日常125 結婚式前夜。個別の語らい:下
なんか、全員あっさり終わるのう……まあ、不安が解消されればいいので、何の問題も無いがな。
さてさて、果たして残る二名は来るのか……!
しかし、ましろんと祥子姉って結婚式に不安とかあるのかのう?
ましろんはなんと言うか、いまいちよくわからん時があると言うか……結婚することに意味を見出してる感じはあったからのう。
というか、儂のことが好きだから別にどうでもいい、みたいな感じか?
祥子姉は……正直、付き合いはまだ短い故、完璧に把握できとるわけではない。
しかし、あやつは基本的に研究脳じゃから、それ以外のことがおざなりになる場合が多い。
恋愛とかそうじゃったからな。
興味のないことにはとことん興味がない、というタイプじゃから、正直あまり不安とかなさそうなんじゃよなぁ……。
などと、二人について考えておると、ドアがノックされた。
お、誰か来た。
どっちじゃ?
「開いとるぞー」
ましろんか、祥子姉か……果たしてどっちが来る!
「……まひろん、少しいい?」
正解はましろんであった。
「うむ、構わんぞ。儂の横に座るといい」
「……ん、ありがとう」
相変わらずの無表情ではあるが……むぅ? どこか顔が暗いな。
どうしたんじゃろうか?
「ましろんや。何やら表情が暗いが、何かあったか?」
「……さすがまひろん。鋭い」
「ま、周囲の者たちはましろんを無表情でわかりにくいとは言うが、儂はなんとなくでわかるからのう」
「……ふふ、嬉しい」
「ふむ……して、その暗い顔に理由はなんじゃ? 何でも言うてみぃ」
正直、ましろんの顔が暗くなるとかまずないからのう。
基本的に無表情ではあるが、結婚してからのましろんは、やたらと楽しそうな顔をすることが多かった。
今みたいに暗さを伴った顔はあまり見なかったが……。
これは、あれじゃな。出会ったばかりの頃のましろんの顔。
あの頃は、今ほどに吹っ切れてはおらんかったからのう、ましろんは。
ということは、家族関連で何かあったと思うべきか……。
「……不安なの」
「ほう、不安とな」
「……ん。私は過去にたらい回しにされた。だから、家族と言うものが少し不安……」
「……うむ」
「……同じことは起きないのか。もしかするとなるかもしれない。そう思うと、怖くて……」
「……そうか」
想像以上に重かった。
たしかに、ましろんの過去はマジで重い。
両親を幼少期に失い、親戚にたらい回しにされ、儂と出会い友人同士になるまでは若干の人間不信があったと聞く。
今の義両親のおかげで昔よりは緩和されていた、とは聞くが、それでも完璧になくなったわけではないのじゃろう。
……というか、今の所美穂たちに比べたら一番不安らしい不安な気が……。
ま、まあ、不安など人それぞれじゃよな!
「ま、それは大丈夫じゃろ」
「……どうして?」
「そもそも、儂らがそんな人間に見えるか? 見えないじゃろ?」
「……ん」
「それに、ほれ、儂はおぬしら全員を愛しとるんじゃぞ? それに、今まで散々儂にあーんなことや、こーんなことをしておきながら、んなことを心配するとか……今更ではないか?」
「……そう?」
「うむ。それに、おぬしが愛した男……いや、女? あれ、どっちじゃ? まあ、どっちでもよいが、おぬしの愛した者はそんな下らないことをするような人間か?」
「……違う。まひろんや、みほりんたちはすっごくいい人」
「じゃろ? ま、そういうことじゃ。というか、儂らすでに入籍しとるじゃろ? ならば、明日は全力で楽しめばよいのではないか? あと、おぬしの両親も来るんじゃろ?」
「……ん、晴れ舞台を見に来るって言ってた」
「ならば、不安そうな顔をするでない。おぬしの幸せそうな表情こそが、両親を最も悦ばせる手段じゃぞ。過去は過去、そう割り切れずともいい。とにかく、これからの未来をたくさん想像するのじゃ」
「……未来を……つまり、子沢山な未来?」
「いやまぁ、それでもよいが……その場合、果たして誰が産んどるのかわからんのじゃが?」
個人的には、美穂たちの方がいいなぁ、とは思っとるが……体が女になっておる以上、なんか儂も儂で子供を孕んでしまいそうでなぁ……まあ、そうなったらそうなったで、覚悟するが。
子供に罪は無いし。
「……ん、その時は話し合い」
「ははっ、その方が儂も助かる。……と、今みたいに将来こうなりたい、こうしたい、なんてことを考えて、それを叶えようと動けば、過去など考えてる暇はなくなるのではないか? 人間は、案外トラウマがあっても楽しいことを考えたり、楽しいことをしたりしている間は、まったく気にしないもんじゃろ?」
儂とて、爺ちゃんが死んだときは、それはもうふさぎ込んだし、立ち直ってもふとした拍子に思い出すこともあった。
しかし、何か楽しいことをしている間は、意外と忘れるもんじゃからな。
「……なるほど。まひろん、良いこと言う」
「じゃろじゃろ? いやぁ、儂さすがじゃのう! こうやって、旦那共の不安を解消できるからのう!」
「……ふふ、否定しない」
「お、おう、そこはもうちょいこう、ツッコミを入れる所ではないか……?」
おちゃらけた儂がバカみたいじゃん。
「……ん、すごく安心した。心も軽い。まひろん、ありがとう」
「うむ、いいってことよ。……さて、更なる元気を引き出してやるではないか」
「……? どういうこと?」
「こういうことじゃ。ちゅ……」
「……んっ?」
いやー、ましろんは旦那共の中で最も身長差がないから助かるのう……。
おかげで、キスがしやすい。
しかし……珍しいのう、キス魔のましろんがディープな方をしてこないとは。
「……ふぅ。ほれ、元気出たか?」
「……最高です」
「ははっ、そうかそうか。ならば、した甲斐があったというものよ」
「……まひろんからされるとは、不覚」
「なぜに!?」
「……キス魔としての自負?」
「自覚あったんかい」
自覚があったことに驚きなんじゃが、儂。
「……当然。旦那グループの中で一番上手いと思ってる」
「あー……たしかにそうじゃなぁ。全員タイプは違うが、総合的にはましろんが一番上手いな。そこは否定せんわ」
「……よくわかってる。じゃあ、深い方、する?」
「いや、止めとく。おぬしの場合、本気でやり始めたら止まらなくなるじゃろ。そうなったら、明日に支障が出かねないわい」
「……たしかに。止まる自信ない」
「じゃろ? じゃから、それは別の日にしてくれ」
「……ん、わかった。明日の夜にする」
「しなくていいからな!?」
あと、絶対に明日はせんぞ儂!
間違いなく、とんでもないことになりそうじゃから!
「……ん、そろそろ寝る」
「あ、うむ。おやすみじゃ」
「……おやすみ。明日は楽しみ。ご飯とか」
「ぶれんのう……」
飯のことを考えるましろんに苦笑しつつ、ましろんを見送った。
さて、現状五人来たわけじゃが……残る一名、祥子姉は果たして尋ねて来るのかどうか。
しかし、ここまで来たら来そうじゃよなぁ、なんか。
果たして、祥子姉は来るのか……!
「まひろ君、入るよ」
と思ったら、ノック無しにいきなり入って来た。
おおう、最後の最後で今までのパターンから外れた入出法を……。
「おぬし、せめてノックしたらどうじゃ?」
「ん? 私たちは結婚しているのだろう? ならば、ノックする必要はあるまい?」
「親しき中にも礼儀あり、じゃぞ。いくら結婚したとはいえ、プライベートはある。せめて、ノックくらいはしてくれ」
「ふむ、一理ある」
一理あるというか、それが普通なんじゃが。
「まあいいさ、少し話をしようと思ってね」
「ほう、なんじゃ、不安でもあるのか?」
「んー、不安というほどでもないさ。少し、考え事をね」
「そうか。ならば、ほれ、横に座るがよい」
「あぁ、じゃあ失礼して」
祥子姉が横に座る。
うーむ、未だに慣れんのう。
「さて、回り道は面倒なので、ド直球に尋ねるけど……君、よく私と結婚しようと思ったね?」
「いきなりそれかい」
「まあね。ほら、私たちは出会ってから三ヶ月は経っているが、それでもこうして顔を合わせることは数えるほどしかなかっただろう? というか、数えるのに片手だけでどうにかなるほどだったし」
「そうじゃな」
実際会ったのは……発症後に能力の把握をしに行った時と、調査をした時、それからデートをした時の三回か。
「考えてみれば、たった三回で儂ら結婚したんじゃな」
「だろう? だからふと、君は私と結婚してよかったのかと思ってね」
「あー、まあ、言わんとしてることはわかるわい。じゃが、おぬしは別に別れる気はないんじゃろ?」
「当然。君という面白いモルモ――ごほんっ! 発症者と結婚できたんだよ? 今更手放す気はないさ」
「おぬしがモルモットっと言うのはツッコミはせんが……んまぁ、瑞姫という前例がおるからのう。正直、おぬしから告白されたり、おぬしにイケメン的行動をされたらなんか、きゅんとしたから、別に結婚してもいいな、と」
「浅くないかい?」
「儂もそう思うが……ま、おぬしとは顔合わせがあまりなかっただけで、電話やメールではよくやり取りをしておったからのう。何も思わないわけではなかった。それに、実際のところおぬしのような研究者として信頼できる人間がいれば、不測の事態に陥った時、頼れるじゃろ?」
「なるほど、そう言われたら嬉しいね」
もちろん、ちゃんと好きではあるがな。
「というか、おぬしはおぬしで、儂を好いたことが驚きなんじゃが? おぬしの頭、研究しかなさそうじゃから」
「ははっ、それは同僚からもよく言われたよ」
じゃろうね。
むしろ、普段の言動やら講堂なんかを見ておれば、誰だってそう思うと思うんじゃが。
「ちなみになんて?」
「んー『え、研究バカの神さんが結婚!? マジで!?』とか『おい今すぐセキュリティーシステムのチェックだ! あと、救助向きの能力を持った発症者を呼べ!』とか『何ィ!? 発症者と結婚!? クソッ、先を越されたっ……!』とかかな?」
「前の二つが一番ヤバくね? おぬし、どんだけ恋愛とは無縁と思われておるんじゃ」
「ものすごく」
「じゃろうね」
なんかもう納得した。
しかし、そのレベルで恋愛とは無縁なんじゃなぁ、こやつ。
デートした日、一般人が六法全書に興味が出るレベルの興味しかなかった、と言っておったが、それは周囲から見てもそう思うレベルだったんじゃなぁ。
そんな人物が、こうして結婚しとるんじゃから、不思議なもんじゃ。
「ま、これからは研究以外も大事にすればいいと思うぞ」
「そうだね。私も、君や美穂君たちを見るのはとても楽しいし、興味深い。私にとって、亡くなった両親以来の家族だからね。大事にするさ」
「お、おう、重いことをさらりと言うのう、おぬし」
「別に過去は過去さ。私は自分の興味のあることが目の前にあるのならば、そちらに意識を全部持っていくのさ。だから、気にしないとも」
「ははっ、そうかそうか。おぬしはほんと、ドライじゃのう……ま、そう言うところも好きじゃがな」
「おや、随分と素直だね? あの日はとても意地悪したくなるくらいだったのにね?」
「あの日のことは言うでないわいっ! 今でも恥ずかしいんじゃからな、あれ!?」
思い返されるのは、デートの日の後。
いやもう、あの日の夜は凄まじかったからな……思わず寝坊するくらいに。
「はははっ、まあいいじゃないか。私は面白かったよ?」
「そりゃおぬしはな! ……まったく。それで? 話とはもうよいのか?」
「そうだね。君の気持も知れたしね。私は基本的に、一度決まったことに対して不安になることは少なくてね。今回は状況が状況なだけに、少しだけ疑問を覚えてしまったが」
「強いのう」
「弱かったら、今の私はここにはいないよ」
「たしかに」
「というわけで、私はそろそろ戻るよ」
「あ、ちっと待て」
「ん、なんだいんむぅっ」
「ん、ちゅ……」
帰ろうとする祥子姉をすぐに呼び止めて、振り向いた瞬間に本日六度目のキス!
よっしゃ! キルスコア満点!
なんか、妙な達成感がある。
「……ふぅ。ふふふ、どうじゃ? 儂からのキスは!」
「……お、驚いた。まさか君からされるとはね。しかし……ふふ、なるほど。これはこれですごくいいね……うん、すごくいい」
「お? 顔が赤いぞ?」
「それはそうだろう? 曲がりなりにも好きな相手からのキスだよ? 赤くもなるさ」
「ははっ、そうか。しかし、明日もキスするんじゃぞ? 結局、大丈夫か?」
「それはこっちのセリフさ。……ま、私は大丈夫さ。見ている人たちのことは……そうだね、モルモットと思うことにするよ」
「そこは普通野菜じゃね?」
「研究者だからね」
だからといってモルモットて。
まあ、祥子姉らしいがな。
「それじゃ、私も寝るとするよ。さすがに、明日寝坊することは申し訳なくなるからね」
「うむ。おやすみじゃ」
「あぁ、おやすみ」
そう言って、祥子姉は部屋を出て行った。
完全に部屋を出て行ったことを確認すると、儂は電気を消して布団に寝転んだ。
「……結婚式、か」
なんと無しに呟くが、実感が湧かないのう……。
やはり、どこか無縁と思っておったんじゃろうなぁ。
もし、儂がこの体になっていなければ、今頃どんな生活を送っておったのかのう?
などと、たらればを考えてみるが……まあ、無意味じゃな、今は。
どうせ、去年と同じようななんでもない日常を送っておったんじゃろうからな。
しかし……こうして考えると、結婚とはなぁ……なんというか、将来どんな生活を送っとるんじゃろうな、儂は。
仲良くやれておるのか、それともギスギスしておるのか……幸せになっておるのか、なっておらんのか……わからん。なんか、微妙に怖いのう……。
「……ははっ、なんじゃ、儂も不安に思っとるのではないか」
あんだけ旦那共に言っておったと言うに、自分にも不安があったとわかり、思わず失笑してしまう。
しかしまぁ、儂の場合はかなり特殊な状況からなぁ。
仕方ないとも言えるか。
そう言えば、O3で知り合った多重婚をした者に聞いた話では、
『慣れればどうにかなる! あと、毎日が楽しい! いろんな意味で』
だったか。
先駆者たちの言葉は何気にありがたいのう。
「……ま、なるようになるか! じゃ、儂も寝るか。明日は色々と大変じゃろうからな!」
色々と考えてしまうが、明日が大変なことになると思った儂は、明日に備えてさっさと意識を手放し、夢の世界へ旅立った。
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