合成
その後俺はリンを連れて家に帰った。
俺がどのような扱いをするのかよく分からないリンは不安と緊張に包まれているようで、終始無言だった。
家に着くと、俺は鍵を閉めて一息つく。
するとリンは羽織っていたボロ布をばさっと脱いだ。そして硬い表情で言う。
「どうぞ。私の体を好きにしてくださいませ」
「待ってくれ、俺は別にそういう意図でお前を買った訳じゃない」
「え?」
俺の言葉にリンは困惑した。
ゴルドには説明するのが面倒だったので、俺がリンをそういう目的で買ったように勘違いさせてしまったが、本当はそういう訳ではない。
まあこうして見ると、やはり顔立ちは可愛いな、とは思うが。
それよりも俺は二人だけでリンに確認しなければならないことがある。
「一つ聞きたいんだが、リンは自分の職業がただの『奴隷』だと思っているんだよな?」
「はい、そうですが」
やはり本人自身も知らない様子だ。
普通の人は他人の職業は分からないが、自分の職業は分かる。それでも分かっていないということは本当に俺の特殊な力で分かっているのだろう。
「俺はさっき職業を入れ替えたように、職業に関する特別な力があるようだ。その俺の目にはリンの職業はただの奴隷ではなく、『専門奴隷』に見える」
「……はあ」
リンは信じていないのか、気のない返事をする。
「でも、神殿で職業を授かった時は奴隷だと言われましたが」
「やつらの言うことなんて信用できない。俺はやつらに無職だと言われたが、こうして職業を交換することができる。職業に関しては俺の方が信用出来ると思わないか?」
「それは確かに」
目の前で俺が両親の職業を受け取ったことを思い出し、リンは頷く。
「しかしそんな職業は聞いたことがありません」
「専門奴隷というのは、俺の予想だと何かの仕事に特化した奴隷になれる職業だ」
「でも私、何も得意なことなんてありませんが」
「そうだな、うーん」
職業の効果は大体その名前の通りで、「兵士」であれば体力や武器の腕が上がるという感じだ。
専門奴隷は何の専門なのかすら分からない。おそらく、何かのきっかけで何かの専門になるのだろうが……。
少し考えたところで俺は一つの案を思いつく。
俺にしか識別できない職業だということは、俺の力と関係ある職業だということだ。
「なあ、今から適当な職業を渡すから受け取ってくれ」
「は、はあ」
思いもよらない提案を受けてリンは困惑しつつも頷く。
俺は試しに「剣士」の職業を渡してみる。
すると。
”「専門奴隷」に「剣士」を合成しますか?”
唐突に俺の脳内に声が響く。
よく分からないが、職業は合成することが出来るらしい。そうすると恐らくリンは剣術に特化した専門奴隷になるのだろう。
あんな商売をしていればいつ神殿のやつらに目をつけられるか分からないし、暴漢に「お前の職業を渡せ」と脅されるかもしれない。
それを考えるとリンに武術を覚えさせるのは悪くない。
俺は心の中で「はい」と答える。すると。
”「専門奴隷」と「剣士」を合成し、「剣士奴隷」に変化しました”
”あなたのレベルが2に上がりました”
そういう謎のメッセージとともに、リンが持っている職業が、「剣士奴隷」に変化した。
「え、嘘……」
リンの方も自身でその変化に気づいたのか、驚きの声を漏らす。
「そんな、職業が変化するなんて、聞いたこともない!」
「言っただろ、俺はやつらよりも職業に関して詳しいんだ」
そうは言うものの俺の中でも驚きは大きかった。
そもそも俺のレベルというのは何だろうか?
レベルが上がると職業に関する能力がもっと上がるのだろうか。
俺の力は思ったより途方もないものなのでは? という気持ちがどんどん大きくなっていく。
「ちょっと実際に振るってみてくれ」
俺は家にあった古いナイフを渡してみる。
リンはそれを持つと、明らかに素人ではない手つきでナイフを振った。そして自分で自分の腕に驚く。
「すごい……剣の振り方なんて習ったこともないのに……」
「これが剣士奴隷の力のようだな」
「あの、ありがとうございます!」
突然リンは俺に向かって頭を下げる。
「奴隷の職業を与えられて蔑まれていた私に、ここまでしてくださるなんて」
「そ、そうか?」
俺はただ自分の力を試したくていろいろやっただけで、言うなればリンを実験台にしただけだ。そもそも奴隷を買っている時点であまり趣味がいいとは思わない。
それなのにリンは本気で頭を下げているので戸惑ってしまう。
「俺はただ、この力を試したくてリンを買っただけだ。礼を言われるほどのことは……」
「そんなことはありません!」
リンの急な大声に俺は驚く。
「だって、私は職業をもらったときから『所詮奴隷になる子なんて育てても無駄』と放置同然の扱いを受けてきました! しかもそれとなく聞いてみたところ、奴隷なんて鉱山とかで死ぬまで働かされたり、そういうところで慰み者のような扱いを受けるのが当然らしい。だから私もゴルドに売られたときはそうなると思っていました」
「……」
それを聞いて俺は沈黙する。
「奴隷」職の人がどんな人生を送るのかは出会ったことがないので知らなかったが、俺自身は何も変わってないのに「無職」だと分かった途端手の平を返すような連中が多数派の世界だ。
そんな酷い扱いを受けることもありえるだろう。
「でもあなたは私を職業で差別しなかったし、私に新しい力をくれました! 実験台とは言いつつも、人並みの扱いをしてくれています。そうでしょう?」
「それは、まあ」
「だからやっぱり、あなたに恩返しさせてください!」
突然のリンの真剣な言葉に俺は嬉しいと思いつつも少し困る。
「それはありがたいが、リンにはこれから剣士として俺の護衛とかをして欲しいし、俺の能力の実験にもつきあって欲しい。それでリンを買った分の働きはしてもらうつもりだが」
「そ、そうでしょうか? でもそれだけでは……。そう言えばご主人様は最初に会ったとき、私のことをいやらしい目で見てましたよね!?」
「え?」
確かにかわいいし身なりをよくしたらもっときれいになるな、とは思ったがそんなにいやらしい目だっただろうか。
「俺そんなにいやらしかったか?」
「はい!」
リンは自信満々に肯定するが、特に俺を気持ち悪いとは思っていないようだ。
「ですからふつつか者ですが、ご期待に沿えるよう頑張ります!」
そう言ってリンは元々面積が少なかった布のような服をはだけると、俺の方に身を進めてくる。
もしこのまま止めなければ彼女はきっと俺に”恩返し”をしてくれることだろう。
本人がそれを望んでいる以上、拒む理由はない。
だが、俺は……
「待て!」
「え、なぜですか? もしかして私のようなものでは不足でしょうか?」
そう言って彼女は自分の発達途上の胸を見下ろす。
「違う、そういうことじゃない! 俺は小さいのは小さいので趣があって好きだ……て何を言わせるんだ!」
「ではどうして……」
「きっと今リンは動転している。いきなり親に売られたかと思ったらよく分からない能力を持っているやつに買われたんだ。冷静な判断が出来るわけじゃない。そんな状態でそんなことをされてもうれしくない」
「ですが……」
俺の言葉にリンは釈然としない表情になる。
「どうせこれからは一緒に行動するんだ、もう少し落ち着いてからまた改めて考えよう。な?」
「別に気が動転してとかではないと思いますが……」
リンは不満気に言うが、一応引き下がる。
俺はそれを見て内心ほっとした。
今の状況だと俺はリンよりも優位な立場にいる。そのまま勢いで関係を結んでしまうのは、俺が否定してきた「職業」の貴賤に囚われているやつらと一緒ではないか。俺はそんな気がして、リンの”恩返し”をつい拒否してしまった。
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