リオナⅣ

「は、私は一体!?」


 目を覚ました私は石壁に囲まれた暗い部屋で目を覚ました。

 武器はとりあげられ、後ろ手に縛られているが、それ以外は特に別条はなさそうだ。


「そうだ、確か公爵が恐ろしい実験に加担していて……止めないと。でも一体どうすれば」


 これまで私は教会や偉い貴族が最終的には正義を達成してくれると思っていた。もちろん中には重税をとっていたり、贅沢にふけったりする者もいるだろう。

 しかしそれも度が過ぎているというだけで、優れた資質を持つ者が他の者を統治するという根本的なところ、今の世の中の仕組み自体は間違っていないと思う。


 しかしその貴族自身が率先して悪事に手を染めていたら……

 そう思うと体の奥が冷たくなる。


「まずは何とかここから抜け出さないとっ」


 そう思って懸命に手首を縛る縄を引きちぎろうとするが、公爵も私が職業により力が強化されていることを知っているのだろう、拘束は固かった。

 しばらく奮闘していると、やがてドアが開き、フリューゲル公爵とアルト公爵、そして数人の護衛が入ってくる。


「このようなことはおやめください、公爵!」

「目を覚ましたか」


 フリューゲル公爵は冷たい声で言い、護衛たちは剣を抜いて私に向ける。私の言うことをに耳を貸すつもりはないし、滅多なことをすればすぐに切り捨てるということだろう。


「実はアルディナで職業を売買するという怪しげな力で実力を発揮しているという冒険者がいるらしい」

「はあ」


 突然の話題に私は困惑する。しかも職業を売買するというのは何だろうか。意味が分からない。

 するとアルト公爵が話を継ぐ。


「わしもよく分からないし、元々はアルト公爵が先に聞いて調査を派遣したのだが、どうも派遣した者がその者と意気投合してしまったようだ、ということを別の者に聞いてな」

「そんなことよりもあのような実験をおやめください!」


「わしとしては新たな者を調査に派遣したが、フィリアでだめなら滅多な者では言いくるめられてしまうかもしれない。そこで考えたのだ、これまでわしは強力な魔物に人間の職業を与えて言うことを聞かせることを研究していたが、それがうまくいった以上人間にも同じことが出来るのではないかと」

「そ、それは……」


 アルト公爵の言っていることは理屈としては理解できることだったが、私の脳がそれを拒んだ。


「おぬしのように職業は優秀でも忠義の心を失ってしまった者に新たな職業を与えることで、再び忠誠心を取り戻すのではないか、わしはそう思っている。聖剣士に改造魔物を数体つければいくらその者が強くてもここへ連れてくることも出来るだろう。それに、職業を売買するという力が本当なら我らの実験にもかなりの進展があるはずだ」


「そんな! 真の忠誠心というものは誤ったことをしようとしている主人を止めることではありませんか! 大体、神様から授かった職業をそのように魔物に付与するなど許されません!」

「黙れ! 我らがしていることが誤っているものか!」


 フリューゲル公爵が声を荒げる。

 が、すぐににこやかな表情に戻ってアルト公爵に向き直る。


「それよりももしこの実験が成功したらリオナの主人はわしということでいいのだな?」

「ああ。素材を提供してくれるんだ、そのぐらいのお礼はしよう。もっとも、あくまで成功すれば、だが」

「何を言う。アルト公爵の実験が失敗する訳がないではないか」


 そう言って二人は笑い合う。

 それを聞いて私は身震いした。フリューゲル公爵があれだけ私を丁重に扱ってくれたのは、ひとえに「聖剣士」のおかげだっただけだ。もっと言えば、彼が丁重に扱ったのは私ではなく、「聖剣士」だ。


「ではもう一度眠っていてもらおう。次に起きるときは忠実な聖剣士に生まれ変わっている……生まれ変わってくれよ?」


 次の瞬間、再び私の意識は遠くなった。

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