第13話 : ヘリーディン攻防戦(前編)
——— ファランクファルトから西南に20kmほどの場所に位置する街ヘリーディン。魔王軍との前線に接する聖王国西部の街は、要塞化が進んでおり、このヘリーディンも例外でなく、第一軍団2000名が駐在している。
このヘリーディンに魔王軍の先遣隊と思われる数百の魔王軍が進行中との報せが入り、急遽、メンフィスたち第三軍団ギーセン部隊とともに、映太と官介は、魔王軍との戦闘に向けて進軍した。
象と
その乗り心地は、冗談でも良いとは言えないが、現実世界の車ほどの速さで進んでいく。
すでにあと数日でヘリーディンへと到着する。
「到着するまで、もちますかね?」
メンフィスの側近が、不安気な表情で口にする。
毎日、伝令が情報を共有してくれるが、開戦してすでに3日が経過していた。
戦況は、一時危ぶまれていたが、第二軍の援軍一万が到着し、なんとか押し返したそうだ。
だが、魔王軍の方が兵站を確立させているらしく、続々と追加戦力が投入されているとの事でいつ押し込まれるかが、不安視されている状況だった。
「第一軍は、援軍が到着していないらしい。本部は何を考えているんだ!」
「まずは、北側から魔王軍の兵站を切らなければいけない!!」
「いいや!まずは、デュッセムドルフまで押し込んでからじゃないと——」
分隊長たちが、連日議論を重ねている。
「官介君、どう見る?」
メンフィスが、官介に意見を求める。きっと訓練の延長なのだろうと映太は思っていた。
「第一軍をヘリーディンに向かわせるのは得策じゃないと思います。これが本当に先遣隊じゃなかったら....それこそ聖王国は、取り返しのつかない事になると思います。」
メンフィスは、官介の考えを聞くと微笑んで言う。
「そうだ!騎士団上層部も官介君の意見と同じように見ている。今回の侵攻は、魔王軍にしては規模が小さい。誘導の線で一気に北側を攻めるつもりかもしれない!」
そんなやり取りを進めていると、前方に城壁で囲まれた街が見えてきた。
そして、その向こうでは、夜空が明るく光り、黒煙があちらこちらから立ち昇っていた。
あの街が、西部の南に位置するヘリーディンだ。
昔は、南部と西部の中間地点として、行商人で賑わいを見せていた。
「もうすぐでヘリーディンに到着するぞ!皆準備を整えよ!」
メンフィスが、声を張り上げた。兵士たちの表情は固く、暗い。
映太も初めての魔族との戦争だ。不安と緊張で腕が震えていた。
ヘリーディン東門には、エレファンティスで運ばれてきた兵士たちでごった返していた。
映太と官介は、メンフィス、ハトホルとエレファンティスを降り、状況を確認しに前へと歩く。
すると、一人の兵士...いや、身なりからして隊長格であろう。一人の男性がメンフィスへ声をかけてきた。
「メンフィスじゃないか。お前も援軍か。」
その兵士は、メンフィスと同じ、褐色の肌に長い黒髪を後ろで束ねている。
「ダズマット兄さん、お元気そうで!」
そういうとがっしり二人は、握手をした。
兄さんと呼んでるところを見るとメンフィスと同じユーフラテス家の者なのだろう。
「ハトホルも元気そうだな。」
「ダズマット叔父さんも相変わらずそうで!」
すると、映太と官介にハトホルが小さい声で喋る。
「あの人は、ダズマット叔父さん。メンフィス叔父さんの異母兄弟で第二軍ヤトワール隊の隊長よ。」
ヤトワールというのは、南部西側地域の事を言い、そこの隊長という事は、かなりの経験者だと思った。
「兄さんも援軍に?状況はどうなんだい?」
「ああ、ヨーデルの隊も来てるが、やばいな。戦線自体は、耐えているが、兵士たちがボロボロだ。
いつ押し返されてもおかしくない。」
ダズマットの顔は、険しい物に変わった。
「ヨーデル兄さんも来てるんですね。
私の隊も準備が整い次第前線へと向かいます!」
「ああ、メンフィス。武運を祈る。」
「ダズマット兄さんも。」
ダズマットは、兵士たちが群がっている方へと去っていった。
城門には、大量の物資や援軍に来た兵士たちで溢れかえっている。
メンフィスは、人の群れをかき分けて進んでいく。
検問している兵士を見かけるとメンフィスは、大声で言う。
「第三軍ギーセン隊隊長のメンフィス・ユーフラテスだ!」
そういうと、検問所にいる一人の兵士が、こちらに来て、
「メンフィス隊長!よく来てくれました。援軍の方は、北側にお回りください!」
「わかった!ハトホル、映太君!至急戻って北側にエレファンティスを回すよう伝えてくれ!官介君は、私とこちらへ!」
「了解です!」
そういうと映太は、ハトホルとともに、ギーセン隊が待つエレファンティスへと戻る。
官介は、メンフィスに付いて、人をかき分け、街内に向かった。
街の中にも多くの兵士たちで身動きが取りづらい。通路脇には、多くの負傷兵が集められている場所もあった。
街全体で負傷兵の看病、兵士への配膳やフォローをしているようである。
時折、西側から大きな爆発音が聞こえる。メンフィスの後を必死でついて行く官介。
メンフィスは、城壁に登る階段に向かっていた。
階段に着くと、兵士が階段を閉ざしている。
もちろん、一般人や兵士以外の者が立ち入らないように見張っているのだが。
「第三軍ギーセン隊隊長のメンフィスだ。状況確認のため、通りたい!」
メンフィスの雰囲気は威圧感が漂っているような、いつもの人柄の良い人物像とは対照的であった。
「か、かしこまりました!メンフィス隊長!どうぞ!」
見張りの兵士は、メンフィスの顔を知っているようで慌てるように許可を出す。
階段を登り、城壁の上に着く。
ヘリーディンの西側は、平地になっており、そこで戦闘が行われているようだ。
街から5kmほど。そこが現在の最前線である。
地上からは、煙が立ち上り、あちらこちらで色んな光が点滅したり、時には閃光のように激しく光っている。
「今は、耐えているがいずれ押される.....」
その光景を確認すると、歯を噛み締めるようにメンフィスが呟く。
「早く、援軍を追加投入しないと....」
官介もここ一ヶ月ほど、メンフィスの下で指揮を勉強した。
遠目だが、聖王国軍が疲弊しているのは、わかった。
すると、西門が音を立てて開き、中から2000名ほどの隊が前線へと向かっていった。
隊旗を見る限り、第二軍の隊であろう。
そのあと、同じ規模の隊が続々と西門を開き、駆けて行った。
メンフィスは、外壁を回りながら戦場の方の様子を見ている。
「官介君、どう思う?」
官介は、そんな唐突な質問をぶつけられて、一瞬困ったが、一度落ち着き、思考を巡らす。
「戦線が狭い気がします。これだけ広いのに左右への展開が、こちら側だけでなく魔王軍にもない.....罠.....」
メンフィスは、左右に目を凝らす。
「そうだな。罠の線もあるが、疲労しているのは、向こうも同じなのかもしれない。真ん中が耐えていれば、左か右、どちらかが戦局を分けるはず。」
「しかし、誰も左右展開しないのが気になりますね。この戦場が囮....という線もあり得そうな気がします。」
官介の考えに、険しい顔を一度緩め、優しそうに同意すると、ギーセン隊の方へ戻ると言い、また人混みの中を進んでいくメンフィスと官介であった。
一方、映太とハトホル、そしてギーセン隊2000は、北門に到着して自分たちの番を待っていた。
確かに北門の方が人は少ないが、それでも各地から援軍に来た兵士たちで行列ができていた。
ヘリーディンの街中へと入ると、案内係の兵士が、出席簿のような紙を確認しながら、隊の場所を指示する。
広場に案内され、その一角にはすでにテントが張られていた。そこでギーセン隊の兵士は、各々準備する。
今着いたばかりだが、いつ出るかはわからないのだ。
30分ほど、兵士たちは、休む者もいれば、お喋りをする者、何かを考えている者と様々であった。
映太もいつ戦争に参加するかわからない。イメージトレーニングをしていた。その隣では、剣を研ぐハトホルの姿。
「ハトホルは、怖くはないの?」
「まあ、正直怖いよね!でも、やらなかったら国が滅ぶ。それにカイセルさんに特訓してもらったしね!」
力強く言うハトホルは、とても頼もしく思えた。
「ハトホル!映太君!」
すると、メンフィスと官介が、こちらへと歩いてくる。
「第三軍ギーセン隊、集合!!!」
いつにも増して、大声を張り上げるメンフィスの声でテントから一斉に兵士たちがし集合する。
「我らも戦場に参戦する!西門から10分後出立するぞ!」
メンフィスの言葉に兵士たちは、一斉に敬礼。
そして移動の準備を始めた。
門の前には、今から戦場へと向かう隊が順番を待っている。
吠えて自分を奮い立たせようとしている者や、気合いを入れる者、震えている者もいた。
門が開くと門の開閉係の兵士が大声を放つ。
「第二軍団スータニア隊!武運を祈ります!!」
兵士たちは、歓声のような雄叫びを上げ、門を潜っていく。
そして、映太たちギーセン隊の番が来た。
「第三軍団ギーセン隊!武運を祈ります!!」
ギーセン隊も雄叫びを上げ、門を潜る。
街の外の平野。街の中も外も同じ地面なはずなのに振動が体に伝わってくる。
「ギーセン隊、右に方向転換!!」
メンフィスが右の方を指差す。
戦場は、正面距離5kmほど。少し困惑するも兵士たちは、返事をし、指を指す方向へと向かう。
「官介君!ご武運を!気をつけて。ハトホル!映太君たちに付いていけ!」
「了解です!」
映太は、訳が分からなかった。ハトホルも良くはわかっていない。だが、メンフィスが右と言ったら右なのだ。
「二人ともこっちに来てくれ。これからの動きを説明する。」
官介は、映太とハトホルを手招いた。
「まず、僕らは、左側に回り、敵軍を横撃する。
映太。カイセルさんたちを位置についたら出せるだけ出してくれ。そこから敵軍の横っ腹を目掛けて突っ込むように指示を出して。映太は、
「了解!でも、罠はない?確かに左右にスペースが開きすぎだけど...」
ハトホルもこの戦場に違和感を感じていた。
「ああ。ここの戦略部も同じ意見で、左右に罠があると見ている。だから、正面から戦ってるそうだ。だけど、僕とメンフィスさんの考えは違う。」
「多分、この戦場は、囮なんだと思う。」
映太は、理解できない様子で聞いている。
「ハトホルは、気づいていると思うけど、この戦場は、正面で抑えつつ、左右に展開すれば、決着が簡単に着くはずなんだ。でも、魔王軍は、やってこない。」
「なるほどね!兵力だけ消耗させて、この戦場に援軍として戦力を集めて、他の場所を攻めるって事ね!」
ハトホルは、そう言うと理解したのか、戦場へと目を向ける。
「ああ。そう言う事。映太はよくわかってないけど、とりあえず、時間がない。理想は早期決着だ。位置に向かおう。」
「う、うん!わかった!」
映太たち三人は、目立たないように兵士たちと魔王軍が戦っているのを横目に左側に回る。
位置についた三人。映太が左手の指輪を前へと出す。
「いくよ!二人とも!」
ハトホルと官介は、頷く。
そして、今まで見た事ない量の黒煙が指輪から噴き出る。
巨大な黒煙が一度ふわっと空中に漂う。
そして、一斉に地面へと落下し、5000体以上入るだろうか...
間髪入れずに映太が命令を下す。
「カイセル、骸骨狼以外、みんな魔王軍へ突っ込めーーー!」
骸骨たちは、カチカチと骨を鳴らし、主人への忠義を表すと一斉に魔王軍へと襲いかかる。
急に出てきた骸骨の軍勢に驚く魔王軍。
聖王国軍側にも驚いている兵士はいるが、現在、正面で魔王軍と対峙する主力部隊“第二軍団ヤトワール隊は、”骸骨が現れるかもしれない“、”そして、その軍団が敵ではない事”を予め知っていた。
メンフィスが、ダズマットへと言伝していたのだ。
魔王軍は、
人間の倍ほどの身長に、全身真っ赤な皮膚に血走った目を見開き、大剣を持っている。
そんな大鬼によじ登るように骸骨たちがしがみつく。大鬼たちは、身動きが取れず、骸骨騎士やヤトワール隊の隊員に首を刎ねられている。
ハトホル骸骨たちと一緒になって大鬼の殲滅にあたる。
空には、おぞましい顔から羽が生えている怪鳥が火を吹いて聖王騎士団へ攻撃を加えている。
官介は、矢を射る。
矢は、怪鳥眉間へと当たり、そのまま貫通する。
矢を次々と放ち、怪鳥たちは、地面へと力なく落ちていく。
官介のスキル“
狙った物を逃さず、矢に加わる空気抵抗を50%低下させる。
映太は、そんな様子を見ながらカイセル、骸骨狼とともに待機している。
「官介あんなに強かったんだ.....ハトホルも凄い....」
「二人とも特訓の成果が出ておりますな。ご主人様もこの数の召喚、賞賛に値します。」
カイセルが膝をつきながら、映太を敬っている。
すると、遠くから骸骨騎士カバリオン三兄弟の次男”ルマド“が黒煙になり指輪へと吸い込まれていった。
指示が終わっていないのに黒煙になったと言う事は、何者かに倒されたという事だ。
「ルマドがやられた!?って事は、カイセル!
ルマドを倒した敵を倒せ!」
「かしこまりました。ご主人様。」
カイセルに指示を出したという事は、完了すれば、おそらく映太の持つ最大戦力を失う事になる。
だが、官介から、もし骸骨騎士レベルのモンスターが倒されたら、迷わずにカイセルに指示してそいつを倒せと言われていた。
骸骨騎士カバリオン三兄弟は、生前もカイセル直属の部下で今の聖王騎士団なら隊長クラスだろう。
カイセルは、即座にその者へと向かった。
——映太たちが介入してから、三十分程経ったが、前線付近の魔王軍は、右と正面からの猛攻で、壊滅状態にある。また、中程も骸骨騎士やハトホル、官介の活躍で確実に戦力が削られている。
そこに新たな戦力が現れた事に映太は、不安を感じていた。
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