか」


 主人はエイルをちらっと見て「はっはっは。良い朝だと思ったら修羅場かい。仲良くやんなよ」と適当に自分の中で納得して立ち去ってしまう。

 固まった笑顔のまま、ラファエロは主人の後ろ姿を見送る。テーブルから十分に離れたのをみはからって、すかさずエイルに向かって言った。


「ひっかき回すのはやめろ。彼女は本当にそういうんじゃない。訳ありで、たちの悪い連中に追われているかもしれないんだ。俺はこのまま彼女を保護して、本国へ向かう。この話は、お前にも無関係じゃない。追々話す。だけどその前に、その軽口はやめるように。ただでさえ、道中得体のしれない男二人に女性が一人なんだ。道々、嫌な思いをさせてしまう」


 あまりにも真面目で、切々とした話しぶり。

 宿屋の主人に合わせて、余裕たっぷりに新婚を演じていたときとは違う。


(あのときは、さすがこの見た目を裏切らない伊達男と感心してしまったのだけど……。いろんな表情のあるひと、かな。それでも、私のことを「守る」という一点だけは、ブレてはいないように見える。私は、そんなラファエロのことを、この先心の底から信じられるようになりたい)


 ひとは自分の信じたいものを信じる。ラファエロを信じたいと願っているからこそ、冷静さを失わないでいなければ、とアリスは自分に言い聞かせる。

 彼について、アリスはまだ何も知らない。


 一方、たしなめられた形になったエイルは、さすがにそれ以上混ぜっ返すこともなく「わかりました」と短く返事をした。

 アリスに向き直ると、胸に手を当てて告げる。


「エキスシェルの魔導士です。ここからは僕も同行します。どうぞよろしくお願いします」

「魔導士……」


 アリスは目を瞠って、小声で繰り返す。


(もし高位の魔導士なら、爵位を受けている可能性もある。エイルはエキスシェルの貴族……? だとすれば「友人」であるラファエロも)


 王宮に話を通す際に、何かしらのとっかかりになるかもしれない。

 少しだけ希望の光が見えた気がしたが、すぐに(甘えてはだめ。頼ってはいけない)と思い直す。

 ラファエロに出会い、助けてもらえたのは望外の幸運なのだ。そこに寄りかかることなく、自分のできることをきちんとしなければ。


「魔導士は珍しい?」


 アリスの反応をどう捉えたのか、エイルは楽しげな様子で尋ねてくる。

 その澄んだ紫水晶の瞳を見上げて、アリスは心を決めた。


(互いに伺いあってばかりではいられない。私自身が信頼を得るためにも、話せることから話していこう)


「私も魔導士です。癒やしの魔法に特化した能力で、普段は薬の効力を高める使い方をします。エキスシェルに行き、仕事を得ようと考えています。どうぞよろしくお願いします」


 一息に言って、頭を下げた。

 上げる前に、「へぇ」とエイルが呟いたのが耳に届いた。

 どことなく、挑戦的な響きであった。


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