第六話「確実な死のイメージ」
「ああ喝采を!冒涜者に死を理解させるこの大義!」
「死にこそ正義あり?否!正義なきこと、悪なきことこそ死の本懐」
「信心も不信心も救い賜る」
「なんという平等!なんという懐!死こそが万物の讃えるべき究極なり!」
狂気が場に蔓延する。
理性の面を脱ぎ捨てた狂人としてのスクイを目の前にし全員が死を理解しなかったのは、しかも死人すら出なかったのは奇跡とすら言えるだろう。
「ま、待て」
ゆっくりと回復し、こちらに歩を進めようとするスクイを前にカーマは考えていた。不死という目の前の魔法は実の所大した恐怖ではない。極めて希少なものではあるが、攻撃面で見ればやれることは少ないと考える。
では目の前の男は恐るるに足らぬ単なる狂人か?
答えは間違いなく否である。
「宗教の否定をしたつもりはねえ!あの人もそのはずだろう!」
目の前の男は明らかにヤバい。相対するだけで反射的に殺しかけたカーマにはそれがよくわかった。今のところいざ戦闘になったところでカーマが敗北するとは、カーマ自身理屈では考えられなかった。
しかし敗北は考えられないのに、この男からは確実な死のイメージがべっとりと付き纏ってくるのだ。
周りの人間はまだスクイの異常性に気づいていないようだった。そもそも死神とカーマに喧嘩を売るなど変人に違いなかったし、第一にみんな酔っていた。
だから全員不満をあげ始める。この場最強の男がどうした。魔法が珍しいだけのたかだか20もいかない若者に怯えやがって。不意打ちしといてこのザマか。そんな声すら上がり始める。
しかしカーマに周りの声など耳に入らなかった。ここでやり合えば皆殺しにされる。そう感じていたカーマはなんとか口を動かすことに集中していた。
まず立ち上がり、手を制すように前に出す。
「誤解があったことを謝罪したい!話をさせてくれ!」
そういうとカーマの目の前まで歩を進めたスクイは少し止まった。
そこだとカーマは気づく。
「そうだ!あんたの教義でも聞こう!不死なんて珍しい魔法にその気迫。俺やあの人に喧嘩を売る度胸。並大抵じゃねえ!そんなあんたの信奉する話なんて相当すごいもんだろう?この場は大型新人歓迎の飲みの場にでもしようじゃねえか!」
カーマは周りを見渡したが、周りの人間は納得したようには見えなかった。このギルドで死神に次ぐ最強の男カーマの最強の一撃から始まり、それを真っ向から受け切る不死という希少な魔法を持つ男の狂気的返しを全員が楽しみにしていたのだ。
しかしスクイの目には光が戻っていた。彼は死への冒涜でいとも簡単にスイッチが入るが、それは死への深い信奉故である。ひっくり返せば死への賛美や理解を聞けばまた簡単に止まる節もあった。
もちろんこれは死神という人間がまた現れるまでではあったが、衝動は止まったと見える。
「その意見は素晴らしい」
カーマの言葉に賛否が決まるよりも前に、入口の方から拍手が聞こえた。
全員がそちらを見る。こちらに近づいてくるのは入り口にいた、カーマにフリップと呼ばれた男だった。
「酒場の喧嘩は大目に見るけどカーマ、刃傷沙汰までは許可できないよ」
フリップの言葉に周りの声も少し賛同を始める。内容ではなく、彼がいうなら仕方ないと言った空気。そして彼がいうならこの場は収まるという確定。この酒場の強い決定権を彼が持ち合わせているらしい。
そういう流れもあってか全員が少しずつ自分の席へ戻り始める。とはいえ大多数はこの場の行く末を見守っていた。
「その点酒場での飲み会は大歓迎。2人が仲良く飲むなら僕も混ざろうかな」
その言葉に全員が反応する。それは大きな期待だった。どうやらフリップはこの酒場で発言力だけでなく好感度も高いらしい。
「というわけで参加させていただいてもよろしいですか?」
フリップは一転敬語になってスクイに尋ねる。
「ええ、もちろんです」
その言葉に再びいつもの調子でスクイは返した。カーマは自身の安全を理解してため息をつく。二度とこの男に喧嘩は売らないし、買わない。彼はもうスクイが本気で席を借りに来たのだと気づいていた。普通はあり得ないが彼の顔を見たことがない。初めてこの酒場に来た故に死神やカーマを知らなかったのだろうし、カーマのような見た目の人間にも普通に接することのできる何かを持った人間なのだ。
そう思うと恐怖もあったが、相対する前に感じた好意が戻ってくるのも感じた。彼は間違いなく強者なのだ。形はどうあれそれは間違いない。そしてそれを見せない物腰を持ち合わせながら、中には隠し切れているのが不思議なほどの化け物を飼っている。そういう輩はいくらでもいたがこのレベルは初めて見る。
尊敬の念を抱ける強者は好きなのだ。カーマ自身が強者であるが故にそういう人物に対する期待は大きい。
カーマは椅子に座り直すと、その横にフリップが座る。
「ちょっと何事ですかぁ」
すると2階から1人の女性が降りてきた。
露出の多い服に褐色の肌、先程スクイとやりとりしたレジスタである。
「あんまり大きな音は禁止って……」
そうレジスタがいいながら一階に降りると、酒場の全員が騒ぎ始めた。その中身はかわいい、こっちで飲もう、付き合って、など明らかに気のあるものが多く、レジスタは素直に嫌そうな顔をした。
と同時にパン、と手を鳴らす音が聞こえる。スクイの目の前にいるフリップが鳴らした音に全員が押し黙った。
「もう騒ぎは終わったよレジスタ。上に戻ってなさい」
静かになった酒場でフリップがレジスタに告げた。容姿の良いレジスタは酒場では人気のようだが、フリップには誰も逆らえないらしい。しかしレジスタが降りてくるだけでこの沸きようであることを考えると、レジスタは下に降りてきにくいどころかあまり接する機会はないようだ。登録という窓口は確かに使う頻度が少ないようにも思える。
「はぁい。って、え?なにそのメンツ……流石に看過できなくない?」
レジスタはスクイのいる机を見る。絶対発言力のあるフリップ、酒場No.2の実力者カーマ、そして先程2階で注目され、酒場でも騒動を起こしたスクイ、スクイが気になることを除いてもレジスタの目には、と限らず誰の目にも異様な光景に映った。
「お兄さん何かしたんですかぁ?」
「何もないよ。ちょっと諍いがありそうだったから仲裁して飲み合うことに」
「あ、おにぃじゃなくてそっちのスクイさんの方」
フリップは少し探るようにスクイを見た。どうにもこの2人は兄妹らしい。勘違いされていると感じたスクイは黙って笑顔を浮かべ続けたが、フリップには逆効果に映ったようだった。
「スクイさんはなかなか容姿がいいので一応言っておきますが」
そう前置きするとフリップは側にあったカーマの大剣を片手で拾い上げると、柄と剣先に手をやった。
「妹を勘違いさせないでくださいね」
そう言って剣先と柄からグッと力を入れると、大剣は圧縮されたように捻り潰された。
丁寧な受付に見えたが相当なシスコンらしい。自分の大剣が潰されたカーマだったが、もうそんなことではどうとも思えなくなっており、むしろ目の前の、スイッチが入れば平気で人も殺すという2人の共通点に気づき顔を顰めた。
「おにぃ流石に突飛だからね」
そう言いながらスクイの横にレジスタは座った。どうやら仕事を放棄するのがこの兄妹の共通点らしいとスクイもまた目の前の2人の共通点に気づいた。
「おにぃより強くない人には指一本触れられる気ないんでぇ。というかそんな人見たことないけどぉ」
「いやレジスタちゃんそういうが死、俺の大将かって負けねえだろ?あの人が求愛してきたらどうすんだよ」
「んー想像つかないしぃ。てか私あの人喋ってるとこすら見たことないんですけどぉ」
「まあ寡黙な方なのは否定しねえけどよ。でも戦場じゃあの人ほど頼れる人もいねえ」
「んーまぁ強いのは聞くけどぉそれより今はお兄さんに期待したいよねぇ」
死神という言葉を使うのを控える気遣いを見せるカーマに、兄の前でスクイを褒める気遣いのないレジスタ。
えてして謎の4人による飲み会が始まった。
酒場ではあまりに異例な事態だった。まず基本フリップは何もしない。その実力といざという時の働きで信頼されているが、このように飲みに入るところなどほとんどない。
カーマは基本死神と組み始めてから死神といることが多く、それ以外といるときは中心となっていた。
レジスタはまず酒場で座るのが初めてと言ってよかった。
極め付けに謎の新人である。
話はそこからカーマの冒険譚に飛んだ。才気に溢れた少年が冒険者として名を馳せ、死神という越えられない相手に助けられさらに飛躍した話を喜んで語るのを初耳のスクイと何度も聞いたフリップは楽しそうに聴いた。
次にスクイが質問攻めにあった。どこからきたのか、魔法はなんなのか、そもそもなぜ死神たちに喧嘩を売ったのかという話だった。
スクイはとりあえず旅人であると話し、魔法は気づいたら使えるようになっていて見当がつかないと話していた。実際不死の魔法についてはスクイも訳がわからなかったのだ。死を待望するスクイにとってそれは耐えられないことであったが、どうやらこの世界で何かをさせたいらしい天使たちのことを考えると、これは彼女らのつけた制限なのかもしれないと考えてはいた。
「あと喧嘩は売ったつもりなかったんですよ。ただただ席が空いているようだったので声をかけただけで」
「いやお兄さんヤバすぎだから……明らかに2人ともカタギに見えないのに。上でもやらかしてくれたしトラブルメーカーでしょ」
「そういや先程も妹に期待されているような話がありましたがスクイさんは上で何か?」
そう言いながらナイフに手を伸ばすフリップをカーマが制し、レジスタは上での出来事を語り始める。
カーマはスクイがそもそもこの街のギルドにすら属していないことに驚いた。ギルド登録は他の街でもしていれば省略できるはずだが、それもなかったということは冒険者ギルドに登録すること自体が少なくともこの国では初ということになるのだ。
「冒険者ギルドは登録してないけど魔物倒して日銭稼ぐ旅してたってとんでもねえ生き方だな」
カーマは驚くが、反面Cランクの依頼についてはさほど反応を見せなかった。彼自身Aクラスの冒険者である。Cランクなら1人では厳しいがもう1人同等でなくとも助けさえあればクリアできると考えていた。
「いやでもスクイさんって1人でこの街に来たんですよね?一緒に受ける人いるんですか?」
「え?いませんけど」
カーマとレジスタはひっくり返った。レジスタもまさか後ろ盾なしにあのような小技でCランクに挑もうとしているとは思っていなかったのだ。
「兄さんそれは無理だぜ。戦いには慣れてるみたいだが初クエストでCランクをソロなんて尋常じゃねえよ。兄さんのことは気に入ったから俺がついていってやるよ」
「んーいやまあなんとかなるんで大丈夫ですよ」
穏やかに拒絶するスクイ。ここにきてスクイを囲む3人の意見が完全に一致した。この男には決定的に危機感が足りていない。隠し持ったこちらに危機感を抱かせるほどの化け物じみた気迫とは裏腹に、彼自身は危なげについてまるで考えたこともないようであった。
スクイはその後約束通り死がいかに素晴らしく平等かを語ったがレジスタに本気にされず話を変えられた。その後フリップがこのギルドを妹3人と運営している話をしたり、酔っ払ったカーマがスクイに冒険者とは何たるかを語りだし、最後には結局誰が強いんだよと腕相撲大会になり、スクイが完勝したりなどして、その夜は更けていった。
スクイの召喚初日は酒場の席で終わった。大酒をかっくらい途中でそのまま寝たカーマを皮切りに、レジスタを2階に送るとフリップが店を閉め始めると同時にスクイも席を立った。
「それにしても全く酔いませんでしたね」
最後に苦笑しながらフリップは言った。フリップはあまり飲まず、レジスタも厳しい兄の存在もあってかジュースだったが、スクイは見た目に反してよく飲み食いした。しかし顔色ひとつ変えることなく、育ちの良さすら感じる綺麗な食べっぷりだった。
「鍛えてますので」
というスクイの言葉をフリップは理解できていなかったが、聞きはしなかった。フリップにも流石にスクイの身の上が聞いた通りだけのものではないとわかっていたが、言わない身の上を問いただすような人間はあの酒場には少ないのである。それだけここは脛に傷のある人間が多い。
そんなこともあり夜も遅く、明け方近くにスクイは宿に帰った。
宿は閉まっていた。
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