第15話 : 北方諸国連合

———  「急報!急報!魔王軍がグライフヴァルト襲撃!グライフヴァルト襲撃!」


突如、勝利の余韻に浸るヘリーディンの兵士駐屯地に伝令係の声が響く。その声色は、動揺によって染まっていた。


 「グライフヴァルトだと.....伝令!それは本当なのか!?グライフヴァルトで間違いないのか!?」


 中年のどこかの隊長が、伝令へと言葉を放っている。


 周りの兵士たちもざわめき始めた。


 「スミス!地図を持ってきてくれ!伝令係!“キール”と“ハノファ”の街は抜かれたのか?」


 メンフィスは、伝令に尋ねる。


 「いえ!キールもハノファも小競り合いはあったものの、魔王軍には抜かれていないとの事です!」


 「抜かれていないのか.....ちなみにグライフヴァルトを襲っている魔王軍の規模はどれくらいだ?」


 「まだ確かな情報は無いですが、推定で五万ほどだそうです!」



 「五万だと!?」


 メンフィスは、珍しく動揺していた。

映太と官介は、未だに魔王軍がまた攻めてきたという事しか理解できていない。


 「隊長!こちらが地図です!」


 スミスというギーセン隊の伝令係から地図を受け取ると机の上に広げる。


 映太、官介、ハトホルの三人も一緒になって地図を見た。


 映太は、地図を見て驚く。


 「えっ!?グライフヴァルトってここ?なんで.....」


 メンフィスは、真剣な表情で地図を見て考えていた。

 

グライフヴァルト—— 聖王国の北部エリアに所属する街で主に農業が盛んな街である。


 問題なのは,であった。魔王軍との現在の国境からだいぶ離れており、首都“リンベル”の北5kmにある。


 首都からたった5kmである。

この街に5万という大軍が攻めてきたのだ。そして、グライフヴァルトには、駐在している兵士は少ない。


 “この街が攻められるとは”誰も思っていないからだ。


 「でも、どこから?叔父さん!キールとハノファは、抜かれていないんでしょ?」


 「ああ。そうらしい。どこから5万もの敵が来た....」


 四人は地図を見つめている。

魔王国から攻めてきたのであれば、“キール”、“ハノファ”という国境付近の二大要塞都市を抜けなければならない。


 また、ファンブルガという首都の西側に位置する街には魔王軍は来ていないという。


 官介が指を差す。そしてメンフィスがそれに対して頷く。


 「官介君....多分それしかない....だが、あり得るのか?」


 官介の指すのは、この大陸の東端から西端まで連なる山脈。大陸最北に存在しており、聖王国と魔王国、両方を跨いでいる。


長年、ここを通ろうとする者は、いなかった。

————というよりもできなかった。


 剣の様に切り立った岩肌で歩くルートなどは、無い。標高も高く、軍を通すなどは不可能であった。


 また、麓付近には、聖王国の監視もあり、北方連合諸国も見張っている。

 

 勿論、監視も万全というわけじゃなく、山の裏側を通れば、わからないかもしれない。だが、異変には、感づくだろう。メンフィスは、そう言った。


 「北方諸国連合.....は、抜かれていないんですか?」


 官介の問いに、隅に立っている伝令係のスミスが言う。


 「はい!北方諸国連合から魔王軍してきたという報告は無いようです!」


 「裏切りか.....」


 メンフィスは、地図を見ながら呟くように言った。


 官介もそれしか考えられないと言った面持ちだ。


北方諸国連合——— 以前、グスタフの話にあった30年前の“グランデンの大虐殺”を機に、聖王国から離れていった者たちで建国された4つの小国である。


 離れていったと言っても、建国後、聖王国とは友好関係であり、魔王軍への抵抗を聖王国と共に行ってきた。


 「“エストリア”の国王は、名君として有名だし、

“ラトアニア”と“リト”は、軍事訓練でよく知っているが、魔王軍に付くというのは考え辛い....」


 メンフィスは、地図を凝視する様に見つめており、その顔にはいつもの明るさはない。


 「でも、グライフヴァルトは、位置的にも“エストリア”と“ラトアニア”を通過しないと届かないですよね?」


 官介ももう一度、地図を指でなぞりながら言う。


 「ともかくだ。我らもリンベルへ行こうと思う。間に合うかはわからないが。」


 映太と官介は、互いに顔を見合わせて、頷くと、


 「メンフィスさん。僕たちも同行させてください!」


 「いいのかい?君たちは仲間と合流をするのでは?」


 「聖王国が滅んだらそれどころじゃないですから。それにきっとあいつらなら戦場に行くはずです。」


 「そう言ってくれるならありがたい!こちらこそ同行を頼む!」


 メンフィスは、そう言うと頭を下げる。


 「また宜しくね!二人とも!」


 ハトホルは、笑みを浮かべて言った。


 「では、早速向かうぞ!スミス!隊員に出立の準備が整い次第、リンベルへと向かうと伝えてくれ!」


 「はっ!」


 メンフィスたちと外へと出ると、そこには40代後半ぐらいの中年の騎士がいた。顔つきから何度も戦いを潜り抜けてきた、そんな雰囲気が伝わってくる。


 「メンフィス様。お話があります。」


 「ビスク!どうした?」


 そのビスクという男は、メンフィスと顔見知りのようで、官介は戦場で顔を見た記憶があった。


 「我ら聖王騎士団第二軍団ヤトワール隊をギーセン隊に同行、リンベルへと赴く所存でございます!」


 ビスクは、膝をつき懇願する。そして、メンフィスが少し迷っているのを見て、続ける。


 「第二軍団長へは、話を通し、許可を頂いております。」


 メンフィスは、小さくため息を吐くと、


 「わかった。ついて来い!準備が整い次第出るぞ!」


 「ははっ!感謝致します!」


 そういうとビスクは、側近を二人ほど連れて、戻っていった。


 後で話を聞くに、臨時的にギーセン隊に編入という事なのだろう。


 ビスクは、昔からユーフラテス家に仕える騎士であり、ダズマット率いるヤトワール隊の副隊長であった。


 こうして、映太と官介は、メンフィスとハトホルと共に、ギーセン隊二千人とヤトワール隊三千人、合計の聖王騎士団と魔王軍迫る首都“リンベル”へと向かった。




———— 時は遡り、映太たちが、ヘリーディンでの戦いを開始する前夜。


 五郎、慶三郎、阿子の三人は、グスタフ、ダルシードと共に、エレファンティスで、首都”リンベル“到着間近という所であった。


 「グスタフ団長、失礼致します。」


 「ヘリーディンの戦況はどうだ。」


 エレファンティスの荷台に伝令係が、乗り込んできた。グスタフは、いつもの険しい顔で聞く。


 「はっ!現在、ヘリーディン西に5kmといった距離で魔王軍と聖王国軍の戦闘が繰り広げられております。状況は、一時押し込まれていたものの、再び押し戻しているとの事です。」


 「わかった。」


 「軍事評議会は、一週間ほど遅れての開催という事になるそうだ。勇者よ。悪いが少しファランクファルトに到着するのは遅れる。」


 ファランクファルトは、現在ヘリーディンへの援軍などの配置で、通行が規制されているそうだ。


 「いえ。構いません。一ヶ月ほどの訓練やエレファンティスに乗せてもらえただけ感謝しかありません。」


 五郎がそう言うと、鼻で笑うように息をし、グスタフは、地図に目をやっていた。


 「でも、ウチらも行かなくて大丈夫なんか?街まで5kmって言えば結構近いぜ?」


 慶三郎の言葉にダルシードが言う。


 「ああ。彼方には、第二軍団と第四軍の西寄りの隊が援軍に行くことになっている。」


 外から一人の兵士が荷台へと声を掛ける。


 「もうすぐ、リンベルに到着致します!」


 荷台の窓から阿子が顔を出して、前方を見ると、とても高い外壁に囲まれた街。

 この世界で見てきたどの街よりも遥かに大きく外壁周りには、戦争でもあるかのような警備を行う兵士たちがいる。


 「見てよ!五郎、慶三郎!すごい!めっちゃ大きいよ!」


 「さすが、首都だな!」


 首都リンベルが見えてきた。聖王国の首都であり、第四軍団本隊三万が常時駐在する、聖王国の心臓である。


 外壁近くまで来ると、エレファンティスの三倍ぐらいある高さの外壁に圧倒される。


 検問も厳重で、物々しい雰囲気が漂っている。


 「グスタフ軍団長!お疲れ様です!第三軍団駐屯地は、あちらに用意してございます!」


 検問の兵士が指差す方向には、平地があり、そこに沢山のテントなどが準備されていた。


 「ダルシード、各隊長、兵士に伝えよ。」


 「はっ!」


 そんな光景を見て阿子が少し不満そうな顔をしている。


 「せっかく首都に来たのに中には入れないの??」


 五郎たちの案内役レビー一等兵が答える。

 

「ははは。阿子さん、流石に首都リンベルでも来た兵士たちを全員収容したら、パンクしちゃいますよ。リンベルを経由する時は、いつも外の駐屯地なんです。でも、中には入れますよ。」


 いつもの優しい表情でレビーが言うと、そっかーと上機嫌に切り替わる阿子であった。


 「それにしても、兵士多いな!これみんな軍事評議会ホーリーカウンシルに出席するのか?」


 慶三郎は、周りを見回して言う。


「いえいえ。流石に全員は、ファランクファルトには行きませんよ。

 軍事評議会ホーリーカウンシルの開催日を目安に私たち第三軍の隊も前線に交代で入るんです。

 まあ、とは言っても、私たち第三軍は、要塞都市キールの担当なので、ほとんど魔王軍との戦闘はありませんけどね。」


 第三軍の駐屯地に着き、エレファンティスを降り、レビーが宿泊するテントまで案内する。


 すると、陽気な声色がした。


 「おうっ!慶三郎!お前たちも到着したかぁ〜。阿子ちゃん久しぶりぃ〜。」


 第三軍団のルーカス隊長である。ルーカスは、相変わらず軽そうな外見に軽そうな言動で五郎たちの方へと近づいて来る。


 「師匠!師匠もいたんすね!」


 「いちゃ悪いのかよぉー」


 慶三郎は、決闘後、ダルシードの薦めもあり、ルーカスに指南を受けていたのだ。五郎たちより数日早くルーカス隊は、出立していたのだった。


 「はあ。慶三郎は、カイセルさんにルーカスさんに決闘するとすぐ、師匠にするわね。」


 阿子が呆れたようにため息をつく。

五郎は、阿子の隣で爽やかな顔で笑っていた。


 「師匠は、前線に行くんです?」


 「ああ!そうだとも!でも、ヘリーディンで戦闘が開始してるから、数日ここで待機だけどなぁ〜。」


 「じゃあ、師匠出発まで訓練しましょーよ!」


 「お前、ホントに訓練好きね.....」


 ルーカスが呆れたように慶三郎を横に見て言う。


 すると、ダルシードが戻ってきた。


 「五郎。とりあえず、今日は街へは入らずにここで休めとの事だ。明日、リンベル観光でもしてこい。」


 「はい。どれくらいの期間滞在するんですか。」


 「ヘリーディンの戦況次第だそうだが、2、3日の予定だ。」


 「わかりました。」


 慶三郎は、それを聞くと笑顔を浮かべ、ルーカスを見る。


 「じゃあ、俺は、師匠と訓練するわ!ルーカス師匠!お願いしますね。」


 「.......」


 ルーカスは、呆れた顔を貼り付けながら、慶三郎に引きずられて行った。



 翌日、五郎と阿子は、レビーと共にリンベルの街中へ入り、観光する事にした。


 慶三郎は、勿論ルーカスと訓練をしているそうだ。


 リンベルの街は、兵士や身分が高そうな人々が多く、アズブルグのような行商人や出店で賑わっている雰囲気とはまた違っていた。


 街並みは、木造の家屋や高い建物が規則正しく、並んでいる。


 聖王国の経済などを担う施設が多く、王国の政治を司る議事堂や、国王がいる城などがある。


 「すごいね!少し私たちの世界と似てるかも!」


 「そうだね。ヨーロッパのような雰囲気だよね。」


 リンベルの街並みを一通り見回って、テラスがあるレストランで昼食を取る事にした。


 一通りと言っても、リンベルを余す所なく見るには、数日は掛かるだろうという広さがあった。


 そよ風が街中を駆けていて、とても心地が良い。

そんな中、テラスでの食後のひと時を満喫していた三人に歓声のような声が聞こえる。

 

 三人は辺りをキョロキョロと見渡す。

レビーが椅子から立ち上がる。


 「どうしたんでしょう?」


 「なんか有名人でも来るのかな。」


 五郎は、紅茶を飲みながらに言う。


 すると、三人がいる通りを新聞のような紙をばら撒きながら声を出す青年が見える。


こちらに近づくに連れて、何を言っているのかが聞こえた。


 「号外!ごうが〜い!ヘリーディンで魔王軍との戦闘に勝利!魔王軍との戦闘に勝利〜!」


 道ゆく人々は、その紙を拾い、読んでは歓声を上げていた。


 「!?」


 「勝ったんだ!」


 阿子が嬉しそうに落ちている紙を拾いに行く。


 テーブルに置くと三人で観れるように広げる。


そこには、

    ”ヘリーディンにて魔王軍を返り討ち!”

の見出し。


 「魔族を一人撃破だって!第四軍ギーセン隊副隊長ハトホル・ユーフラテスが止めを刺しただって!この人女性よ!カッコいい!!」


 阿子が、目を煌かせて新聞を読んでいた。


 そして、その日の夜。リンベルは、お祭りムードへと街は変わるが、聖王騎士団の元に届いた報せは、信じられないものであった......


———— リンベル第三軍駐屯地。

 グスタフは、アズブルグから軍事評議会ホーリーカウンシルへと同行させる兵士500名、そして、先に到着していたキース前線警戒への交代要員ルーカス隊ほか3000名を集めた。


 壇上に登り、横にダルシードを引き連れて、グスタフが口を開く。


 「すでに報せが届いている者もいるだろう。信じ難い....だが、現実である!!

 現在、魔王軍がここリンベルより北のグライフヴァルトを強襲。

 経路は未だ不明だが、グライフヴァルトの陥落も時間の問題である!!

 我ら第三軍団は、急遽、魔王軍対応に当たる!

決して、リンベルに近寄らせるな!!!」


 グスタフの声は、駐屯地の夜空に響き渡る。

兵士たちは、落ち着かない、理解が追いついていない者が殆どである。といった様子であった。


————「”心せよ!!!これは、聖王国の存亡を賭けた一戦である!!!“」


 


 




 


 







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