職業偽装
「おい、これはどういうことだ!?」
信じられない事態に俺は思わず声をあげてしまう。
すると男は驚いた顔をした。とはいえ表情を見る限り、何が起こっているのか分からないというよりは俺が気づいたことへの驚きに見える。
恐らくこの現象は彼が意図的に起こしたのだろう。
「た、ただ自分の職業を手放しただけだ」
「だが、『魔術師』は『農夫』に変わったが」
「……ちっ、気づかれたか」
俺がはっきりと職業の名前も口にしたせいか、さすがにそれ以上誤魔化すのは無理だと悟ったのだろう、彼は苦い顔をする。
「そんな、許せません!」
リンが怒りをあらわにする。
これが普通の商売なら「騙しやがって、許さない!」ということになるのだろうが、俺の興味はどうやってこんなことをしたのかに向いていた。
言うまでもなく、この世界に「職業」を偽装するなんて方法はない。
それが出来れば「職業」に基づいた社会の仕組みはたちどころに崩壊してしまうだろう。とすると俺の力と同じように個人的に出現した能力なのだろうか?
「待ってくれリン。それよりも一体どうやったら職業を偽装するなんてことが出来るんだ?」
男は言うか言うまいかしばらく悩むが、隣でリンが剣に手をかけているのを見て仕方なくといった様子で口を開く。
「分かった。実は、俺たちのリーダーは職業を偽る魔法? なのかは分からないがそういう力を使うことが出来るんだ」
「何だと? 一体どんな力なんだ?」
「そのままだ。持っている職業を、こうして他人からは別の職業に見えるようにすることが出来るって力だ。もっとも何でも偽れる訳じゃないらしいが。前に冗談で『国王にしてくれ』と言ったらそれは無理だと言われてしまった」
「ほう……」
確かにそれが出来るなら国王や貴族を量産してその一派で国を牛耳ることが出来る。
そこで俺はふと気づく。
その人物が持つ力も、きっと俺と同じように例外的な力なのだろう。だとすれば俺のように「レベル」があり、それによって出来ることが変わるのではないか。もしかするとレベルが上がると、彼(彼女?)も「国王」のような職業に偽ることが出来るのかもしれない。
そう考えると俄然興味が湧いてくる。
今のところ俺は自分の力を唯一無二のものだと思っていたが、もしかすると同種の力の持ち主と出会えるかもしれないのだ。
「一応言っておくが、お前がやったことは立派な詐欺行為だ」
「そ、そんな」
俺が脅すように言うと、彼は少し顔を青くする。
俺もその人物も特異な力を持っているから、詐欺だという認識はなかったのだろう、俺の言葉で自分のしようとしたことを自覚したようだ。
「本来なら絶対に許さないところだが、その人物に会わせてくれるというのであれば許してやる」
「あ、会ってどうするつもりなんだ!?」
「さあ……とりあえずはその力について話を聞いてみたいというのが正直なところだ。俺もこういう力を持っているが、似た力を持つ人間と会うのは初めてだからな」
「な、なるほど」
男は少し迷ったが、やがて観念したように話す。
「分かった。それならレセッタ様の元に案内しよう」
「よし、賢明な判断だ」
「大丈夫かしら?」
フィリアが不安そうな表情を見せる。
俺と似た力の持ち主ということで警戒しているのだろう。
「彼女はそれ以外に何か力を持っているのか?」
「いや、俺が知る限りはそんなことはないはずだ」
男は嘘をついている素振りはない。
きっと、元々そんな器用な男ではないが、職業を売買する男の噂を聞いてつい魔が差してしまっただけなのだろう、根っからの悪人にも見えない。
職業を偽るだけなら危険はないはずだ。フィリアも安心する。
「彼女は一体今どこで何をしているんだ?」
「隣街で教会を乗っ取って俺たちのような食い詰め者を養ってくれている」
「教会を乗っ取る?」
「ああ。みんなで『司祭』とか『神官』になるんだ。そしたら教会は入れない訳にはいかないから、次々に俺たちが教会に入る。そして俺たちが多数派になり、元いた神官を追い出したという訳だ」
「お、おお……」
そのえげつないやり方には少し引いてしまう。
とはいえ、ロメルの街のあの高圧的な司祭のことを思い出すと、あんなやつであればいくらでも追い出してほしいという気持ちにはなる。
こうして俺たちはその謎の人物に会いにいくことにしたのだった。
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