第四話「平凡な見せかけ」
ナイフ屋での話を終え、スクイはいくつかの店に話を聞いた。聞いていると来たばかりの素性もしれない男とは言え、身銭を稼ぐ方法くらいはありそうだとスクイは感じていた。戸籍やなんだというものも一般市民には細かくないようで、普通に働く分には旅人がこの町で落ち着きたくてと言っても問題なさそうであった。
出店では生活用品や食べ物、宝飾品まで売っており、ほとんどのものはこの通りで買えそうなほどであった。中でも目を引いたのは魔法道具である。魔法道具は文字通り魔法の力を持つ道具のことで、火を纏う石ころや、水を出す木の根などが売られていた。便利ではあるが値段は相当なものであり、贋作も多いように見受けられた。
魔法はその魔法の反復によるものが基本と聞いていたが、物にも同じことが言えるらしい。しかし物がなんでもいいわけでもないらしく、火を纏う石ころは火に当たり続けてできるらしいが藁を燃やした灰を火に当て続けそうが燃える灰にはならなかったようである。
また同じ条件でも魔道具になる石とならない石もあったり、運なのか解明されていない何かがあるのかと話されていた。
他に目を引く店は武器屋である。元の世界ではなかなか見ない堂々とした大きな武器屋には様々な剣や鎧、弓矢など売られていた。どうにもこの世界でモンスターと戦う人間は決して職にあぶれた物ではないらしい。むしろ武器屋は繁盛しており、身なりのいい人間も多かった。リスクがあるだけ高給らしく目指す人間も少なくないらしい。
モンスターと戦う職はいくつかあり、単に自分で倒して死骸を売るフリーの者、ギルドから依頼を受ける雇われの者、誰かの護衛になるものや騎士と呼ばれる者のように貴族に雇われるものもいた。
スクイは無理に戦う必要はなかったが、馴染みやすい仕事だと思っていたためとりあえずギルドに話くらい聞きに行こうとは考えていた。なんでも依頼所があるとのことで、飲食店を兼ねている場所も多いため夕食ついでに良いかと考えていたのだ。
夕方になり、一通り話も聞いたかというところで、スクイは聞いていたギルドに向かっていた。そもそもギルド、別名冒険者ギルドとは何をしているのかよく分かっていなかったし、依頼内容も完全に理解していたとは思っていなかったため想像もしていなかったが、訪れた場所は市役所のような形の良い場所ではなくむしろ飲み屋のような場所であった。
労働派遣所を想像して行ったスクイであったが、これでは依頼の授受より飲み食いが主体であると入る前から思う。なにせ外まで大声で騒ぐ声が聞こえるのだ。あまり行儀のいいところではない。
とはいえ行儀の悪いところに慣れたスクイは躊躇うことなく扉を開けた。中は想像通り酒主体のレストランのようなところで、見るところ満席である。肉体労働後に金がもらえるとあれば飲食は進むだろう。うまいこと考えるものがいるんだなと感心しながら、入り口の店員らしき男に声を掛ける。
「すみません。ギルドの説明を受けに来たんですがどちらで受ければよろしいでしょうか」
「かしこまりました。依頼等手続き含め、ギルドの受付は2階になっております」
男は淀みなく答える。スクイは少し疑問に思い尋ねた。
「普通飲食が2階では?何故1階を受付にしないんですか?」
「昔はそれが主流だったそうですが、酔ったお客様が階段から落ちたり、帰りに受付に暴力を振るったりが相次ぎましたので……」
随分な話だった。武器屋ではさほど粗暴な客ばかりが目につきはしなかったが、ここでは荒くれと呼ぶにふさわしい人間が多い。つまりギルド自体は色んな人が使うものの、そこで飲食をするのは一般人には憚られるのかもしれない。
「となると1階受付のあなたは一番危ないということですか」
「まあ、心得ておりますので」
そう言う受付の男を見るが、さして筋肉質というわけでも、何か武器を持っているようにも見えなかった。どちらかというと真面目で優しげ印象を受ける。魔法を使うのだろうか?魔法の存在が見た目での強さ判定を揺らがせている。一旦これまでの人の見方は捨てる必要があるとスクイは感じていた。
とりあえず詮索は置いておくことにしたスクイは入り口すぐの2階に足を運んだ。
2階は一転して事務的な場所であり、カウンターには3人の女性がいた。それぞれ依頼、登録、その他と書かれており、現在はその他に1組いるのみとなっている。
下の人数を見てこの人数で果たして仕事が回るのだろうかという疑問をスクイも持たずにはいられなかったが、とりあえず話を聞こうと登録の女性に話しかけた。
「すみません。初めてギルドに来る者なのですが」
ギルドの女性は随分と派手な見た目をしていた。金髪は地毛だろうし、褐色もこの世界に日焼けサロンがなければ体質だろうが、豊かな胸を大きく露出した服装、三連ピアス、極め付きは左目を大きな星型のボディペイントで囲んでいた。服装は制服のようだが明らかに着崩しており、スカートも元の丈ではないと断言できた。
「はーい少々お待ちくださーい」
間延びしたような明るい声とともにごそごそと書類を取り出しながら話を聞く。
「どんなことが聞きたいですかあ?」
「そうですね登録方法、内容とか、あとどんな依頼があるのかも見ときたいですね」
スクイにとって冒険者ギルドはあくまで生活手段の選択肢の1つに過ぎない。
あとは元の世界にないシステムを知ろうという気持ちが大きかった。
「いいですけど、お兄さんいい人そうだから先に言っといてあげるんすけどぉ」
受付はスクイの全身を舐めるように見ると、やっぱりなあと言ったふうにため息をつく。
「ギルドってこの町でいくつかあるんすよ。ここからだと少し歩けばもう一つ飲食サービスのない店舗もありますし、別にここで登録しても一緒なんすけど、正直言ってここのギルドを贔屓にするのはおすすめできないですよぉ」
一見めんどくさそうに見えた彼女だったが、言葉を聞くに心配で言ったようだ。一見スクイはそれなりに身長はあるものの標準的な優男にしか見えない。そしてスクイは気づいた。ここの一階がやけに粗暴だと思ったが、ここ以外にもいくつかギルドは存在して、客層がかなり違うのだろう。
もちろんスクイもギルドがここしかないと思っていたわけではないが、しかし少し歩けばもう一つあると言うのは想定外だった。近くにいくつもある必要があると思っていなかったし、正直ギルドが儲かっているとあまり思っていなかったのもあった。
「お兄さん面はいいですけどここは顔の良さなんかむしろ因縁の対象みたいなもんですからねー。そんな人が一人で来てすーぐ絡まれて稼ぎに来たのに赤字ってのは珍しくないですよ。なんで忠告ってことで」
もしかしたら定型文としてこの店舗では弱そうな人間にこう言っているのかとも思ったが、どうにも違うらしい。またもや見た目通りでないというべきか、随分な面倒見の良さであった。
「ご心配ありがとうございます」
もちろんというべきか、スクイは感謝をしてから
「まあでもここで決めたいと思います。食事どころは探してましたし、住み場から近いですし、何より良い職員さんがいらっしゃるので」
とお世辞を加えながら返すと受付はつまらなそうに目を横に流した。流石にルックスがいいだけあってナンパされ慣れているらしい。
「一応言っとくと私は見た目と違って身持ち硬いんでー。あと顔じゃなくて強い人にしか興味ないんでぇ」
簡単に振られる。スクイもお世辞程度のつもりだったがこの反応は身持ちの硬さは事実らしい。
「というか今まで指一本触れていいと思える強さの人に会えたことないんで諦めて欲しいって感じですねぇ」
硬すぎた。冒険者ギルドにいてそんなことがあるのだろうかと思ったが、身持ち以上に強さの基準がシビアだったようである。
雑談は終わり、登録内容を確認する。少額の年間費と初回費を払い、登録書をもらった後、依頼の女性からいくつかの依頼書を持ってきてもらった。
「ランクがあるんでーお兄さんは実績ないんでFランクスタートでEランクまでしか受けられないです」
と言いながらEランクとFランクの依頼を見る。街の外に植物を取ってきて欲しいといった依頼や魔物を討伐して欲しいといった依頼はもちろん、猫を探して欲しい、届け物をして欲しいと言った依頼もある。ギルドというのは魔物討伐が主体ではあるが、何でも屋の側面もあるらしく、金を払えば依頼内容は問われないようだ。
一応高ランクの依頼も見たが、こちらは魔物の討伐が主になっており、その他も希少価値の高そうな物の収集や僻地に行かねばならない依頼ばかりとなっていた。
「Aランクのドラゴン討伐とか面白そうですね」
受付が手に持って見せる依頼書を取ろうとすると、依頼書を引かれる。
「憧れるのは早いですよぉ。お兄さんには夢見るのも遠い依頼なんですよAランクって」
そう言いながら、目指すのはこのくらいにしとかないと現実見て辛くなるとCランクの依頼書を目の前に並べられる。
「ちなみにぃランクを上げるにはコツコツ一つ上のランクをクリアしてもらう必要があるんでぇ」
と言いながら書類を見て、一応と付け加える。
「無報酬で2ランク上の依頼をこなせば即座に1ランク上がるんですけどーあんまりやる人いないですねー」
「あ、じゃあそれにします」
受付から聞いたスクイは即答でそう返す。目を丸くする受付に微笑みかけると、Dランクの依頼書を持ってきてもらうように依頼の受付に言った。
「お兄さんちょっと変って言われません?もしかしてすごい魔法とか持ってたりするんですかあ?」
「いや魔法はひとつも使えないですよ」
そう言うと受付は耐えられなくなったように大声で笑い出した。当たり前である。明らかに戦い慣れてもない一般人が、治安の悪い店の忠告も聞き入れず、身の丈に合わない依頼を受けようとするかと思えば、魔法など何も使えないと言う。自殺志願としか思えなかったのだ。
「お兄さんもしかしてさっきの聞いて強がってます?いやDランククリアしても付き合ってあげないですよぉ?」
「いやまあそういうわけではないんですけど」
スクイは好意を誤解されていることに困ったような顔をしながら笑う。
「危険なところは好きと言うだけです」
そう言ったところで持ってきてもらった依頼書の束が机に置かれた。受付はもう突っ込むのも疲れたと言った様子で束を指さす。
「この中からならどれでもいいですよぉ。ただしもう一度言いますけどお金は一切支払われませんし、あとDランクって舐めてるかもしれませんけど下にいるような腕自慢でも半分はEクラス止まりってとこでDランクってかなりの」
そう捲し立てる受付を無視してスクイは見もせずに束の中から一枚を取り出した。
Cランク:アロンダ狼の群れとボスの討伐。
出した瞬間、受付の空気が凍った。渡した束はDランクの依頼書のはずである。
受付はすぐに、横で気にするよう見ていた依頼書を持ってきた受付を睨んだが、首を横に振られる。
受付はすぐにスクイに向き直った。スクイはずっと変わらず微笑むのみであった。今も驚いた様子はない。
「これは、流石にぃ……」
「この中ならどれでもでしたよね?」
スクイは簡単に述べ、依頼書を畳んで懐に入れ、契約金を出す。
「依頼を受けるときは失敗しても返ってこない契約金を前払いでしたよね」
再度確認するようにお金を出し、渡そうとするが受付は動こうとしなかった。声を失っているのが驚いているのか、怒っているのか、どちらかを考えようともスクイはしていなかった。
「レジスタ」
受付はこちらを契約金を受け取ろうともせず、さっき依頼書があった場所から目線を動かさずにしばらくいたが、我に返ったようにぽつりと呟いた。
「レジスタ・フロップっていうんで、私」
はあ、と返すスクイにテーブルを叩く。
「勘違いしないで欲しいんですけどぉ、たかだかCランクどころかAランクでも私はなびけないんですけどぉ」
受付のレジスタは気づいたのだ。先程どんな依頼があるか見せたとき、高ランクの依頼も見せたことを。
そしてさらに気づく。彼女はAやBランクの依頼は彼に見せるだけで渡そうとしなかった。Cランクだけは目の前に置いたのだ。
さらに気づく。この目の前の男は先程、Aランクの依頼書を手に取ろうとしていた。
震えた。ランクにではない。この男はランクの話を聞いた時からこの展開を予想していたのだ。そして高いランクの依頼書を手にしようとしていた。
そして目の前に並べられたCランクの依頼書を取ったのだろうが、レジスタもそれを見ていたはずの他の受付もそれに気づかなかった。取ったところを気づかないどころか、取られた後にも気づかなかった。
もちろんそんなことをできる人間は高いランクだと他にもいる。初めからAランクに挑みたがる無謀な若者も珍しくはなく、むしろそのためのランク制度である。しかし、レジスタの目にスクイはそのどちらにも見えてはいなかった。
震えた。依頼書を誤魔化したことでもなく、高ランクに挑もうとしていることにでもない。しかし、目の前にいるはずの穏やかな青年がそれをしたということ。今見えているはずの彼の情報が全て嘘で、それは全て平凡な見せかけで、中にとんでもない物がいて、その計り知れなさに、彼女は震えたのだ。
「それ達成したら、名前で呼んでもいいですよ」
「はは、お断りします」
そう言ってスクイはレジスタに背を向けて立ち去った。
レジスタはその背に、生まれて初めて、胸の高鳴りを感じていた。
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