可能性
「そうだ、職業が移動できるならやってみてよ」
ボス部屋前で休憩していると、不意にリオナが言う。
「おもしろいことやってよ」みたいな雰囲気で言われてむっとするが、俺が職業を移動できることはすでに皆知っているし、減るものでもない。
無駄にリオナの機嫌を損ねない方がいいだろう。
もっとも、リオナの機嫌をとることを考えながら行動することに対する嫌悪感はあるが。
「分かった。じゃあ誰か試してもいい人はいるか?」
「別にいいけど」
リオナが何気なく言う。
もしかして、とは思ったが本当にいいのか?
「じゃあ職業を俺に渡してもいいと思ってみてくれ」
「ええ」
リオナが頷く。俺は試しに彼女が持っている「奴隷」を受け取ろうとしてみる。もし成功すれば公爵のリオナへの支配が解けるかもしれない。
が、これまでの受け渡しとは違い、「奴隷」は動かなかった。
「難しいみたいね」
リオナは少しがっかりしたように言う。
そこで俺はふと気づく。彼女としても自分がおぞましい実験に協力させられ、しかも実験体にされている現状を不満に思っているのだろう。
そのため俺の力を使って職業をなくそうとしたのではないか。
うまくいかなかったのは、「奴隷」の効果で深層心理では俺の命令を拒否したからだろうか。それとも、公爵の実験で付与された職業は動かせないのだろうか。
試しにもう少し力を入れてみる。
すると少しだけリオナが持っている職業が“揺らいだ”ような気がする。
これはもしかすると、動かせる可能性があるということか?
例えば何らかの事情で公爵の支配が弱まるか、もしくは俺の力が強くなるか。
「無理ならいいわ。もう行こう」
動かせないでいるうちにそう言ってリオナは立ち上がってしまい、俺は諦める。そう言えばこの前、俺はついに10レベルに達した。そのおかげで相手の同意がなくても職業を奪い取ることが出来るようになったのだろうか?
だが、答えが出る前にリオナは次の部屋へと入っていく。
そこは開けた空間が広がっており、遠くに一体の大きなドラゴンが飛んでいるのが見える。そして俺たちの近くには数体のワイバーンが飛んでいた。二十五層ともなると、ワイバーンなど露払い程度の存在ということだろう。
「行きなさい!」
リオナの号令で魔物軍団がワイバーンとの戦いを始める。
ワイバーン相手でも魔物軍団は優れた武器と完璧な連携で戦いを有利に進めた。それを見て、奥にいたドラゴンもこちらへと飛来してくる。
ドラゴンは全身が赤黒い鱗で覆われており、俺たちがこの前戦ったレッドドラゴンよりも体が二回りほど大きい。
近づいて来ると、まずは挨拶とばかりに灼熱のブレスをこちらに向かって放つ。
こちら側の魔物だけでなくワイバーンも巻き込まれかねない位置の攻撃だがお構いなしだ。
それを見てリオナも前に出る。
「セイクリッド・プロテクション!」
聖なる魔力が展開され、ドラゴンのブレスを完全に防いだ。こんなおぞましい実験の材料にされているリオナが聖なる魔法を使っているというのは違和感が凄まじい。
「さすがにボス戦ぐらいはまじめにやろうかしら」
そう言ってリオナは剣を抜くとドラゴンに向かって駆けだしていった。
とはいえ、魔物軍団はワイバーン相手に有利に戦っており、俺たちが出る幕はなさそうに見える。
が、そこでふと俺はとある可能性に思い至る。
リオナから職業を奪うことは出来なかったが魔物ならどうだろうか?
人間と違って魔物はそもそも職業を持っていない状態が自然だ。ということはリオナよりも職業を奪い取るのはたやすいかもしれない。
幸い今リオナはドラゴンと一対一で戦うという離れ業に挑んでおり、俺たちの方をうかがう余裕はなく、仮に失敗しても困ることはない。
俺は急に前線へと走り出ると、一生懸命戦っているトロールの背後に回る。
俺が殺気を出していないこともあってトロールは俺を完全に味方と認識しているのだろう、こちらに意識を向ける様子はない。
そんなトロールの背中に触れる。
「う“っ”」
そこでトロールの中にあるごちゃまぜの職業に意識がいき、俺はめまいがする。
だがここで諦める訳にはいかない。もし俺がトロールから職業を奪うことが出来ればさすがのリオナも俺たちを連れていくことを諦めるかもしれない。魔物たちがいなくなれば、いくらリオナが強くても俺たち四人を相手にリオナはどうすることも出来ないはずだ。
それに職業が奪われるという事件があれば、公爵もこの実験は中止するかもしれない。
「よこせ、それはお前に必要な職業じゃない!」
そう言って俺はトロールに向かって力をこめるのだった。
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