日常41 会場へ。中は魔窟……の予感

「ほほぅ、ここが会場か」

「はい。おそらく、まひろさんでもテレビなどで見たことがあるのではないでしょうか」

「うむ。というか、身内の家族が経営しているホテルじゃな、これ」


 地下道路で走行し、到着した場所と言うのが……羽衣梓グループが経営する高級ホテルじゃった。

 しかも、他国の要人やら国の重要人物やらがよく利用するホテルとして有名じゃな。


 ……まあ、そんなホテルは、儂が今呟いたように、儂の旦那の一人の家が経営しておるのじゃがな。


「身内? ……ああ、そう言えばまひろさんは、発症して二週間程度で二人の女性と結婚したらしいですね。たしか、その内の一人が羽衣梓グループのご令嬢だとか。逆玉ですね」

「……そうじゃのう」


 むしろ、あやつが一番キッツイんじゃが。夜とか。


 あやつが一番暴走するからのう……。


「ともあれ、ささっと入りましょう。たしか、まひろさん以外の方はすでに会場に入っているようですよ」

「なんと。それだけ愚痴があるということか」

「それもありますが、久々の発症者ですからね。楽しみにしていたようですよ」

「む? なぜ儂が来ることを知っておるのじゃ? 組織の幹部のような者たちが知っておるのならば不思議ではないが……」

「新しく所属することになる方の基本情報はある程度知らされるんですよ」

「プライバシーはどこへ行った」


 何勝手に知らせておるのじゃ。


「基本情報と言っても、名前と年齢、今の肉体的な性別、社会人か学生かといったことだけなので、そこまで問題は無いはずです」

「……まあ、それくらいならば」


 これでもし、もっと個人的な情報が開示されておった場合はかなり問題じゃが、その程度の情報であればそこまで気にするようなことでもあるまい。


 ……ふむ。よくよく考えたら、他人に見られて恥ずかしい情報など、儂にはなかったな。であれば、本当に問題ないな。


 ……ん?


「そういえばおぬし、なぜ儂が羽衣梓グループの令嬢と結婚したことを知っておるのじゃ?」

「あぁ、それですか。実は、発症者の方が結婚すると、その情報はこちらにも流れてくるんですよ。なので、結婚した相手がわかる、と言う仕組みです」

「なるほどのう。つまり、そちらが把握しておるのは、現状二人、と言うわけか」

「そうなります。……って、え、現状? まひろさん、まさかとは思うんですが……増やしました? パートナー」

「……まあ、な。一人は純粋に告白されて、もう一人は……なんか、ディープキスされた」

「三人目と四人目の落差半端ないですね。ディープキスって……」

「なんか、色々と強かったのじゃよ……」


 あまり動じた様子を見せなかった猪瓦でも、ディープキスかまされたことは十分に動揺するようじゃな。


 そりゃそうじゃ。


「しかし、そうなると四人もパートナーが……。ふふっ、これはまた、盛り上りそうな話題を持った新人ですね」

「む? どういうことじゃ?」

「いえ、お気になさらず。では、入りましょう。今回の交流会のテーマは『夜会』ですからね。ドレスに着替えないといけません」

「テーマじゃと? ということは何か? 交流会を開く度にテーマが決まっておるのか?」

「そうですね。ホームパーティーのような時もありますし、夏場だと水着を着ると言ったテーマものがあったり、冬場にはサンタ、みたいなこともありました」

「滅茶苦茶じゃな」

「そこが好評の理由でもあるんですけどね。みなさん、美男美女揃いですから」


 つまるところ、目の保養、と言うわけか。

 だとしても、サブカルチャーにまみれておるのう。


「さ、立ち話もこの辺りにしないと」

「おっと、そうじゃったな。では、入るとするか」


 高級ホテルと言う物には初めて入るが……このホテル、身内が経営しておるからのう。あまり緊張とかせんな。


 ……いや、元々その辺はどうでもよかったから、なのかもしれぬな。儂の性格的に。



『『『お待ちしておりました、まひろ様!』』』

「……なんじゃ、これは」


 ホテルに入るなり、儂はホテルのロビーで横一列にずらっと並ぶ従業員たちに満面の笑みで歓迎された。


 どういう状況か全く理解できず、思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。


「のう、猪瓦。これは、あれか? 発症者にとる態度、ということでよいのか?」

「い、いえ。普通に少数の従業員の方が対応するだけで、ここまで全力の歓迎をされたのはまひろさんだけですね」


 ふむ……ということは……。


「のう、おぬしら。もしやこれは……瑞姫と儂が結婚したからその態度、ということでよいのか?」

『そうでございます。まひろ様は瑞姫お嬢様とご結婚なされました。となれば、我々がまひろ様を敬うのは道理。ですので、もしこちらの方に御用の際にお立ち寄りいただければ、誠心誠意おもてなしさせて頂きますので、その時はよろしくお願いします』

「そ、そうか」


 ……ふむ。瑞姫と結婚したことによって、儂は羽衣梓グループの傘下も含めた会社などから見れば、相当やばい人なのではなかろうか?


「……ちと訊きたいのじゃが」

『なんなりと』

「あー、えーっとじゃな……瑞姫はやはり、グループ全体で敬われておるのか?」

『その通りです。お嬢様は、誰にでも平等に優しく、従業員でしかない我々のことも気にかけてもらっております。その上、将来的にはかなり大事な立場になるとのこと。であれば、敬うのは当然のことなのです。もちろん、我々は心の底から敬っております』

「な、なるほど、のう……」


 ……たしかに、あやつは優しいのかもしれぬ。


 少なくとも、学園でかなりモテておったことから、性格もよかったのじゃろう。


 しかし、しかしじゃ。


 儂が知る瑞姫と言うのは、何と言うか……


『まひろちゃん、是非ともこちらのお洋服を! まひろちゃんの完璧な肢体に合わせた特注品なのです! え? 嫌じゃ? まあまあ、そう言わずに。……あ、もしかして恥ずかしがっているのですか? それでは、僭越ながらこのわたしがお手伝いしてあげます! では……いただきます!』


 みたいなことを平然と言うような、ドが付く変態なんじゃが。


 ……あっちが素、ということなんじゃろうが、そうじゃとしても、酷いことこの上ない。


『そして、そのお嬢様が見初められ、同時に結婚した相手であるまひろ様は、我々にとっても大切な方です。ですので、何かありました遠慮なくお申し付けください』

「う、うむ、そうさせてもらおう」


 ……儂、そこまでできた人間ではないのじゃが……。


 ぐーたらすることや睡眠に全力を出すような、自堕落爺口調ロリと言う風なんで、ここまで敬われると言うのは……むずがゆい。

 それに、瑞姫と結婚しただけでここまでされるのも、変な気がするんじゃが。


 何か儂の情報でも伝わっておるのじゃろうか?


『それではまひろ様。どうぞこちらへ。ドレス等の着付けを行いますので』

「うむ。よろしく頼む」


 この辺りはその内瑞姫に訊くとして、今は着替えるとしようかの。


 ……しかし、ドレスか。動きやすければよいのじゃが。



「むぅ……これ、変ではないか?」

『いいえ! とてもお似合いですよ、まひろ様!』

「そ、そうかの?」

『はい! まひろ様の可憐さを引き立てております!』


 十分後。


 鏡の前には、いつもより可愛らしいドレス姿の儂が映っておった。


 従業員(女性)にドレスルームに案内され、そこで儂に似合う(と言っていた)ドレスを着せられた。


 ドレス、とは言うがワンピースに近いような形状をしておる。

 形状としては……ミニ丈が近いのかのう? 色合いは空色であり、なかなかに好みじゃな。


 まあ、儂としては黒や灰色のような色が一番好きなのじゃが、従業員たちに、


『いけません! まひろ様は可愛らしいのですから、明るい色の方が似合います!』


 と押し切られてしまい、このような色に。


 なお、可憐さをさらにアップさせるために、薄く化粧も施されておる。


 ……化粧、めんどくさい。


 おそらく、今後一生することはないであろう。


「しかし……この頭のリボンはいるのか?」

『『『当然です!』』』

「そ、そうか……」


 儂が気になるのは、頭に乗っているリボンカチューシャ。


 無駄に可愛らしくはあるのじゃが……儂、元男なんじゃがのう。


『可愛らしいドレス姿の女の子に、リボン系統のアクセサリーは欠かせません!』

『その中でもリボンカチューシャは、まひろ様のような少女らしさを表すようなものです!』

『ですので、それがあるかないかで、まひろ様の魅力は一にも∞にもなるのです!』

「う、うむ。そう、なのじゃな」

『『『はい!』』』


 ……なんじゃろうか。瑞姫と同じ系譜の気配がする。具体的に言えば、ロリコンの気配が。


 思えば、学園で儂らについておった羽衣梓グループからの護衛たちも、妙にロリコンだった気がするしのう……。


 まさかとは思うのじゃが、羽衣梓グループに入る条件の一つに、『ロリコンであること』などという条件があるのではあるまいな?


 …………ありそう、じゃな。瑞姫の父上もそうじゃし。


 母上の方には会ったことはないが、高確率でロリコンの可能性がある。


 それは勘弁してもらいたいところじゃな……。


『では、そろそろ会場の方へどうぞ』

「う、うむ。礼を言う。ではな」

『『『ありがとうございました!』』』


 儂今、なんで礼を言われたのじゃろうか……。


 尋ねるの、なんか怖いし、触れないでおこう……。



「こちらの扉の先です」

「では、入るとするかの」


 案内されたそこそこでかい扉を前に、儂は臆することなく扉を開く。


 その先に広がっておったのは……


『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!』』』


 なんかすでに出来上がっておった美男美女たちじゃった。


 バタン。


「…………のう、猪瓦よ」


 一瞬で扉を閉めて、下を向きながら猪瓦に声をかける。


「はい」

「……いつも、あんな感じなのか?」

「ええ、まあ。みなさん、色々と鬱憤が溜まっているんですよ。お酒が入ればああもなります」

「いやいやいやいや! あれはおかしくね!? 頭のねじがぶっ飛んだかのような奴らばかりじゃったぞ!?」

「あんな感じです。まひろさんはまだ、長くても一ヶ月程度ですが、この中の方々は、最低でも半年以上も新しい性別で過ごしているわけです。当然、ストレスだって溜まりますよ」


 ……最低でも半年であれか。


 今一瞬、儂が覗いた限りでは、なかなかにヤバい奴らじゃったぞ!?


 酒を一升瓶で一気飲みする奴や、一部では野球拳のようなことをしておる奴らもいたのじゃが!? 他にも、能力によるものなのか、室内花火やら、人が会場内を自由自在に飛び回る奴がおったのじゃが!?


 なんじゃあれ! 魔窟じゃろ!


「まあでも、普段はいい人たちなんですよ? ただ、愚痴り大会があらぬ方向にジェット噴射で飛んでいっただけで」

「……儂、馴染めるかのう、あれに」

「大丈夫ですよ。一ヶ月経っているか経っていないかで四人のお嫁さんをゲットしたまひろさんなら、余裕で溶け込めます」

「……猪瓦よ。嫁ではない、旦那じゃ」

「あ、もしかして、三人目と四人目は男性の方なんですか?」

「いや、全員女じゃが」

「え? では、なぜ旦那なのですか? そこは、嫁だと思うのですが」

「……儂の旦那たち曰く『まひろ=嫁』の図式が成り立っておるらしく、それに伴い儂は嫁扱い。反対に、向こうが旦那扱い、と言うわけじゃ。ちなみに、旦那と言わんと、儂が……襲われる」

「……強いですね、旦那さん方」

「……儂、その内死ぬのでは? と思っておるよ……」


 あの辺りは頑なに譲らんもんで、儂が折れなければ体に教え込まれるため、普通に死ねる。

 しかも、今は四人になった影響で、更に死ねる。


 儂は命が惜しいのでな。儂が折れることにしたわけじゃ。


 ……辛いんじゃよ。本当に。


「ま、まあ、そこまでストレスが溜まっているのなら、余計に馴染めると思います! まひろさんレベルで、短期間の内に濃い出来ごとを送っている人はまずいませんが、それでもそこそこ大きめの出来事に巻き込まれた人もいますから!」


 儂のような奴、いないのか。


 しかしまあ……相手は先輩方。


 となれば、儂にとってもプラスに働くこともあるはず。


「……よし、では入るぞ」

「入る気になってよかったです。では、私はこの辺りで失礼します。楽しんでいってくださいね」

「うむ、案内諸々、礼を言うぞ。ありがとうな」

「いえいえ。では」


 最後にうやうやしく一例をしてから、猪瓦は去って行った。


「……いざ、魔窟へ!」


 再び会場の扉を開け、儂は魔窟の中へと一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る